過去拍手御礼novels

□幸せは、まるで海
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「ナミがルフィの姉貴だったらなー」



そう言って爽やかな笑顔を振りまくその男に、よもや制汗剤のCMでも見ているのかと錯覚してしまった。



そしてそんな屈託のない笑顔にさえ、私の眉間はみるみるうちに皺になる。



「…………イ、ヤ!とても私の手には負えないわ、あんたの弟」


「おれもナミが姉ちゃんなんて嫌だぞ」


「…………………」


ゴンッという音と共に「いってェ!!」と叫んで机にへばりついた生意気幼馴染みは、CMの彼が愛して止まない弟。


「ハハ、マジで姉弟みてェ!いいよなー、こういうの!」


「よくない!」
「よくねェ!」


どういう意味だとルフィに2発目をお見舞いしようとしていると、CMの男の大きく逞しい手が伸びてきた。



「そんなこと言わずにうちの弟を頼むよ。な?」


「………………」


頭の上に感じるあやすような手の動きと、変わらず向けられる屈託のない笑顔に私の胸は締め付けられる。



「ナミはしっかり者だからな。安心してルフィを預けられる」


「……だから、私とルフィはただの幼馴染みだって…」



くらくらしそうなその笑顔から視線を逸らしている隙に、

クラスの女の子がCMの男におずおずと近づいた。



「あの……エース先輩、お弁当つくってきたんですけど、よかったら一緒に食べませんか?」


「え?おれ?」


それを皮切りに続々と女子が集まって、エースの周りは女の子でいっぱいになる。



「………………行こうルフィ」


「ん?どこにだ?」


「サンジくんのとこ。今日もお弁当つくってきてくれてるわ」


「おぉ!マジで!?行くー!」



キラキラと目を輝かせたルフィの手を引いて、なるべくエースを見ないように教室を出た。



私の幼馴染みとそのお兄さんは、学校では有名人で、超が何回ついても足りないほどの人気者。


今年度入学以来、ことあるごとにひとつ上の私の教室にやってくるようになったルフィに比例して、

学校ではあまり顔を合わせる機会がなかったその兄エースも、ひとつ下の私の教室にやってくるようになった。



「ナミのことは好きだけど、おれの兄弟はエースとサボだけなのになァ」


エースの隣の教室のサンジくんのところに行く途中、ルフィがポツリと呟いた。


「……わかってるわよ、私だってごめんだわ、あんたの姉なんて……」


だって、ルフィのお姉さん=エースの妹ってことじゃない。

私は、そんなふうに見られたいわけじゃない。



「あ、エース置いてきちまった!」


「いーの!あんたのお兄さんはご飯で困ることなんてないんだから!」



嫌味っぽく言って、スタスタとサンジくんのもとに向かう。


最近知り合いになったちょっと胡散臭い王子様みたいな先輩は、

私を「妹」ではなく「女の子」として扱ってくれる。


いい加減見込みのない恋に区切りをつけるため、私はエースと距離を置き、

料理が得意なサンジくんに誘われるがまま、お弁当をご馳走になっている。



「サンジくんいるー?」

「ナミすわん!こっちだよ〜!」

「サンジー!おれにも肉ー!」

「てめェは誘ってねェ!」


既に用意してくれていたサンジくんの隣に座ると、

すぐさまポットから熱々のお茶を注いでくれる。


「今日はナミさんの好きなみかんのゼリーも用意してるから、楽しみにしててね〜!」

「ホント?嬉しい!」


にこりと笑顔を向けると「幸せ〜!」と目をハートにするサンジくん。



そう、これよ。


私を見てくれる瞳は妹を見る慈しみの目じゃなくて、


女の子に向けられるものでなくちゃ。



「しっかしサンジの飯はうめェよな!」

「てめェのために作ってやってんじゃねェ!ナミさんの幼馴染みだっつーから仕方なしにだな…!」

「ごめんねサンジくん、こいつまでご馳走になって。でもホントに美味しいわ。プロ顔負けよ」


上品に盛り付けられた色とりどりのおかずの中からハート型の卵焼きをお皿に移すと

サンジくんはハートのニンジンやハートのマカロニが入ったサラダ、

ハートのハンバーグなどを次々と私のお皿に乗っけていく。




「おれを彼氏にしてくれたら、毎日君の好きなものをつくって差し上げるよ?」



だから、どう?おれと付き合わない?


