過去拍手御礼novels

□第二の心臓
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「サンジくんの急所って、どこ?」


「え………?」



淡く優しい色のミルクティに感化されるでもなく、

藪から棒におっかない質問を飛ばしてきた彼女を振り向いた。



「だーかーらっ、サンジくんの、急所よ」



「急所…………」



何の気なしの質問も、彼女が言うと物凄く物騒な響きに聞こえるのは何故だろう。


なんだかまるで…………



「弱味を握ろうってわけじゃないわよ?」



本当に?


思わずそう聞き返そうとした口をきゅっと閉じる。

ナミさんはにこにこと絵に描いたような笑顔をおれに向けているのだが、

それがなんだか逆に怖い。



「……そ、そんなこと聞いて、どうするつもりです?」


「別に?サンジくんが浮気したときのことなんて、考えてないわよ?」


「………………」


弱味を握ろうってわけじゃないと言っていた気がするんだけど、


おかしいな、聞き間違いかな。



「さ、早く教えなさいよ。とびきり弱くてつついただけでも苦痛に顔が歪むポイントを」



今度からもう少し、


ミルクと砂糖を多めにいれてマイルドなミルクティをつくろう。


そうしようとひとり心の中で頷いて、彼女の機嫌が悪くなる前に真面目に考える。



「…………うーん、急所ねェ……」


「あるでしょ?泣き所のひとつやふたつ」


アキレスのアキレス腱みたくとびきり弱い急所なんてあっただろうか。

あったとしても、正直そんなところ教えたくはない。



「そんなもんあったかなァ……」

「あるでしょ?何がなんでもここだけは死守するってとこ」


何がなんでも触れられたくないところ…………




「…………あ、あった」


「ほらね!」


瞳をギラッとさせたナミさんは「さぁ早く教えなさい」というように身を乗り出した。

机に乗っかった胸が悪戯におれの視線を掴んで放さないが、

そんなことを言ったら急所云々の前に一発KOだ。


「い、いやいやそんな期待されても教えませんよ?」


「はー!?ちょっとあんた、話が違うわよ!」


「えーッ!?おれ教えるなんて一言も言ってねェよナミさん!!」


いやいやと両手を振るとナミさんは瞼を半分ほど下ろし不機嫌な顔になった。


「……大丈夫よ、浮気の度合いによって手加減するから」


「浮気すること前提なの!!?」


そもそもわざわざ弱味を握るってことは、

容赦しませんって意味なんじゃ……


「なによ、年がら年中してるじゃない、浮気」


「し、してねェ!してねェよナミさん!!」


「身体の浮気より、心の浮気の方が重罪なのよ、女にとってはね」


だから、おれが好きなのは君なのに!

君だけに腰砕けフォーリンラブなのに!


「や……妬きもちやいてるナミさんも、す…」

「でも、そんなに教えたくないってことは、相当弱いってことよね?あんたの急所」


おれの言葉を遮ってニタリと張り付いた笑みを浮かべたナミさんは、

頬杖をして「 ど こ ? 」とただ一言有無を言わせぬ力でもっておれを問い詰めた。



「…………ど、どこでしょう……?」


アハハ、と乾いた笑いをつくった冷や汗まじりのおれを、

ナミさんのじとりとした視線が突き刺す。



「…………いいわ、当ててあげるわよ」


「……そ、そう?じゃ、じゃあ正解したらおれのキスをプレゼ…」


「すっごく痛いところなんでしょ?隠したくなるくらいに」


「…………そうです」


おれの話なんて聞いちゃいないナミさんは、おれの頭のてっぺんから爪先までをまじまじと見つめる。

彼女からの熱い眼差しなんて普段ならば嬉しいことこの上ないが、

今彼女の瞳の中で燃えたぎっているのは「サンジくんへの制裁」という炎だ。




「その急所って、傷つけられるともう生きていけないって感じ?」


なんともいたたまれなくなってポケットから取り出した煙草に火をつけると、

シンクに寄りかかってそれを吸うおれにナミさんが問いかけてきた。



「え?……あー、そうだな、クソ痛ェしめちゃくちゃ大事なとこ。第二の心臓だとでも思ってくれていいよ?」



第二の心臓……と反芻したナミさんの視線が、煙草を口に運ぶおれの手で止まった。



「料理人の命……って、いつも言ってるわよね?」


さすがナミさん、いいとこついてる。


「確かに手は傷つけたくねェ……だが、おれの急所はもっと痛いとこさ。そこをかばうためなら腕だってくれてやるよ」


おれの言葉が意外だったのか、ナミさんは驚いた表情になった。


「サンジくんが腕を犠牲にしてまで守りたいところ…?」


「あぁ、腕だって足だって犠牲にできる。そこを侮辱されたり存外に扱われるのが一番腹立つね、おれは…」


「なるほど、外的攻撃だけじゃなくて、心的なストレスにも弱いのね……」


あれ?分析始まっちまってる?

