過去拍手御礼novels

□それだけが真実
1ページ/1ページ







「そんなに他の男がいいなら別れればいいだろ!……おれはナミが、誰のとこに行こうが構わねェ!!」







嘘をついた。


大好きな人に、嘘をついた。


ついカッとなって言ってしまった一言に、ナミはゆっくりと眉をしかめた。


喧嘩の理由なんて覚えてないけど、


たしかおれの勝手な嫉妬がきっかけだったと思う。


とるに足らないささいなことで不安になって感情を抑えられなくなってしまうほど


本当はすごくすごく


ナミのことが好きなのに……。










あれから数日、ナミとは全く口をきいていない。

顔を合わせても気まずく目を逸らされる。


当たり前だ。おれが悪い。


互いに違う船で生活して

こうして会える機会なんてめったにないというのに……


本当は、話したいことも聞きたいこともたくさんある。

本当は、その髪や頬に触れて、思いきり抱きしめて、キスだってしたい。

本当は、ナミの笑顔を隣でずっと見ていたい……


だけど、

ナミと話せない、ナミに触れない……


おれの目の前で他の男と仲良く話すナミを見ると

もしかしたらおれが言ったことなんて気にしていなくて

本当に他の男がいいと思っているんじゃないかって、感じてしまう。

そう思えば思うほど、不安になって

仲良く話すふたりの中に割って入っておれのもんだって言ってやりたい。


だけどそれができない。


心にもないひどいことを言っておいて


どんな顔をしておれの女だなんて口にすればいいのか……。


すぐそこにいるのに


すごく遠い。


すごくすごく


胸が苦しい…………。








街の花屋に寄った。

なんとかしなければ、そう思って。

花をプレゼントする。

薔薇の花でも買っていけば許してくれるんじゃないかって。

女に謝る方法なんておれにはそれくらいしか思い浮かばなかったから……。



色とりどりの花の中に、いびつな形をした赤を見つけた。

買うつもりなんてさらさらなかったが、珍しいと思って手にとった。

「恋人へのプレゼントならホオズキはやめときな」

そう言われて何故かと聞くと、花言葉を教えてくれた。


その花言葉を聞いて、おれの気が変わった。









一本のホオズキを手にナミの部屋に向かった。

緊張しながら戸を叩いても返事がなく、中を覗いても誰もいなかった。

しかたなく、ナミの机にその実を置いて部屋を後にした。








それからしばらくして、キッチンでサンジと話していたら、

おれが置いてきたホオズキを手にしたナミがひょっこり現れた。



「ナミすわんおれに会いに来てくれたの?」

「はいはい、飲み物ちょうだい」

「かしこまりましたっ」



サンジは今にもナミに飛び付きそうな勢いで出迎える。



「…………」

「…………」



斜め前に、ホオズキを手にしたナミが座る。


チラリと視線がぶつかったが、気まずくて目を逸らした、


やはり、もっと女が好きそうな綺麗で華やかな花を、

両手一杯にプレゼントしたほうがよかったのではと

今さらそんなことを思って、言い出せなくなってしまった。





「…………ねぇ……」

「…………」

「…………なに?ナミさん」



明らかにおれに話しかけてきたナミに驚いて何も答えられずにいると

自分に話しかけてきたと勘違いしたのかサンジが返事をした。



「…………これ、エースが……?」


「………………知らねェ」



つい、顔を逸らしてそう言ってしまった。




「……じゃあサンジくん?」


「え?…………あー……あァ、そうだよ?その真っ赤な実が、おれの情熱を表してるのさ」



サンジの白々しい嘘に、バッと顔を上げる。


違ェよ。



「そう…………」


違ェ…………

情熱なんて表してねェし

それ贈ったの、おれだよ…………



気に入ってくれた?とお茶を出しながら聞いたサンジに

ナミは曖昧に返事をして、腑に落ちない顔で言った。



「花言葉は?」

「え?」

「知ってるんでしょ?サンジくんなら、花言葉で選びそうだもの」



そう言われて煙草をふかしながらチラリとおれを見たサンジは、


甘い顔で笑って言った。



「真実の愛さ」



正面に立ったサンジを、ナミはゆっくりと見上げる。




違ェ……

違ェよ……




「おれの気持ち、受け取ってくれる?」



そう言いながらサンジがナミの頬に触れようとした。




「……っ、違ェ……!」


ガタリ、と大きな音を立てて思わず立ち上がる。

ふたりの間に割って入り、ナミの正面に立った。



「何が違うんだ、お兄さん」



おれに押し退けられた形でキッチンに寄りかかったサンジの声が背中に聞こえた。



「………………偽り、なんだ」


「…………いつわり?」


ナミが驚いた表情でおれを見上げる。



「ホオズキの花言葉……“偽り”だ」


「………………」


不可思議に眉を寄せるナミ。



「…………うそ 」


「…………え?」


「全部嘘………嘘なんだ……嘘に決まってる……」


「………………」




偽りを示すホオズキの真っ赤な実を見つめて、声を絞り出す。

サンジがふーっと煙草をふかす音が聞こえる。




「真実の愛なんて嘘……ホオズキの花言葉は偽り。知らねェなんて嘘……本当はおれが、ナミに……許してほしくて贈った…………」


「………………」



ナミの泣きそうな顔を見て、拳をぎゅっと握る。



「ごめんナミっ!!……おれ、おまえと話せねェとつらい。触ったり、声聞いたり……一緒にいられねェのがすげぇ苦しい……っ」


「エース…………」



深々と思い切り下げていた頭を上げ、ホオズキを手にしたナミの手を、おそるおそる包む。


久しぶりに感じる温もりに、

潤んだナミの瞳に、



涙が出そうになった。





「本当は……っ、すげー好き……めちゃくちゃ好き……どうしようもねェくらい…………だいすきなんだよっ!!他の男のとこになんて、絶対ェ行かせたくねェッ!!!」


「…………っ」




ポタリ、と一滴、ナミの瞳からこぼれた大粒の涙が


ぎゅっと握りしめられていたホオズキをじわりと濡らして


物思いにふける夕日のようなその赤色が


切なく、儚く、燃えるように、



余計に鮮やかに、際立って見えた気がした。







「信じてくれ…………別れてもいいだなんて……っ、そんなの…………………」











真っ赤な











おれの心は君への愛でいっぱい。




それだけが真実。








END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]