そういう視線で私を見てくるサンジくんに、

彼の気持ちでいっぱいになったお皿を眺めながら眉を下げて笑う。


こんなにハートだらけだなんて……



「……おれの気持ちを食べてってことかしら?」


「そうさ。ほら、これなんかすげー甘いよ?」


そう言って卵焼きを箸でつまんだサンジくんは、私の目の前にそれを吊るした。



「……食べたらどうなるの?」



「やみつきになって、他のものは食えなくなる……」




誘うようにくるりと空中に円を描いたそれを目で追っていると


私の中の愛に対する食欲がそそられる。



「…………お腹、空いたわ」


「じゃあほら……早く食べて?」


「………………」



一瞬浮かんだエースの笑顔を消し去って、

ゆっくりと近づいてくる彼の気持ちを受け入れるように口を開きかけたとき、

突然視界が紺色の壁に覆われた。



「んっ!……ちょっと甘すぎるんじゃねェのか?おれは塩派だ」


「だァァァ!てめェエース!!なんてことしてくれやがる!!」


「エース……!」


口をもぐもぐさせながら「あ、いただきます」と今さら手を合わせたエースは

軽くなった箸を握りしめて怒りでふるふる震えているサンジくんにもお構いなしで

空いている机を勝手に私の正面にくっつけた。


「ナミさんへの愛の詰まった卵焼き返しやがれ!!」

「ん?そういやエース、なんで弁当もらってこなかったんだ?」

「一回受け取っちまったらまたつくってくるだろ?」

「いいじゃん!つくってきてもらえば!もったいねェ!」

「てめェら兄弟人の話聞きやがれ!!」


熱しかけていた熱を突然現れたエースに冷まされたのと、

その手が手ぶらだったことに唖然としていると

相変わらず春のうららかな風にも負けない笑顔が私に向いた。





「おれ、ナミがつくった飯なら食ってみてェ!」



「……な、…………」



にこにこにこにこと期待した顔で見られて、

他の女の子ではなく、私の手料理を食べたいという特別感に

どうしようもなく胸が踊ってしまう。



「ナミに頼むと金取られんだぞ!」


「は?ルフィおまえ、ナミに飯つくってもらったことあんのか?」


「ある!うめェけど、高ェ!」と、そのときのことを思い出して複雑な表情になったルフィに


エースは「そっか、うめェのかー」と優しく笑っている。




「まぁ…………つくってあげても、いいけど……」


「ホントか!!?」


嬉しそうにキラキラと目を輝かせたエースに照れくさくなってしまって

「高いわよ」と付け足してコップに口をつけた。


「おいコラ!ナミさんに料理なんてさせんじゃねェ!ナミさんは包丁なんて物騒なもん握る必要ねェんだよ!」


サンジくんがガタリと椅子を鳴らして立ち上がり、エースを睨む。

そして私の手をぎゅっと握って、その甲に、忠誠を誓う騎士みたいにチュッと口づけた。




「こんな綺麗な手に、傷でもついたらどうする……」


「…………サンジくん」



たかだか料理ひとつで切なそうに眉を下げるサンジくんはやっぱりどこまでも

特別な女の子として私を見てくれる。



「傷つくことを恐れちゃ前に進めねェって言うじゃねェか!」

「意味わかんねェ!とにかく、ナミさんに料理なんてさせねェからな!」


ビシッと人差し指を向けられたエースは、サンジくんを白い目で見て、

それから隣で元気にご飯を掻き込むルフィを見てため息をついた。



「こいつにももっかい食わせてやりてェのになー、ナミの飯……」


その言葉に少しだけ胸を痛めつつ、箸を握り直す。


「……だから、私はルフィのお世話係じゃないってば」


エースに食べられてしまったハートの卵焼きをもう一度箸でつまんでいると、

例のCMが再び私の目の前で流れた。




