過去拍手御礼novels

□嘘から出た
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やぁやぁ諸君!今日はおれ様のために集まってくれてありがとう!まぁ遠慮せずに座りたまえ!


外は何やらガラガラドンドンワイワイと騒がしいが気にするな!いつものことだ!


え?おまえは誰かって?知らねェのかァ?知らねェなら教えてやるさ!


おれ様はこの麦わら海賊団を牛耳る偉大な男よ!


今や世界中に悪名轟かすこの船の実権はおれ様が握ってるんだぜ!


あるときは迫り来るモンスターと戦い、あるときはクルーたちを指一本であしらい、あるときは荒れ狂う嵐の中舵を操り、あるときは……


……え?嘘だろって?

下っぱにしか見えねェぞって?


ちっちっちっ、おれ様のこの魅力がわからねェようじゃ、おめェもまだまだ海賊初心者だな!だっはっはーっ!


いいか、よぉーく耳の穴かっぽじって聞いとけよ?


おれ様の名は、勇敢なる海の戦士!キャプテーーーンウソーーーッ



「ウソップ!!!」

「だーーッ!!なんだよ!!?」


見せ場に!!

と眉を吊り上げて振り向くと、そこにはおれ様より雷様より何様よりも

厳めしい顔をしたナミがいたので「なんですか」と丁寧に言い直した。



「聞いてよッ!!サンジくんがね…ッ!!」

「あーッ!ちょい待ちー!ノロケなら聞かねェぞー?悪ィがこう見えて新作武器の開発に忙しいんだ。ノロケ話ならロビンにでも……」

「………………」

「………………」


ハイ、聞きますから睨まないでください。


おれに無言で圧力をかけ、無言の肯定をさせたナミはウソップ工場の上に正座で乗っかった。



「何よあのエロ眉毛!ほんっっっとムカつく!!」

「サンジがどうしたんだよ?」


既に沸騰しているナミの湯気を隣に感じながら、手元の武器をいじる。

どうやら本当にノロケではねェみてェだが、おれの「なんかやべーセンサー」によると現在ナミの怒りレベルは「79コエー」だ。

ちなみに「1コエー」とは一人きりの部屋で確かな物音を感じる程度の「怖ェ!」であって…………


……つーか、ったく何やらかしたんだサンジのやつ。



「聞いてよウソップ!あの超絶女好き!ちょーっと私がイラついた態度見せただけで、なんて言ったと思う!?」

「聞いてほしいのか当ててほしいのかどっちだよ、そりゃ」

「ほんっとムカつくのよ!あいつったらね……!」


どっちにしても面倒事をおれに持ち込むのはやめてほしい。

このカップルに関わるとろくなことねェんだ。

そう思ってみても言えるわけはなく、「あいつったら、なんだよ?」と目だけでナミの言葉を促した。







「“おれ、女の子のそういう不安定なところも好き”……って言ったのよ!!!?」




は?



「は?」


信じられる!?という顔でおれに掴みかかるナミを見てぽかんと開いた口をどうしてくれよう。

なんか、あれだ、なんと言ってやればよいのやら……



「…………なァ、それのどこに怒る要素があんだ?」

「はぁ!?もうっ、あんたバカ!?」


全部よ全部!と息巻いて拳を握りしめるナミ。


「じゃあ喧嘩の原因はなんだよ?少なくともそれ言われる前からおめェの方は怒ってたってことだろ?」


「…………………………」


覚えてねェんだな?


じとりとしたおれの視線から目を逸らすとナミは「問題はそこじゃないのよ」とボソッと言った。


「好きだって言われてんだからいいんじゃねェのか?」


どんなにヒステリックだろうが、どんなに鬼みたいに怖かろうが、それでもナミのことが好きということだろう。

尊敬するぜ、サンジ。そういうとこだけ。


「バカね!あんたちゃんと聞いてた!?あの眉毛、“不安定な女の子”って言ったの!“不安定なナミさん”じゃなくて、“女の子”!!」


おれの解釈を読み取ったナミが塾講並みに“女の子”の部分を強調した。


「おめェもその“女の子”の中に入るんじゃねェのか?」

「んもうっ!バカ!そりゃそうだけど、逆に言うと私以外の女の子も含むでしょうが!不安定だろうが穏やかだろうが、女の子ならなんだっていいのよあいつはーーッッ!!!」


自分で言っているうちに再燃してきたのかボーッと背景に炎を背負ったナミにおれは身体を揺すられる。

つーかこの数分間でおれ何回バカって言われた?



