過去拍手御礼novels
□ノック
1ページ/1ページ
コンコンコン
「ナーミさん」
「はーい」と言ってサンジくん付き美味しい夜食を招き入れる。
この船で、女部屋にノックをして入ってくるのは彼一人。
「カロリー控えめ紅茶プリンです」
「ん、美味しそー」
眼鏡を机に置き、皿ごと冷えた紅茶プリンをサンジくんから受けとる。
「眼鏡のナミさんも知的で可愛い」
「かけなくても知的だし、可愛いわよ」
「そうですね」とへらへら笑いながら私が促したベッドに控えめに腰をかける彼。
「相変わらずおやつが来たらすぐわかっちゃうわ」
「おれしかノックしないから?」
「そう」
「せめておやつを持ったおれが来たらに言い換えてほしいなァ」
「あら、サンジくんが部屋に近づいてくる音はおやつの足音にしか聞こえないわよ?」
「ナミさん………………」
口元をひきつらせるサンジくんと椅子に座ったまま向かい合い「美味しい」と呟くと、
困ったような苦笑いはすぐにはにかみ笑顔に変わる。
「おれがこの部屋に入るとき、どうして必ずノックをするのか、ナミさんはわかるかい?」
足の上で長い指を組みながらニコリとして問いかけるサンジくん。
「失礼のないように?最低限のマナーじゃないかしら?だいたいしない方がおかしいわ」
怖がって女部屋には寄り付かないウソップはともかく、ルフィやゾロやフランキーで慣れてしまったが、
いくら仲間と言えど、そもそもノックはするものだ。
「うん、確かにそうだ。だがそれは原則。レディの部屋に入るのにノックをするっていうのは無条件の大前提。つまりそれだとまだ、おれが言いてェ心理の前段階さ」
「……他に理由があるってこと?」
紅茶プリンに夢中だった意識の半分ほどが、コクリと頷くサンジくんに向く。
時たま謎解きのような情緒生活の科学を持ち出す彼の発想は、私の好奇心をくすぐるものである。
「ナミさんはさっき、“おやつが来るとすぐわかる”って言っただろう?」
手を止めて考えあぐねているとヒントが提示された。
サンジくんはさらさらの髪をかきあげ、ニコニコ笑っている。
「……自分の存在をノックの音によって私の中に刻み込むため?」
つまりノック=おやつ=サンジくんと私の中に擦り付け、記憶させるため。
まるでパブロフの犬だ。
なんだが少しばかり自意識過剰だったろうか。
「正解。それじゃあどうしてナミさんの中におれの存在をインプットさせる必要があるの?」
意外にも呆気なく正解してしまったが、次から次へと投げ掛けられる問。
彼の言いたいことはもっと他にあるのだろう。
「……存在感を示して、気に入られたいからでしょ?」
どう言っても自意識過剰女だが、つまりそういうことだろう。
なんだか少し恥ずかしくなって私はまた紅茶プリンに口をつけた。
「うん、半分正解」
「半分?」
「だってそれはもう達成されてると思わねェ?」
「………………」
私から気に入られていると信じて疑わない口振りだが、正解だ。
「だって最初の頃なんてさ、おれがおやつ持ってきても入口で受けとるだけで、中になんて入れてくれなかったろう?
でも今は、夜でしかも二人きりだってのにナミさんの方から招き入れて、ベッドにまで座らせてんだよ?」
「……サンジくんを気に入ってるっていうより、おやつを持ってくるサンジくんを気に入ってるのよ」
「そうだろうな、それがおれの狙いだもん」
再びスプーンを皿に置いて、クスリと笑う彼を見る。
つまり、おやつという私の興味を惹くものを利用して
そのおやつとセットの自分までをも気に入らせるよう条件付けしていたというのだろうか。
なんか悔しいが、効果抜群だ。
「でもここからは、そんな小細工は通じねェってわかってる」
「……ここから?」
真剣な顔つきになったサンジくんはスッと立ち上がり、私に歩み寄る。
「これでもおれは、君の中にたたみこむようにぶつけてきたつもりなんだけどさ」
「………………」
かがんで目線を合わせたサンジくんは私の手ごとスプーンを持ち、プリンを一口、口の中に入れた。
「鍵はもう、開けてあるんだろう?」
「………………」
私の首をゆっくりとなぞったサンジくんの冷たい手が、胸と鎖骨の間で止まる。
コンコンコン
ノックの音が聞こえた。
“ナーミさん”
いつものように、彼が外で待っている。
「ねぇ………………」
切なく熱い眼差しが私だけに降り注いだかと思うと、
ゆっくり、ゆっくり、
ドアノブが
ガチャリ、と音を立てる。
「そろそろこの中に、おれを入れてくれないか?」
そして今、私は彼を
心の中に招き入れた。
愛しさの扉をノック
「入った?」
「…………」
「じゃあ中から鍵閉めよっか。おれもナミさんも出られねェようにね」
「………!」
END