過去拍手御礼novels

□大人失格
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傘下の海賊どもが、各々お気に召した娼婦と共に闇に消えていくのを見送って


凝った肩を回しつつ船路を急ぐ。



なんたってうちの隊が接待なんか……

暇なやつなら他にもたくさんいるだろうに。



街の明かりがその暖色に似つかわしくない寒々しい心地にさせる。


こんな、こんな夜は…………








「……っ!…ナミ!来てたのか……」


「…………」



船に戻ると今まさに逢いたいと願った女がそこにいて、

疲れていたはずのおれの身体は一瞬にして生気を取り戻す。



「おうマルコ!早かったな!」

「姉ちゃんたちと楽しんできたかァ!?」

「うるせェよい」



こちらが仕事中ナミと酒を飲んでいたエースとサッチを恨めしく思いつつ

はやる気持ちをおさえて1ヵ月ぶりの愛しい恋人に近づく。



「ナミ、おめェらの船もこの辺に停泊して…」


「来ないで!!」



出し抜けに怒鳴られてぴたりと足を止める。

よく見ると3人の周りには空の瓶がいくつも転がっていて、早い時間から相当飲んでいたことがわかる。



「……来ないでって……なんだい、おめェ、酔ってんのかい?」


おれだよい。そう言って近づくと再び強い声で「来ないでったら!!」と睨まれた。



「…………なんだよい、久しぶりの恋人に対して冷てェんじゃねェのか?」


エースやサッチとは、こんな夜中になるまで仲良く酒なんて飲んでいるくせに。


「…………」


もう一度おれを睨んだナミは、刺々しい雰囲気のまま無言で酒を煽る。

わけもわからず近づけないもどかしさに、

足踏みでもしてしまいそうな苛立ちをため息でこぼすと

エースとサッチがふたりして含みのある顔をしたのが目に入った。



「ナミ、ほら、来いよ」



そう言ったエースは身体をナミの方に向け、両手を広げる。

その行動を訝しく見ていると、ナミは躊躇いもせずその胸に身体を寄せ、

ふたりは抱き合った。



「な…ッ!!」

「ハハッ!かわいいやつ!」

「ナミ!次はおれんとこだ!」


同じように今度はサッチとも抱き合ったナミに、いくらなんでも我慢の限界だった。



「おいッ!おめェらどういうつもりだよいっ!」


「来ないでッ!!」



その声と共に葡萄酒の瓶が飛んできて、

咄嗟に掴むが口から漏れたアルコールがおれの顔や服を濡らす。



「……なんだってんだい……おれが、何かしたっていうのかい……」


おれから距離をとって肩を怒らせたナミは、

酔いどれの覚束ない表情を歪ませ、甲板中に響き渡るほどの大声で叫んだ。






「マルコのバカッ!!……だいっきらいッ!!!」




「は…………」




はァァッッ?!!




驚愕するおれを残してナミは船内へと駆けていった。





「………………」


「………………」


「…………くっ」


ギャハハハハッ!!!



