過去拍手御礼novels

□それさえも愛の一部
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「その指輪……よく似合ってるよい」



ギクリッと肩を震わせた私は、小指にはめられたピンキーリングを隠すように

左手の上に右手を添えた。



「そ、そう?ありがとう……」



隠した左手をぎゅっと握ってきたマルコに、私の心臓もぎゅっと狭くなる。



「…………どこで買ったんだい?」


ピンクゴールドの愛らしい輪っかに彩られた小指付近をにぎにぎしながら

マルコは何の気なしに訊いてくる。


「……昨日、街の雑貨屋さんで買ったの」


「ひとりで行ったのかい?」


たらたらと冷や汗でもかいてしまいそうな質問をされて、握られていた手を思わず引っ込めた。


「この船の……ナースと、行ったの……」


マルコが仕事で退屈だったから。その言葉は呑み込んだ。


「そうかい、可愛いよい」

「…………」


頬にチュッとキスをされ、

昨日エースにも同じことを言われ、同じことをされたのを思い出し、

一気に顔が熱くなった。


ーー−−−


『なァなァこれっ!これ、絶対ェおまえに似合うと思う!』


私もそう思った。

街のお洒落な雑貨屋でエースが指差した小さいリングは私好みのシンプルなもので、

一瞬で釘付けになってしまった私を見てニカッと笑った彼は

止める間もなく買ってしまった。


『初デートの記念だ!』


デート……。

私に恋人がいることはエースだって知ってたし、

そんなつもりはなかったけど、


『やっぱすげー可愛いッ!それ、ずっとつけててくれよな!』


なんて言われて頬にキスをされて、

マルコが構ってくれない時間をずっと一緒に過ごしてくれたものだから

少しだけ浮かれていたのかもしれない。



ーー−−−



別にエースとは何もないのだから本当のことを言ってもよかったのだろうけど

マルコが仕事中に他の男と黙って二人で出掛けていたことに

なんとなく罪悪感を感じてしまい、つい嘘をついてしまった。


外しておけばよかったのだ。マルコとふたりのときくらい……



「ナミ…………」


ぼんやりそんなことを考えていると

先程からゆるゆると頬を撫でていたマルコがソファをギシッと軋ませて私に近づき

部屋の中は恋人同士特有の甘い雰囲気に包まれる。


「…………マルコ」


こうしてマルコと甘い時間を過ごすのはいつぶりだろう。

この人は本当に忙しい人だから、ふたりきりになれるチャンスなんてめったにない。

私だってすごくすごく甘えたかった。

今は、エースのことは忘れよう…………


そしてマルコの首に手を回し、その唇を受け入れようとした瞬間−−




「マルコー、いるかー?」


軽快なノックの音と共に耳に馴染んだ声が聞こえてきた。


「…………開いてるよい」


バッと咄嗟に距離を取ったマルコはドアの外の人物に応える。


「こりゃどうも失礼。頼まれてた資料持ってきたんだけど……おうナミ!」

「エース……」


ガチャリと戸を開け、丁寧に頭を下げ、

それからソファに座る私に気づいてニカッと笑ったエースに

私の心臓はバクバクと焦り始める。


「確認するから待っててくれるかい」


デスクに座ってペラリと書類をめくりだしたマルコに

「ん」と短く返事をしたエースは私の目の前に突っ立ってしばらくマルコの後ろ姿を眺めていたが

顔の向きはそのままに、何を言うでもなくおもむろに私の頭に手を乗せた。


「…………」

ペラリ

「…………」

ペラリ

「…………」

ペラリ


沈黙の中頭をやわやわ触られて何も言えずに戸惑っていると

エースがふいにこちらを振り向いてニコッと笑う。



「 約束通りつけてくれてんだな」

「…………エースっ」



マルコのところまで届くか届かないかくらいの声でそんなことを囁くものだから

ぎゅっと左手を握られた私は思考も身体も固まってしまった。


しかしマルコはそんな私たちに気がついていないのか、相変わらずペラリペラリと紙をめくっている。


そんなマルコの方にもう一度チラリと視線をやったエースは、その後ろ姿に変化がないことを確認して


大胆にも私の頬に3秒ほどの長めのキスをしてきた。





「漏れはねェみてェだよい。確かに預かった」


マルコが振り向くと同時に何事もなかったかのように姿勢を改め、ポケットに手を入れたエースの後ろで

私ひとりだけが顔を赤くして視線を泳がせた。


「そっか、じゃあおれはこれで。またなナミ」


「え、えぇ、またねエース……」


エースは最後に意味ありげな目配せをしてふわりと笑って部屋を出ていった。




「…………」

「…………」


デスクに座ったまま確認済みの書類を、目では追わずにパラッ、パラッ、と持て余して黙っているマルコ。

感情の読み取れないその横顔に、

もしかしてさっきの会話を聞かれたのでは、

さっきのキスを見られたのではと、私の方は気が気でない。



「ナミ…………」


「…………なに?」



時計の針の音だけがやけに大きく響く部屋の中、

