過去拍手御礼novels

□本当に必要とされる方にお譲りください。
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おれの想い人は、ある男に恋をしている。




その男は愛想が無いし、口数も少ない。


だけど強くて賢くて


かっこよくて実力があるのに、女に媚びない。


彼女はその男のそういうところが好きなのだろう。






ほら今も、午後の食堂で読書をする恐ろしく目付きの悪いその男に、彼女は夢中。




「ねぇロー、何か飲む?」


「…………コーヒー」



ナミがこの船に足しげく通う理由、その目的は船長だ。


見ていればわかる。



「ペンギンは?私ココアにするけど同じでいい?」


「……あァ、頼む」


高飛車に見えて実はとても気のきく優しい彼女は

愛嬌のある笑みを浮かべて必ずおれにも声をかけてくれる。

船長の、“ついで”に…………。



「ナミー、おれソーダ!」

「シャチには聞いてない」



自分で注いで。と言われて、えーッ!?と文句を言うシャチからしてみたら

ついでだろうが何だろうが構われている分マシだろうとよく言われる。


だけど、

だけどおれは、ついでなんてイヤだ。

2番目じゃ意味がない。

ナミの心を独り占めしたい。



それなのに、ナミはいつも何をするにもまず始めに船長の名を呼び、

2番目におれの名を呼ぶ。




例えば唐突に船に現れる彼女の第一声は決まって「久しぶりね、ロー!」

そしてその後おれの存在に気づいて第二声、「ペンギンも!」……


昼食時、おれの斜め前、船長の隣に座るナミの一言目「ロー、私これ嫌いだから食べて?」

船長が「そんなに食えるか」と言うと、次におれの方を見て「ペンギン、お願い」……


船長が相手をしてくれないとその腕に絡み付きながら「ロー、つまんない」

「ポーカーくらいなら付き合ってやる」と言われて嬉しそうな顔をしたナミは、続けておれに「ペンギンもやらない?」……




…………ナミがおれに目を向けるのは、いつだって船長の次。


その順番は揺るがない。


ついでみたいに声をかけられると、つい素っ気ない態度をとってしまう。


おまけなら、必要ないだろう。


そう、頑なになってしまう。


どんなに想っていても、ナミはおれの名を1番に呼んではくれない。


船長はおれが一生もがいたって届かない、大きな壁。


ナミの心の中の1番は、これからもずっと、船長なのだろう。


それでもおれの中の1番は、これからもずっと、ナミひとりだ。


おれは2番目の男として、船長に恋するナミを


いつまでも苦しく見つめていく。








「ねぇロー」


「……なんだ?」


ナミから淹れてもらったコーヒーを口に含みながら目線は医学書に向けたままの船長に

ナミはにこりと笑って自分の服の裾をつまんで回ってみせた。


「この服どう?」


今日のナミはいつもと違って髪を高い位置でくくって

レースのついた淡い白のワンピースに茶色のサンダルという、シンプルな格好で

すごくおれ好みな雰囲気に、初めて見たときあまりにも可愛らしくて目眩をおこしそうだった。



「すげー可愛いと思うぜ!」

「はいはいありがと、でもシャチには訊いてない」


自分でソーダを注ぎながら、冷てーッ!と叫ぶシャチをよそに

訊かれた当人はチラリと視線だけをナミに向け、

それから対角に座っていたおれを見て、再びページに目をやった。



…………なんですかそれ、


勝ち誇った目というやつですか。


ナミの1番はおまえじゃなくおれだと言いたいんですね、あなたは。




「いいんじゃねェか?」



そう言われて嬉しそうに微笑むナミの横顔。


おれは甘すぎないココアを飲みながら、その話題に無関心なフリをする。


お願いだから、おれには訊くな。


船長のために着てきたその服を誉めたくなんてない。


船長のために可愛くしてきたナミを見るのなんて、本当はつらいんだ。






「ペンギンはどう思う?」



だけどやっぱりナミは、2番目におれを選んだ。

視界の端でワンピースの裾がふわりと揺れるがおれはナミを直視なんてできない。

船長に誉めてもらったのに、どうしておれに訊く?


