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□船上キャッチボール
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空は快晴波は穏やか、島はまだまだ遠い水平線の向こう側。
そうなれば進路確認以外に航海士って案外やることないのよね。
ううん、本当は日誌やら海図やら雑多な仕事やら、やらなきゃいけないことは探せばいくらでもあるんだけどさ、
暇なときこそそういうものには手をつけるのが憚られるじゃない?
だからたまにはなにも考えず平和に過ごしてみようかなって
風の匂いが穏やかな気持ちのいい芝生甲板で、それこそ暇を持て余していたある日の午後。
暇つぶしの読書にも飽きてうーんと大きく背伸びをしてから
さて、次は何で暇をつぶそうかと考えながら、投げ出していた足を組み換えたときだった。
どこからかコロコロと転がってきた手のひらサイズのボールが、地べたにべったりつけていた私の腰に当たってぴたりと止まった。
「………………」
誰のかしら?そう思って辺りを見渡すけど、返還を要求する持ち主らしき人物の影は見えず
あちらこちら、自分のお気に入りの位置でそれぞれの時間をいつもの様子でクルーたちが過ごしているだけ。
どうせ向こうで騒がしくしているルフィやウソップに興味を無くされて放置された玩具だろう。
そう思って哀れな真新しいボールを空にかざした。
あ………………。
白いボールの先には金色の糸みたいな髪を風に靡かせながら煙草を吸っているサンジくん。
反対側の船縁にもたれ掛かっている可愛い恋人に気づく様子もなく海に意識を向けるその背中。
………………ちょっと、こっち向きなさいよ。
そんな思いを込めつつサンジくんの細い腰目掛けてふんっと腕を振った。
「…………おわッ?!」
コテッと見事直撃して芝生に落ちた不意打ちのボールを手に取りキョロキョロと犯人を探しだしたサンジくん。
ふーん、けっこうな距離なのに、当たっちゃうものなのねーと
してやったり顔になっていた私が犯人だと気がつくなり、
サンジくんは何故かヘラりと幸せそうに笑って「ナミさんかーわいー」と目をハートにした。
彼氏に気まぐれでボールを投げつける女のどこが可愛いのか、さっぱり理解できない。
「そんなにおれに構ってほしかったんだ」
サンジくんはそう言いながら私と向かい合うようにしてしゃがみ、下から上へとゆるーくボールを投げ返してきた。
向かってくる球に気を取られてすぐに返答することができず、
真正面の取りやすい位置にすとんと落ちてきたボールをキャッチした後、
「そんなんじゃないわよ、バカ」という強がりと共にボールを投げ返した。
「照れなくてもいいよぉ」
「照れてないわよ」
「好きな人に対しては特別素直じゃない君ってほんとにキュートだね」
「どこまでポジティブなの?」
「いいんだ、おれは今、ナミさんの愛を全身で感じてるから」
「キャッチボールしてるだけよ、勘違いしないで」
同じ場所に柔らかく落ちてくるボールを難なくキャッチし、それを座ったまま振りかぶった腕でサンジくんのところまで精一杯投げ返す私、
ボールがどんな方向にきたって長い手足を使って悠々と受け止め、それを下から上へ私が取りやすい位置に優しく返すサンジくん。
「くぅぅっ!投球姿も可愛いぜ!そのボールがおれに対するハートにしか見えねェよぉ」
「はぁ……?何気持ちの悪いこと言ってんの?」
「それに、おれが投げたボールを一生懸命目で追う姿も小動物みてェでたまんねェ!」
「………………」
そう言って投げ返されたボールは一段と高く弧を描いて空を舞い、
私がそれを反射的に見上げる姿にサンジくんがニマニマ笑うのが容易に想像できた。
「さぁ!その球をハートの矢だと思っておれに打ち返してごらん!」
「………………」
「さぁ天使!早くそのハートをっ!!」と、想像以上のニヤつきを見せて両手を広げるサンジくんを白い目で見て、すっくと立ち上がった。
「…………本気でいくわよ?」
「………………え?」
両肘を張って足を上下に広げて本気の構えで殺気を放った私に、サンジくんは緩ませっぱなしだった顔を一瞬にして引き締めた。
「本気でいくって言ってんでしょーー!?覚悟はできてんでしょうねーッ!?ちゃんと取りなさいよーーッッ!!?」
「わーッ!!ちょっと待ってーッ!!ストップ、ストーップっ!!ナミさん目ッ、目がマジだってばーーーッ!!!」
両手をかざして制止しようとするサンジくんを無視してぐっと芝生に足をめり込ませ、
反対側の足を高く上げて精一杯振りかぶって力の限り腕を振る。
手から離れたボールはシュルルッと回転しながらサンジくん目掛けて猛スピードで駆け抜けていった。
ふんっ、私をからかったりするからよ。
予想以上の威力に慌てふためくサンジくんを鼻で笑って、ある種のスッキリ感を胸に成り行きを見守った。
「わわわッ、ちょっ!!ストーーップ…………ッ!!!」
ぽふっ…………
そんな音が聞こえそうなくらいすぽんっと、私の渾身の一撃はものの見事にサンジくんのお腹付近で構えられた大きな手の中に収まった。
「な………………」
なんで取っちゃうのよーーッ!!!
そこは普通見事命中して海にザバーンッでしょーーッ!!?
ふぅっと腕で汗を拭い取ったサンジくんは「ナイスストレート、ナミさん」なんて言って親指を立てた。
キィィ腹立つー!!
