過去拍手御礼novels

□暁の頃に
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「…………っ!?」


もぞっ……と身体に何か触れたような気がしてガバリッと起き上がった。



「あ、おはようシャチ」


暗い部屋の中で薄目を凝らすとそこにいたのは敵襲よりよっぽどたちの悪い泥棒猫。



「またおまえかよ…………船長のとこにでも行けっつってんだろ」


「門前払いされたのよ」


ぎゅっとおれの枕にしがみついて、既に寝る体勢に入っているナミ。


またあの人はおれの睡眠邪魔する気か!いろんな意味で!!


「おまっ……寝んな!だったらペンギンのとこにでも行けよ!」



船長がこいつを追い出した理由はなんとなくわかる。

昼間激しい戦闘があって気が立っているのだ。

傍にいればすぐにでも襲ってしまうという危険がある。

だけど、それはおれだって同じだ。



「ペンギン今日見張りだもの」


そうか見張りか、そりゃ仕方ねェよな………………ん?


「じゃあペンギンのベッド使えばいいだろうが!」


真下のペンギンのベッドを指差す。

わざわざ空のベッドをスルーして二段ベッドの上に登ってくるやつがあるか!


「私上派なの。二段ベッド」


そうか、気が合うな、おれも断然上派だ…………って、


「ガキかっ!!………………ったく、わかったよ、おれがペンギンのベッドで寝るわ」


狭いベッドで二人きり、なんていう

おかしくなりそうなシチュエーションを早いとこ回避したくて腰を上げると

ナミはその腰にガバリとしがみついてきた。




「………………さむい」

「……………………」



勘弁してくれ、マジで。






この船にナミの部屋なんてものがあるわけもなく

泊まることになったら誰かのベッドを使わせるしかなくて

野郎だらけのクルーの中でどういうわけかナミは毎回毎回おれのところに潜り込む。



「朝ごはんの時間になったら起こしてね?」


「………………」



本人曰くベポは潰されるからだめだそうで

だったら船長の部屋でいいじゃんって思うわけだが何故かいつものこのこ

この部屋の、しかも二段ベッドの上に上がってくる。


それが船長の差しがねだと気がついて早数ヵ月…………

船長さえ手を出していないナミにおれが手をつけられるはずもなく、

今日も今日とて生粋のドSである我が船の悪魔様により

我慢という名の拷問を強いられているしがないおれ。


「シャチ…………」

「…………なんだよ」


だけどさ、好きな子に、しかもベッドで、

こんな可愛らしいくりっとした瞳で名前なんて呼ばれたら、少しは……いやかなり期待しちまうだろ?

おれだって最初の頃は「こいつ、おれに喰われたくてわざと来てるんじゃねェか?」って思ったりもしたもんなんだが…………




「おやすみっ」




区切りのようにそう言うなり

くるりと身体の向きを変えておれに背を向け完全拒否の姿勢を示すナミに

そんな淡い期待は晩春の桜のごとく脆く儚く散っていく。



「………………おやすみ」


結局のところおれの理解は“ナミはおれを男として意識していない。故に平気で一緒のベッドを使える”と、そういうことで落ち着いた。



「………………」

「………………」



…………ねぇ船長、なんの罰ですかね、コレ。



目の前ではやたらと露出度の高いふしだらな格好のナミがおれの苦悩なんて知りもせず

すーっと健やかな寝息を立て始めた。


いつもならのらりくらり、寝たり起きたりを繰り返しながらどうにかこうにか朝まで耐え抜くわけなのだが、

今日はどうにも昼間の血の匂いと赤色が思い出されて神経が昂る。


「………………」

「………………」


規則正しく上下するナミの肩を見ていたら、なんだか無性に居心地が悪くなって寝返った。

するとその華奢な肩からハラリと毛布がずり落ちてしまったので、かけ直してやろうと近づくと

チラチラと目に入る白い首筋や鎖骨、長い睫毛……



………………

………………

………………やっべー、ムラムラする。



船長お気に入りのこの女には死んでも手を出すべからず。

それはペンギンや、クルーみんなの暗黙の了解。

もし欲に負けて慰みものにでもしようものなら待っているのは地獄を見るよりも恐ろしいバラバラ……いや、粉々の刑だろう。



けど…………、


…………だけどさ、



触るくらいなら……いい、よな……?



可哀想な自分に言い聞かせるように頷き、ナミの背中に近づく。

目の前の美味しそうな獲物をちょっと味見するくらい、神様だって許してくれるはず。

仕方ねェんだ、溢れるため息さえ熱く感じる夜って誰にでもあるだろ?