おれは1番に訊かれたいのに。


1番じゃなければ意味がないのに。




「…………おれに訊くな」


「…………どうして?」


「船長にいいと言われたんだ、おまえはそれで満足だろう。おれの意見なんて必要ないはずだ」



ナミを見もせずに冷たく言い放つ。

ナミが悪い。いつもいつも、

どうしておれは二の次なんだ。

どうしておれの心を締め付ける?

どうしてそんなに非情なことができる?

おれは、他の男に好かれるために着飾ったおまえを誉めてやれるほど

できた人間なんかじゃない。



「ロー……」


初めて拒絶を示したおれにとうとう愛想をつかしたのかナミは船長に向き直る。



「……なんだ?」


「ローは、何色のワンピースが私に似合うと思う?」



さっきナミのワンピース姿を誉めた船長に

同じようなことを訊ねているナミを不思議に思って横目で見る。



「…………黒だな」


「じゃあ、髪型は?」


「おろしてる方が好みだ」



……何言ってる?


あんたはさっき、それとは正反対のナミの姿をいいと言ったじゃないか。


ワンピースの裾をギュッと握ったまま、ナミはさらに続ける。




「じゃあ……下着の色は?」


「………黒だな」


「は…………」



オイ…!なんてこと訊いてるんだ!

もうそういう仲だって言いたいのかよ!



険しい顔でふたりを見たおれにくるりと向き直ったナミは

目を真っ赤にしてずんずん歩み寄ってくる。



「ペンギンは?」

「は……?」


間近で迫られて戸惑うおれに、間髪いれずにナミは訊いてくる。



「ペンギンは、何色のワンピースが好き?」

「そ、それは……」


おまえが着てるみたいな白だ。


「髪型は?」

「…………」


ポニーテールが可愛いと思う。


「下着の色は?」

「お、おまえ……」



キッチンから「ペンギンは薄ピンクが好きだぜー」とニヤニヤしながら言ったシャチに自分の帽子を投げつける。

このやろう、なんで知ってる。



「…………」



するとナミはおれの前で突っ立ったまま、突然ワンピースの肩紐をするすると下ろし始めた。



「は……おっ、おまえ何やってる!?」


脱げかけたワンピースから薄いピンクの下着が覗いて慌ててその身体を正面から抱く。



「わかったでしょ…!?」


「……な、」


「誰のために……誰に見てほしくて着てきたか、わかったでしょ!?」


「…………」



おれの腕の中で声も身体も熱くしながらナミは言う。



「好きな飲み物も服も髪型も、下着の色だって……あんたの好み、私は全部知ってるんだから!」


「だ、だけどおまえ……おれは船長のついでなんじゃ……」



いつも船長が1番だったはずだろう?


ナミは涙で濡れた瞳をおれに向け、必死に言葉を紡ぐ。



「ローに用事があるフリでもしなきゃ、ペンギン私のこと全然見てくれないじゃない……」



掴まれたツナギの襟がくしゃっと皺になる。


まさか……


嘘だろ……?


船長にばかり寄り付いていたのは、


おれの気をひくためだったっていうのか……?




「なァ、それって…………」



顔を真っ赤にしてぽたぽたと涙を落とすナミを見つめ返す。




「おれは、2番目じゃないってことか…………?」




おれがこの世で1番好きな彼女は、情けなく眉を寄せたおれの姿だけをその瞳に映しながら言った。





「2番目なんていないわ……あんたが1番、それ以外の男はみんな同じよ」




胸が苦しい。


嬉しくて、息ができない。


ナミは、おれが、


おれのことが…………






「ペンギン……好きよ。ずっとずっと、あんただけが好き」







彼女が初めて、誰よりも先に



1番最初におれの名を呼んだ。







「……おれも、ナミの1番になりたいって……ずっとずっと、そう思ってた…………」






2番目の男が永久不在なら





そこはおれだけの、特別。











彼女の隣は優先席











「だからいいんじゃねェかと言ったんだ。ペンギンの好みだろうが」
「船長…………」
「やっぱりそうよね!ローわかってる!」
「ったく世話のやけるやつらだ」
「ナミ!そのまま回れ右してピンクの下着をおれにも……!」
「「おまえは黙れ」」
「…………はい」









END

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