過去拍手御礼novels

□夕立に恋してた
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「……………起きなさいよ」


「……………………」


「…………今すぐ起きないと、鼻と口を同時に塞ぐわよ?」


「……………………」


「……………………」



死んだように健やかに眠るゾロの鼻をつまみ、反対の手で口を覆う。



「………………っ」


「……………………」



パチリと瞼を上げたゾロと、その呼吸活動を阻んでいる私の目が合った。



「……むぐっ!!?っ、んむ〜ッ!!」


「…………起きた?」



にこやかに見下ろすと、ゾロはみるみるうちに真っ青になって物凄い力で私の手を振りほどいた。



「…………っはッ!!てめッ、……どこの刺客だ!!死にかけたじゃねェかッ!!」


「大袈裟ね、ちょっとしたジョークよ」


「ジョークで済むかッ!!」


「済まなくなるまで寝てんじゃないわよ」


「………………」



ガバリと上半身を起こして訝しげに眉をしかめるゾロの隣で頬杖をつく。

私がそのまま次の行動をおこさないでいると、ゾロがおもむろに訊いてきた。



「………………雨か?」


芝生に手をついたまま空を見上げたゾロに私もつられて空を見上げるけど、

雨なんて到底降りそうにもない海より少し薄い青。



「…………ちがうわ」


「……?じゃあ雪か?竜巻か?」



私が甲板で寝ているゾロを起こすときは大抵気候に変化があるときだ。

どんなに晴れていても私が「雨だ」と言えば雨になることがわかっているゾロは

いつも素直に船室に入っていく。



「…………今日はずっと快晴だと思うわ」


「………………じゃあなんだ?おれになんか用事か?」


「…………ううん」


「……………………」


起こした理由を考えていなかったことにばつが悪くなって目を逸らす。

でも、嘘の天気予報なんて言えない。航海士としての信用問題に関わる。



「…………きょ、今日は1日晴れるから、このまま甲板で寝てても平気よって教えてあげようと思っただけ」


「…………寝てる人間にわざわざか?」


「そう、わざわざよ」


「……………………」


感謝しなさいよねという態度で目配せすると、怪しいものでも見るかのようにじとーっとした視線を私に向けたゾロは

ふーん……?と鼻から息を吐いて腕につくった胡座の上に頭を乗せた。



「………………」


「………………」



黙って空を眺めるゾロの隣で膝を抱える。



…………怒ってるのかしら?

私が意味もなく睡眠を邪魔したから……。


けど、仕方ない。

最近気候の揺れがなかったから、

ゾロを起こしに来ることもなくて……

そしたら、自然と話す機会も減って……



つまんなかったんだもん。




「………………」


「………………」



ゾロと同じように穏やかな空を眺める。


こんな日はいつも、お昼寝しているゾロを横目にこうして空を仰いで、

「雨でも降らないかな」なんて太陽
を睨んだり…………

だけど感じる風は暖かで

今日も晴れ、今日も晴れって、

いち早く天気を読み取ってひとりでがっかりして…………

私の好きな、晴れのち雨は今度はいつやってくるんだろうってため息をついたりして…………



まったく、

乙女じゃあるまいし…………






まぁ、恋人な訳でもないから


起こしたって構ってなんてくれないんだけど。





「…………おれは、」




ひとりで不貞腐れていると、空に目線を向けたままゾロが呟いた。



「………………」


「おれは、天気は晴れのち雨が好きだ」


「な、…………なにそれ」



天気に関してそんな変な好みを持ってるのは、私くらい……じゃ…………





「……………目覚めがいいからな。たまに殺されそうになるが……」



チラリと私を見てニヤリと笑ったゾロに、心臓が一度跳ね上がる。




「…………今日みたいな天気じゃなくて?」


「一日中晴れてたら、起こしに来ねェだろうが…………いつもは」


「………………」



再び空を見上げたゾロの横顔を食い入るように見る。

待って、ちょっと待って…………

期待しちゃう…………




「航海士が優秀だと、予報が外れなくて助かるんだがなァ……」


「………………」



難儀にため息をついたゾロは、ゆっくりと瞼を下ろした。






「たまには、外してくれてもいいぜ?今日みてェに快晴でも………“雨が降る”って、」





そんで、おれを起こしに来いよ。






その甘く、優しく、魅力的な誘惑に


私の顔からは湯気が出て、ついコクリと頷いてしまいそうになる。




だけど、





「い……いや……ッ!」


「あぁ?…………てめェいい加減素直になりやがれ」



穏やかに閉じられていたゾロの目が開き、その目が眉を寄せて私を睨んだ。





「天気予報……わざと外すなんて、航海士失格よ!」


「あんなァ、おれが言いてェのはそういうことじゃ……!」


「その代わり……っ!」


「…………っ!?」




もさっとゾロの逞しい胸板に飛び込んで顔を隠す。





天気予報は、外さない。



それは、航海士としての私の意地。




それからもうひとつ、乙女としての、私の意地…………







「明日からは、一日中快晴でも…………起こしに来てあげる」







私の恋路を邪魔する太陽にだって、もう負けない。










夕立に恋してた。










だけどこれからはあなたの傍で、どんな天気だって愛していけるの。







END

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