「……つ、つまり、サンジの『女の子なら見境ない発言』にキレてんだな?」

「それだけじゃないわよーッッ!!」

「わーッた!わかったから首をじべるだッ!!」

「不安定って何よ!?私はねー!不安定だから怒ってるんじゃないわよ!!あんたが怒らせるようなことするから怒ってんでしょーがー!!全ての原因を、『ナミさんのヒステリックに起因してます』みたいな言い方してんじゃないわよーッ!!!」


その怒ってる理由さえ忘れてるような奴が言うなー!!

そしておれの首を絞めんなー!!


「お、おぢ、おぢづげ……!死ぬ!死ぬーッ!!」

「あ、ごめん」


パラリッと首を締め付けていた手が放れた。

毎度のことだが激怒すると一切周りが見えなくなるな。

今のはさすがに「84コエー」だったぜ。

あー、マジでお花畑が見えた。



「……と、とにかくだな、その言葉の真意を聞いてみりゃいいんじゃねェのか?」


ナミは膝の上に手を置いて、「しんい?」とくりくりした瞳で見てくるのだが、おれには人形の皮を被った猛獣にしか見えないわけで。


「“不安定なナミさんも好きだー”の言い間違いかもしれねェだろ?ついポロッと女の子とか言っちまっ…」

「“つい”“ポロッと”ですってぇ?」

「わー!違うよー!?女の子とか関係ねェって!本当にナミのことなんだと思うぜ!?」


ついポロッと、ついポロッとなんて言っちまったおれはしどろもどろで半ば意味不明な取り繕いをする。

おいサンジ!フォローしてやれんのにも限界ってもんがあるんだぞ!



「ふんっ、あいつが土下座して謝ってきたって許してなんてあげないし、船も動かしてやんないんだから」

「は?…………ま、まさかさっきのガラガラガラッて音は……」

「錨を下ろさせたの。私が仕事放棄したら困るのはサンジくんだけじゃないものねー、さぁどう出るかしら?」



錨を沈める前に怒りを鎮めてくれーッ!!

痴話喧嘩ごときで船止めんなーッ!!



「…………ハハ、あの、ナミさん?おれ次の島けっこう楽しみに……」

「サンジくんに言ってくれるー?」


嫌味ったらしく語尾を伸ばしたナミは、唇を尖らせて胡座をかいた。

……キッチンも女部屋も図書館もみかん畑もすぐ見つかるからって、ここに居座るつもりだな。



「じゃ……じゃあよ、どうしたら許してやるんだ?サンジのこと」

「…………私が怒ってる理由に自分で気づいて心の底から謝ったら、許してあげてもいいわ」

「な、なるほど……」


そりゃそうだ。やることめちゃくちゃなのに、そこ筋通ってんな。



「ほんっと……なんで付き合ってんだろ……」


ナミは憤然とした態度でかいていた胡座を直し、膝を抱えた。


………………。


……こー見えてこいつ、意外と傷つきやすいガラスのハートの持ち主なんだよなー。


さて、どうすっかなァ……。



「ま……まァ、あいつも女にはだらしねェように見えるがよ、ほんとはきちんとおめェのこと考えてると思うぜ?」

「………………」

「こ、この間おめェと喧嘩したときだって、『ナミさんが傍にいねェと何も手につかねェ』って言ってたしだな…」

「…………ほんとに?」

「お、おう!ほんとだよ!」


それでおれは皿洗いさせられたんだからな!!


「そうなんだ…………」

「おれから見ても、サンジはおめェにベタぼれだって!他の女なんか見てるわけねェだろ?」

「…………そうかな?」

「そうに決まってんだろ!おれ様が今まで嘘ついたことあるか?」

「…………………………」



なんだよその沈黙は!そしてその梅雨の男部屋みてェな湿気った目は!



「と、とにかくだ!サンジはおめェのこと……」


コンコンコン!!


なんだよ!!?なんでいいとこ邪魔すんだよ!!?どいつもこいつも!!



「おーいウソップー、ナミさん見てねェかー?…………あ、」


「おおおう!サンジ!ナミならここに!ここにいるぜ!!」


だから早く引き取ってくれ!!と、扉からぬっと顔を出したサンジに訴える。



「…………何しにきたのよ」

「………………なんでてめェとナミさんがふたりきりでいるんだよ?」

「え?」


えぇぇぇ!?ちょ!サンジくぅぅん!?

なんでそんなに睨んでるのかなァァ?

さしあたってやっかいごとの処理にあたっていたおれに対して「ナミさんに何もしてねェだろうな、鼻」みてェな目で見んじゃねェ!



「私が誰とどうしようが勝手でしょ!?」


サンジがその言葉に反応しておれを睨む。

何もしてねェッ!!