沈黙を破ってゆっくりとこちらに視線を合わせたマルコは無表情のまま呟いた。




「…………どうして嘘をついた?」


「………………」


とても穏やかなその声に、問いただされていることが間違いなのかと思うくらい、マルコは冷静で

しかしその意味を悟った私はばつが悪くて俯いた。


「……おれが、ナースとエースを聞き間違えたわけじゃねェだろい?」


苦笑いさえしてみせるマルコに申し訳なくて、右手で左手をぎゅっと握って震える声を絞り出す。




「…………ごめん、なさい……」



するとマルコは急に険しい表情になって、手元の書類をくしゃっと握って言った。



「そりゃあどういう意味だよい……やましいことがあるから謝ってんのかい?それとも、おれよりエースがいいってことかい?」

「ち、ちがう……!」

「じゃあさっきの親密なやりとりはなんだよい!どこがどう違うのか言ってみろいッ!」


ダンッ!と机を叩いて声を荒げたマルコに驚いてビクリと肩を震わせる。

どんなことをしても、今まで怒鳴られたことなんてなかった。



「……………………」


「…………おまえに、怒ったわけじゃねェんだ……おれはちょっと疲れてんのかもしれないねぃ…………怒鳴って悪かったよい」


デスクを睨んだまま大きく息を吐いたマルコに、胸のつかえを感じる。

いつもこうだ。結局私のために折れて、結局胸の内を隠して私を許すのだ。


「う、うそ……怒ってるんでしょう?」

「おめェには怒ってねェ。怒ってるとしたら…………エースにつけ入る隙を与えるくらい、おめェに構ってやれなかった自分に怒ってんだよい……」

「うそ…………」

「嘘じゃねェよい!」

「うそ!じゃあどうして私の目見てくれないのよ!?マルコはいつもそう……今回は…嘘をついてた私が悪いに決まってるのに……!言いたいことがあるならハッキリ言って!」


涙目になりながらそう言うと、マルコは覇気を纏ったように怒りを滲ませて迷わず私のところに歩いてきた。


「じゃあ、言わせてもらうぞ…!」

「………っ!」


物凄い力で左手首をつかまれて身体中の血が一気にほとばしる。



「似合ってるだ…?他の男がおめェのために見立てたものなんて、全然似合ってなんかねェんだよいッ!!」


「………っ」


「どこで買ったかなんてどうでもいい!おれが知りたかったのは、どの男と買いに行ったかだッ!!」


「…………」


「エースに惚れたか!?おれが構ってやれなかった間にどういうふうに口説かれた!?言ってみろいッ!!」


「マル、……っ」



ギリリと軋むほど強く掴んで放さない私の手をそのままに

見たこともないような厳しい表情で捲し立ててくるマルコが

まるで知らない人みたいで、怖くて、悲しくて、そしてそうさせてしまった自分に腹が立って


“嫌いにならないで”


その一言さえも言えずに涙だけがポロポロとこぼれ落ちる。




「……いいかナミ、おれはおめェが思うよりもずっと嫉妬深いし、子供なんだよい……」


「……っ、ごめ……」



声のトーンを落としたマルコは私の右手も手に取って、両手の甲をじっと見つめる。



「おめェはまだ若ェ……エースみてェな男に迫られたら、そりゃあたまには遊びたくなることもあるだろうよ」


「ちが……っ、マルコ……」



握った私の両手に鼻先を擦り付けたマルコはそのまま目線だけを私に向けて言う。



「だが、何があろうとおめェはおれのもんだ。髪の毛先から、足の爪の先まで、1ミリたりとも他の男になんて譲るつもりはねェ!」


「……っ」


「たとえおめェが他の男にトキメこうが、浮気しようが……どんなにおれを惑わそうが、それでもそんなおめェを……誰よりも愛してやれるのは、おれだよいッ!」


「マルコ……っ、」



「信じられねェかい?」そう優しく言って左手の小指に、指輪の上から恭しくキスをする。




「おれは、おめェの後ろめたい心や、隠し事や……この小指のリングまでひっくるめて、愛し続けることを誓ってやる……」


「マルコ…………」



膝まづいて誓いを立てる仕草よりも遥かに強く私の両手を握った大きな手のひらに



私の心は再びぎゅっと掴まれる。





「だから最後には、必ずおれのところに帰ってこい」


「……っ」





たとえ私がどんな悪女になり下がろうが




変わらず貫き通される真摯な彼の愛は結局のところ




私に寄り道なんてする暇も与えずに




この心臓を、無差別に、容赦なく、鷲掴んで放さない。





そうなれば不思議なことに、





たった今の今までエースの笑顔みたいにキラキラと、





眩しく光っていたはずの、この小指の輪っかさえ…………













あなたへと繋がる、赤い糸にしか見えないの。








「あ、あのマルコ……街に連れてって?」
「あァ、仲直りの印に指輪でも何でも買ってやるよい」
(とりあえずエースの奴は後でしばくよい)








END

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