「ちょっとあんたっ!本気で投げ返しなさいよねッ!!?」
再びしゃがんで下から上へ、小さい子供とキャッチボールするお父さんみたいな構えを見せたサンジくんをピシャリと指差して肩を怒らせる。
「へっ?……いやいやナミさん、そんなことできるわけねェじゃん」
「大事なナミさんに傷でもついたらどうするのさー」と甘ったるい声を出すサンジくん。
こいつ、私が絶対に取れないと思ってるんだわ。
なによ、可愛くてか弱いからってバカにしてっ!!
「本気で投げなきゃ別れるから!!」
「え…………えぇぇぇッ!!!?」
腕組みをしてキッと睨むとサンジくんは船中に響き渡るような声を上げた。
「それでもいいならいつもの構えでどうぞ?ほら、さっさとしなさいよ?」
「ちょ、待ってよ!!そんな無茶苦茶なッ!!」
「なによ、嫌なら本気で投げればいいだけの話じゃない?ちなみに手加減したり、わざと外して海に投げたりしても別れるから。ちゃんと私を狙いなさいよね?」
「そんなぁぁ〜………」
「できないの?別にいいわよ、それならそれで、今日限りをもってあんたは私の恋人でもなんでもなくなるか…」
「わーッ!!わかったやるよ!やーりーまーすー!!やればいいんでしょーーッ!?」
「………………」
片目を開けてサンジくんを見るとこれでもかってくらい眉を下げて困り果てている。
そんな彼に、早くしなさいよと顎で合図をすれば煙草を携帯灰皿に揉み消して深いため息をついて私に向き直る。
「じゃ、じゃあ…………本気でいかせていただきマス……」
「かかってきなさいよ」
こうなればもはや意地だ。
か弱いけど、柔じゃないのよ、私だって。
「後悔しないでよね?」と苦々しい顔で言って構えるサンジくんと真っ直ぐ向かい合う。
所詮は黒足のサンジ、腕自慢じゃなくて足技自慢なんでしょ……
という私の甘い考えは、彼が振りかぶった瞬間に消え去った。
踏み込みからフォームから気迫から、投げる前だというのに物凄い威力の球が来るのがわかる。
それでも逃げるまいと歯を食いしばり腰を落として身構えると、
腕を振った勢いのまま向かってきたのは、なんとボールではなくサンジくん。
…………いや、ボールを手にしたままのサンジくん。
「……えぇぇぇッ!?なにッ!?なになにッ!?ちょっとぉぉッ!!!」
「うぉぉぉッ!!ぬぁみすぅわぁぁぁんッ!!!」
その迫力、敵に突進するサイの如く。
背景に炎さえ見えるあまりの勢いに圧されて後ずさると
背中に甲板の手すりが当たってあっという間に逃げ場が無くなった。
その間にもサンジくんは物凄い形相で一直線に迫ってくる。
「いーーやーーッッ!!?こっち来ないでぇぇーッ!!!」
「ぬぁみすぅわぁぁぁんッ!!!」
ぽふっ…………!!
という音と共に、私の身体はサンジくんに包まれた。
な…………
ななな………………
「なにやってんのよーーッ!!!?」
サンジくんが突進してきた勢いで船の縁に半分ほど乗り上げた身体は、
私を押し倒すようにしてしっかりと包み込む腕が無ければ今ごろ海の上だ。
「なにって……ナミさんが本気でって言うから……」
「誰が本気の顔して突進してこいって言ったのよーッ!!?私は本気でボールを投げろって言ったのーッ!!!」
頭の下にザブンッという波の音を感じながら、
こんな状況でも私が痛くないように、身体と縁の間に腕を敷いて抱き抱えているサンジくんに感心する余裕なんてものはなく……。
サンジくんは金髪の糸みたいな髪の毛で私の頬をくすぐりながら一瞬惚けたように目を見開き、悪気もなくニコリと笑った。
「いいじゃん、ボールと一緒に飛んできたんだから」
「よくなーいッ!!心臓に悪いでしょーがーッ!!!」
そう、いろんな意味で心臓に悪い。
怖い、近い、熱い、近…………近いッ!!
「……おれの方が心臓に悪いんだけど」
「…………え?」
ポツリと呟かれた一言に、間近にある彼の顔を見上げれば、
ちょっと特徴的なその眉は眉間に寄って、今にも泣きそうな顔で私を見つめていた。
「別れるとか、簡単に言うなよ。本気でボール投げるのも、別れるのも、おれには選べねェ。だって…………」
どっちもナミさんを傷つけるから。
「………………」
あまりに真剣で、そしてあまりに私を、私の全部を見透かしたようなサンジくんの言葉に
彼を見上げる瞳を二、三度瞬いて、ゆっくり閉じた唇を苦笑いの形につくってみせる。
…………バカね、別れられるわけないじゃない。
「けど、伝わったでしょ?世界一のスピードでナミさんに向かってる、おれの愛」
さらに身を乗り出して近づいてきたサンジくんの手から離れたボールがコロコロと私の頭を横切って
海にポチャンと落っこちる音がした。
「「あ…………」」
ふたりで顔を見合わせて笑う。
ポールは落っことしても私のことは絶対にその腕から逃さない、いつでも一直線な彼が無性に愛しくなって、
今度は不意打ちのボールではなく、不意打ちのキスをひとつ、チュッという音を立てて贈ると
やっぱり彼は私を見つめてへらりっと幸せそうに頬を緩める。
そして私だけに見せる優しすぎる王子様みたいなその表情のまま、サンジくんは囁いた。
「ボールじゃなくておれで良ければ、いつでも君のもとに飛んでいくよ?」
愛は豪速球
「…………なんなんだあのバカップル」
「ゾロー、おれのボール知らねェか?」
「…………知らねェ」
「おっかしいなー、確かこの辺に…」
「ウソップ」
「お?なんだ?見つかったか?」
「忘れろ、ボールのことは」
「は……?」
(おれも、見なかったことにする)
END