おれをこらしめるための、あの手この手を考えちゃったりしてます?



「ま……まァ、要はけなされたくも、汚されたくもねェところってことさ」


「けなされたくも、汚されたくも……」


健気に反芻するナミさんもかわいいなァ〜なんて思っていると

その視線が徐々に上に上ってきて、おれの目線を通りすぎたところでぴたりと止まった。


「あ……あれ…?ナ、ナミさん?どこ見てるのかな…?」


「まさかぐるぐるの向きが同じだから片方隠してるの?……けなされたくなくて」


「ちっがーーうッ!!ちがうよナミさんッ!!ここじゃねェ!!お願いだから『サンジくん、かわいそう…』みてェな目で見んのやめてーッ!!」


確かにけなされたくはねェけど!!

急所が眉毛ってどうなの!?


「なぁんだ違うの、その渦巻きに何か隠されてるのかと思ったわー」


なにが!フランキーじゃあるまいし眉毛に仕込みなんてできません!!


「……ほ、ほら、もっとこう、男として大事にするべきものっつーか……守るべきものっつーかさ、」


「男として…………」


灰皿を引き寄せて煙草の火を揉み消すと、

何故か難しい顔になったナミさんの視線がおれの眉毛から下へ下へと下がっていき、

おれの腹を通り越して…………



「………………」


「………………」


「……!だァァァッ!!何考えてんのナミさん!!?」


男の大事な部分に達しようとしていた彼女の視線を塞ぐ。


「…だって!男としてってサンジくん……すっごく痛いんでしょ?けなされたくもないのよね?取られたら、生きていけな…」

「うぉぉぉッ!!だめだめだめーッ!!女の子がそんなこと考えちゃいけませんッ!!!」


確かにすっげェ痛ェけど!!

尊厳だって詰まってるけど!!

ここにまで目つけられるのもたまったもんじゃねェ!!



半ばパニック状態のおれの手を取り払い、視界を取り戻したナミさんは

ガバッと勢いよく立ち上がった。



「ん…もうっ!じゃあどこだっていうのよ!?」


「あ、なんならおれの身体中、隅から隅までナミさんの手で調べ…」


「サンジくん……?」


その鬼のような形相に、ハイ。と首を縦に振っちまったおれは

とうとう観念して、彼女を正面から抱きしめた。



「ここだよ」


「…………はい?」


おれの言葉を飲み込めずに固まったナミさんへ、もう一度同じ言葉を繰り返す。



「おれの急所、ここ」


「え……?だから、……どこよ?」



疑問符なナミさんもかわいいなァ〜なんて思いながら、

その身体をもっと強く抱く。



「わかんねェ?……今、ここにある、これが…おれの急所」


「…………わ、……わたし……?」



正解。


驚く彼女にそう言って、にこりと笑う。



「おれは、ナミさんが誰かにひでェこと言われて傷つくのとか、悲しむのとか……」


「………………」


「痛ェことされたり……泣かされたりすんのが……一番苦しい……一番、許せねェ……」


華奢な肩に顔を埋めると、ナミさんははっとしたように息を吸った。



「け、けどっ……私はサンジくんの身体の一部じゃないわ?だから、急所だなんて……」


「そうなんだよなァ…………」



一部になっちまえばいいのに。


もういっそ、溶け込んで、混ざりあって、おれからほんの少しも離れなければ……



「そうなんだ……ナミさんは、おれじゃねェ。おれは、ナミさんじゃねェ……なのに、ナミさんが痛ェと、おれも、痛ェ…………」


「………………」


「君を守らなきゃ、……おれも自分を、守れねェ………」




な?


“急所”だろう?



「そんなの…………」


「ん……?」


おれの背中に控えめに手を置いた彼女は、服をぎゅっと握りしめる。



「そんなの、ずるい……あんたの急所つかって、どうやってこらしめてあげようかって、考えてたのに……」


「…………うん」



強いのに、あっという間に崩れさってしまいそうな

脆く小さく、儚い彼女が、この腕の中にいる。




「そんなの逆に………」


「………………」



飲みかけの淡く優しいミルクティよりも甘い声で、

彼女は呟いた。







「守らせたく、なるじゃない…………」






頼るように、委ねるようにぎゅうっ…としがみついてきた彼女の力は


おれにとっては全然、全然弱いものだから


おれはその何倍もの力で、彼女の身体を抱きしめ返した。







守らなきゃ……


おれの、


生命線を。












第二の心臓










「……ってことで正解したナミさんにおれからキスのプレゼ…」
「男の急所、蹴りあげられたい…?」
「……調子乗りましたスミマセン」







END

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