「おれはナミに、ルフィの姉貴になってもらいてェんだって!」




聞けば聞くほどその響きが残酷で

その瞳には妹みたいな存在の私しか映っていなくて、

私は胸の痛みをぶつけるようにエースを睨んだ。



「……イヤだって言ってんでしょう!?しつこいわよ!なんで私がこいつの姉なのよ!?なんで……っ!」



なんで……妹としてしか見てくれないの…………?



その言葉をぐっと喉に詰まらせて唇を噛む私を見て、エースはひどく困った顔をした。



「…………そんなにイヤか?」


「…………イヤよ。ルフィと、あんたが私の兄弟なんて…」



哀しそうな瞳に幾分冷静さを取り戻して諦めのため息をついてから、

今度こそ食べそびれないように卵焼きを口に近づける。

サンジくんはそんな私を隣でにこにこと眺めている。






「…………なに言ってんだ?おまえ、」





不信がるような声色に、ルフィも私も口を開けたままエースを見る。


眉を寄せて呆れ顔になったエースは、続けて思わぬことを口にした。




「おれはおまえを妹にしてェなんて言ってねェぞ?」



「………………はい?」



卵焼きを目の前にしながら今度は私が眉を寄せる。


なに言ってんの、この人。


さんざんルフィの姉貴になれルフィの姉貴になれって言っといて……


だって、それってつまり、エースの…






「おまえはおれの、嫁になれ」





「……………………よ、」





「嫁だとォォォ!!!?クソ許さんッ!!!」





固まってしまった私と燃え上がるサンジくんをおいてけぼりのまま、

エースは週末の予定でも決める勢いで楽しげに身を乗り出す。




「そんでさ、ルフィの姉になってくれよ!」


「…………は、」


「てめェいい加減にしろ!ナミさんは誰にも渡さんッ!!」



思考がストップした私には、隣で息巻くサンジくんの声も、


「なぁんだ!それならいいぞ!」とケラケラ笑っているルフィの声も、


教室中の黄色い悲鳴も


遠くに遠くに感じられて、


箸でつまんでいたサンジくんのハートがポロッとお皿に落ちたことさえ気づかなかった。







「楽しいだろうなー!ルフィや、サボや、親父と……」



頬杖をついて優しくルフィを見つめ、それから私に視線を戻したエースは


陽だまりみたいに温かく笑う。



「おれと、おまえで………」



女の子に見られたい、



「毎日騒がしく食卓を囲んで………」



恋人になりたい、



「泣いたり、笑ったりしてさ………」



なんて浅はかな、小さな幸せを求めていたさっきまでの自分が可笑しくなって、


私の目にはじわりと熱いものが滲む。







「きっと、めちゃくちゃ最高の人生だ!!」



「……っ」





そう思わねェか?と真っ直ぐ私を見つめてくる瞳の中には


ハートなんて見えなくて。


だけどその瞳が映しているのは、


大らかで、純粋で、迷いのない未来。





私にとってそれは、思い浮かべるだけでわくわくが止まらない


ちょっとだけ先の冒険。




とっても温かく、終わりなんて見えない永遠の、



ちっぽけな私の想像なんて到底及ばないような



広く、大きく、そして深い煌めきを…………



あなたの瞳は、見つめているのね。









「おれたち、家族になろう!」









幸せは、まるで海










「………つくってきてあげる。お弁当」
「ホントか!?楽しみだなァ!」
「クソ許さんッ!ナミさんは嫁にはやらん!!」
「サンジー!肉足りねェー!」
「だァァッ!てめェら兄弟の分はねェ!!」









END

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