「…………ナミさん、悪かったよ。機嫌直して?ナミさんの好きなみかんのタルトつくってきたんだ」


美味そうなタルトの乗った皿を手にしたサンジがナミに歩み寄る。


「何に謝ってるの?」

「え?」

「私がなんで怒ってるか、サンジくんわかってる?」

「………おれが雑誌の中のレディに見とれてたことだろ?」

「……!ち、違うわよ!そういう問題じゃない!もういいっ!」


喧嘩の原因それかーッ!!ナミは今の今までそんなこと忘れてたぞ!!


ナミの目の前にしゃがみこんで「え?それで怒ってたんじゃねェの?」という顔で遠い目をしたサンジの横をすり抜けて、

ナミはおれたちに背を向ける。



「……おい……おい、サンジ」

「……あ?なんだよ、」


見かねたおれ様はしかたなく機嫌の悪いサンジに耳打ちする。


「ナミはな、“不安定な女の子も好き”の件に怒ってんだよ」


おれは早く次の島で武器のパーツ調達してェんだ!

さっさと怒りを鎮めて錨を引き上げさせてくれ!



「……………………」


思い当たる節があったのか眉を寄せたまま「ほんとかよ?」という不信の目を寄越したサンジに大きく数度頷くと

しかめっ面のままおれの傍にあったガラクタの小皿で煙草をもみ消し立ち上がった。



「もう許してあげないし、船だって、出してあげな……」

「ナミさん…………」


おぉぉぉぉいッ!何後ろから「ぎゅっ」とか抱きしめとんじゃいぃぃ!それを後ろから見るおれの虚しさを考えやがれ!!


「ちょ、は、はなして……!」

「あれには続きがあるんだよ」

「え……」


いろんな意味で唾をごくりと飲み込んで、ふたりの行方を見守る。

この船の運命がサンジ、おめェにかかってんだ!




「そういう不安定な女の子も好きだけど…………おれの傍でにこにこしてるナミさんが一番可愛いし、好きだよ…………って」


「………………」


「だから、笑って?」というこっちが真っ赤になるような歯の浮く台詞を聞いちまっておれは卒倒しそうになった。



「………………船、」

「ん?」

「…………次の島でなんか買ってくれたら許してあげる。だから、さっさと錨引き上げなさいよ」


どうやら怒りが収まった様子のナミに、サンジはもう一度後ろからぎゅっと抱きついて

「あいあいさっ」の語尾にハートを3つほどつけてへらりと幸せそうに笑った。



「……………………はァ」


おれはサンジに手を引かれていくナミの背中を見ながら人知れずため息をつく。



なんだかなァ、

人騒がせな連中だなまったく……



つーかこれって嘘から出たなんとやらってやつか?


だってよほら、思い出してみろよ?


ナミがへそ曲げると船は動かねェわけで、唯一機嫌直せるのはサンジなわけで、そのサンジに的確な助言をしてやったのはおれ様だろぉ?


「怒り爆発のモンスターと化したナミ」と勇敢に戦ってだな、


「サンジという節操無しのクルー」に的確な指示を出してだな、


「痴話喧嘩という嵐」の中、舵を操って危険を回避したのは……




おれじゃねェか!!




誰だ嘘つきなんて言ったやつ!!





…………はァ、だけど、だけどよ、


心の中を吹き抜けていくこの冷たい風はなんなんだ。



だってあいつらだけ、めちゃくちゃ幸せそうじゃんか!

なんか癪じゃんか!くそぉ!




ふと手元を見ると、サンジがナミのために作ったみかんタルトが置きっぱなしだった。

おれはその甘酸っぱい誘惑に負けそうになりながら、持っていかなくていいのかと咄嗟に顔をあげる。



「お、おいサン………………」


「さ、行きましょうナミさん」


届いているはずのおれの呼び掛けを華麗にシカトして扉の外に踏み出したサンジの代わりに振り向いたのは


その後ろで大事そうに手を引かれて行くナミだった。


タルトの乗った皿を手にぽかんとするおれに目配せしたかと思うと、


ナミはほんの少し、ほんの少しだけ頬を赤らめ、


にこり、と、それはそれは幸せそうに微笑んだ。





バタンッ




「……………………」






…………なんつーか、




あれだ、うーんと…………








…………ま、いっか。







おれは、置き去りにされた几帳面な形のみかんタルトを手に取り、口いっぱいに頬張る。



一瞬にして広がった甘酸っぱさが、心の中にも染み入るようで、




おれの口元は計らずも、へにゃりと緩んじまったわけだけど、




それはこのみかんとクリームの甘ったるさのせいにしておこう。









嘘から出た、幸福の連鎖









「ナミさん、ウソップのとこにタルト置き忘れてきちまったから、代わりにおれの甘いキスをあげるよ」
「いらない。どうせキッチンに余りがあるんでしょ?」
「もーう、素直じゃないんだから」
「どっちがよ」







END

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