毛布の下から這わせた手を括れた腰に置いて、ナミが起きないことを確認してからその手を腹の上に移動させる。

服の上からでも伝わる体温の高い彼女の身体に、おれの熱も一気に上昇する。


…………うわ、もう勃っちまった。


腹を触っているだけなのにわけのわからないスリルと興奮がおれを支配して、

さらにじりっとナミの背中にねじり寄って

手は腕の下をすり抜けて上へ上へと這わせ、膨らみに到達する。


「……っ!!」


ブラしてねェじゃんッ!!!


布一枚を隔ててハリと重みと柔らかさの塊が感じられ、おれのおかしなテンションと情欲のサインは競り上がる一途を辿る。

加えて全く起きる様子のないナミに気が大きくなったおれは

甘い香りがするナミの髪の毛に鼻先を埋め僅かに呼吸を上擦らせながら

再び手を下へ戻し、Tシャツの裾から侵入させ、キメ細やかな地肌に触れようとした、その瞬間、





「シャチ」

「うわッッ!!!?」



寝ていたはずのナミの冷静な声に、まさに飛び上がるくらい驚いて後ろに飛び退いた。



お、起きてた!?

ヤベー!ヤバすぎるってッ!!



「…………何してんの?」


「うっ、……いや、その……」



無表情でおれを見つめるナミに危険を察知した心臓がありえないくらいの速さとデカさで鳴り始め、

尋常じゃない量の冷や汗が背中を伝う。


「………………」

「………………」


気まずいやら恥ずかしいやら恐ろしいやらで何も言えずにいるおれを

ナミはただじっと見据えている。


その沈黙にたえかねたおれは、いっそのこと開き直ることにした。



「だ……だから言っただろ!いやならペンギンのとこにでも行けって!……おれだって、男なんだよッ!!」


そうだ!これでもおれだって精一杯我慢してたんだ!


「………………」


「お、おまえが行かねェならやっぱりおれが行く…………っ!?」


早くこの場から逃げ出したい一心で腰を上げると、さっきのデジャブみたいにしがみついてきたナミ。

どんな制裁を喰らわす気なのかは知らないが、とことん自覚のないナミにだって非はあるはずだ。

文句のひとつでも言ってやろうと口を開くとそれより先におれの腹の辺りから聞こえてきたか細い声。



「ペンギンじゃ嫌」

「…っ、わがまま言ってんなよ!だったらおまえやっぱり船長のとこに…」

「ローも嫌」

「なっ!じゃ、じゃあ……」


おれはいったい、どうすりゃいいんだよ……




「私のこと、女として見てないのかと思ってた」




その声につられて上目遣いのナミと目を合わせてしまったが最後、

下半身に胸があたっていることに気がついて身体の血が一気に頭にまで昇る。



「…っ、おれを男として意識してねェのはおまえの方だろッ!あんな……あっさり“おやすみ”なんて言われたら、手なんて出せねェよ!!」

「じゃあどうして今日は触ってきたの?」


抑揚のない声でナミは言う。

おれが……おれが悪いのか……?



「……おまえがっ、おまえが悪いんだろうがッ!……おまえに惚れてる男の前で、無防備に寝顔なんて晒すから…!我慢なんて、できるわけねェだろ……ッ!!」



今まで嫌われたくなくて無下にもせず耐えてきたっていうのに

これじゃあ全部水の泡だ……


小さく息を吐いてナミを引き剥がそうと肩をつかむと、おれの腹に顔を埋めたナミがポツリと呟いた。





「じゃあ、おやすみって言わないから」



「え……?」



その声があまりにも小さくて思わず聞き返すと、おれを見上げたナミは再度ゆっくりと口を動かした。




「今度から、おやすみって言わないわ。そうしたら、私をあんたの傍にいさせてくれる?」


「…………え、……そ、それって……」




ゆらっと色めく瞳をおれに向けた

女の顔のナミが、そこにいた。









「あんたのこと、男だってわかってここにいるって言ってんの」









あぁ船長、あなたの気まぐれな罰に完敗です。



明日おれを待っているはずの身の毛もよだつ恐ろしいあなたからの制裁よりも



今この瞬間、しっとりとおれを見つめる彼女の視線の方がしたたかにおれの全てを身震いさせる。




……ねぇ今日こそは、君の心も身体も、おれのものにしていいのかな。




もしおれのこの考えが自惚れではないのなら




もし本当にそうであるならやっぱり




いつもみたいに君の世界とおれの世界に区切りをつけるように




くるりと背中を向けたりしないで…………





どうか、どうか…………






眠らない夜の夢を一緒にみよう。













暁の頃に、おやすみなさい。











「んー……ロー、ペンギン、おはよ……」
「……ナミ、もう昼だ」
「お、おはようゴザイマス船長……」
「シャチ、おまえに話がある。船長室まで来い」
「ひ……っ!」
(理不尽な……!!)








END

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