「マルコ!マルコの顔っ!びっくりしすぎだろ!アハハッ!」

「公開破局かァ!?」


エースとサッチが腹を抱えて笑い転げる様を、鬼の形相で睨む。



「ふざけんじゃねェッ!おめェら後で覚えとけよいッ!!」



捨て台詞と共にサッチの顔へと瓶を投げつけ、

それでも止まらない笑い声を背中に受けながらナミの後を追った。







「おいっ!そっちはエースの部屋だろい!」

「うるさいっ!放してよッ!」

「いいからちょっと来い!」


ふらふらの足でエースの部屋へ踏み込もうとしていたナミを捕まえ、自分の部屋に引きずりこむ。

どうせあのふたりに何か吹き込まれたのだろう。



「放してってば!」

「どうしたんだよい!あのふたりに何言われた?」

「さわんないでっ!キライっ、キライっ!!」


おれの手から逃れて刺すように辛い言葉と共にぽろぽろと涙をこぼすナミ。



「…………なんなんだよい」


「……っ、やっ!」


「………………」



伸ばした手を払われて絶句すると、ナミはうまく回らない舌で紡ぎだす。



「その手で……ほかの、女のひとを、さわった手で、私にさわらないでっ……」


「……はァ?おめェ、何言って…」


「娼館に…行ってたんでしょ、お、女のひとを…抱きに……」



そこまで聞いて、おれは盛大なため息をついて頭を抱えた。


「ナミ、よく聞け、おれはさっきまで傘下の海賊どもの接待の席にいたんだ。おめェはエースたちに担がれてんだよい」


「……けどっ、」


「ほんとだよい」


「………………」



落ち着かせるように穏やかに笑って、再度ナミに手を伸ばす。

久しぶりに感じることのできる温もりに、不謹慎に分別なく胸を高鳴らせる自分が

どうしようもなく語るに落ちた存在だと、苦笑する。



「ナミ…………」


「……いやっ!!!」


「っ、…………な、」



なんで……


包み込もうとした両手を寸前で弾かれて、予想に反する事態に口だけをわななく。


「うそつきっ…!そんな、香水の匂いただよわせて、信じられるわけないじゃない!」


「……これは、その場に女がいただけで、それ以上のことはなんもねェよい」


現にこうして、遊びに繰り出すやつらを見送って船に戻ってきたというのに。

ナミは酒で感情の起伏が激しくなっているのか、息つく暇もなくぼうだの涙を流す。



「もういやっ、うそつき、キライ……キライよっ……」


「……………………」


うわ言のようにキライ、キライとこぼすのがあまりにも聞くに堪えなくて

おれはナミを半ば無理矢理ソファの背に沈ませ逃げ場を塞いだ。



「やッ!放してッ!やだ、いやだっ!」


「そんなに泣くほど……おれのことがキライかよい……」


「っ、きらい、マルコなんて、きらいっ…!」


「…………そうかい……」



浴びるほど酒を飲んで焦点をあちこちにやりながら

拒絶の泣き声を吐くナミの目の前で上着を脱ぎ、

上半身裸になって、今度こそ抱きしめる。



「っ、や、どいてっ…!」

「落ち着けよい。匂いがついてんのは服だけだろい。身体にはついてねェはずだ」

「………………」


匂いを確かめているのか、落ち着いたのか、ナミは暴れていた手足の力をわずかに緩めた。



「……涙、止まったみてェだな」


「…!ちが……」


「ほんとは……泣くほどおれのことが好きなんだろい?」


「……っ」


そう囁くと真っ赤になって

予想通りにこの手から逃れようとするナミの身体を、深く背もたれに沈める。



「意地悪で言ってんじゃねェんだ……」


「やっ、……」


「居もしねェ浮気相手に妬きもちやいて、取り乱して……」


「……やだっ」


「そんな顔で泣くおめェが、…あんまりかわいいから……」


「……っ」


「こんなになるまで男に飲まされやがって…心配すんだろい…」


「……や、……っ」



本人すら感情も思考も制御できないのだろう、羞恥からか、怒りからか

はたまた安心感からか、嗚咽を漏らしひたすら身体を震わせる彼女にさえ、

おれの頬はだらしなく緩んでしまう。



「それに、ほら……」

「……っ!」


ナミの腰を抱いて自分の腰に引き寄せると、反応しているそこに驚いてぴたりと動きを止める。


「……こんな……抱きしめただけで勃っちまう男が、たった今別の女とヤってきたと思えるかい?」


「……そ、そんなの、わかんな、」


「他の女で処理してねェと信用してくれるまで、おめェの中で、何度でも出してやるよい……」



“今なら、その泣き顔だけでもイける”



そう囁くとナミは耳まで真っ赤にしておれから目を逸らす。


「っ、こんなときに、なに言って…」


「こんなときだからだろい」


自分の叫びを何もかも晒けだすようなナミに感化され、

おれは感情のままに身体を密着させた。





「おれは、泣かれようが、キライだと言われようが……おめェに逢えて嬉しいって気持ちの方が勝っちまってる……」


「…………」


「逢えねェ間、ずっとおめェを求めてた気持ちが……制御できねェんだよい……」


「…………マルコっ、」



私もっ……



声に出せない響きでそう訴えるナミの真っ赤な瞳を覗きこむと


年甲斐にもなく込み上げて、止まらない、この気持ち。




「おかしいねい……」


「…………っ」


「おれは、いい歳した大人だってのに……」


「……………ん、」


「おめェが酔ってて、泣いてて、おれに愛想つかしそうなこんな状況でも……」


「………………」


「おめェを見ると、思慮も、わきまえも、良識も、善悪も、節度も理性も……」


「………………」


「なにも考えられなくなって…………我を、忘れちまうんだよい……」


「…………マル、コ……」


「大人、失格だねい……」




力加減もできずに抱きしめたのが苦しかったのか


ナミは震える息を吐いてひどい鼻声のまま


ふわふわと覚束ない様子で今度はさっきと真逆のことを、


うわ言のように何度も呟く。






「……っ、すき、……マルコ、マルコ、マルコっ……あいたかった……あいた、かったのっ、……すき……すき………すきよ………」





“あいしてる”






懸命な言葉がたまらなく嬉しくて


真っ赤に腫れ潤んだ瞳から、ぽろっと落ちた水に煽られて


言ったそばから大人げないとはわかっていても


もう我慢なんてきかなくて


ナミの指を乱暴に絡めとり、噛みつくようなキスをした。










行儀の悪い、愛だけど










この純真を受け取って。









「エース、サッチ、ナミに変なこと吹き込みやがって、おめェら覚悟できてんだろうなァ……」
「げっ…!違ェよ!お姉さまたちと一緒にいるって教えてやっただだ!結果オーライだろ!」
「そうだぞ!雨降って地固まるだ!」
「言い訳すんなよい。今から3秒でのしてやる」
「「いぎゃあああッ!!」」






END

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