過去拍手御礼novels

□見せかけ天使の手かせ足かせ
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キャラメルのような甘い囁きに


淡雪のような優しいキスに


ガラスのような綺麗な指先に



その先の深い色を求めてしまう。





「……サンジくんっ、もっと、きて……っ」


「……ナミさん、おれ、止まんなくなっちまう…」



優しい笑顔とは裏腹に、サンジくんは腰の動きを速めた。


「あ…っ!……おねがい、もっと、…もっと……」


「……っ、今日、積極的だね……かわいいっ、…ナミさん…」




両手でぎゅっと私を抱いたサンジくんは、


「好きだよ」「愛してる」


そんな甘い言葉を囁きながら、激しい愛をくれる。


身体に感じる熱は計り知れないのに

それでも私の心は満たされない。

穏やかな声や、仕草や、視線の先に

もっともっと、強い光を求めてしまう。

恋人との幸せのいとまにも、どこか違う、物足りなさを感じてしまう。





ルフィと、関係を持ってから……








ーー−−





「何やってんだー?」


よく通るその声に身体をぴくりと反応させた私は

まだ昇りきっていない太陽の淡い光が差し込む扉の方に意識だけを向けた。


「………見てわかんない?新聞読んでるの」


「そっかー、おれ腹へって、目覚めちまった!」

そう言って子供みたいに笑うルフィの足音が近づいてくる。



「……サンジは?」


「倉庫に食材取りに行ってるわ」


ふーんと鼻で相づちを打つ様子は、まるでいつもと変わらない。

そんな態度に私がホッと胸を撫でおろしたときだった。




「昨日の夜、おまえの声外まで聞こえてたぞ」



変わらぬトーンでやってきた突然の言葉に、一瞬にして青ざめる。


えっ…?


「う、嘘でしょ!?」

「うん、嘘」


悪気もなく目を瞬かせるルフィに、カッと頭を熱くする。


「もうっ!からかわないで!」


「……おれは声が聞こえたって言っただけだぞ。……何か聞かれちゃ困るのか?」


「………………別に」


少しだけ低くなった声にぞくりとして、新聞に視線を戻すと

ルフィは私のすぐ傍まで来て、机の上に飛び座った。



「……昨日サンジが浮かれてたんだよなァ…」

「…………へぇ」

「久しぶりに、おまえとふたりきりだって」

「……ルフィ、机に座っちゃだめよ。サンジくんに怒られるわよ?」


なんとか話を逸らしたくてそう言うと、

ルフィはぶらぶらしていた足をぴたりと止め、

新聞を握っていた私の手を奪った。




「おまえの方が、もっと悪いことしてるじゃん」


「……っ!」



その手の熱や覗きこんでくる瞳の色に、ドキリと胸が脈を打つ。

あの日私たちが関係を持ったことは、

当然、悪いこと。

ルフィにだって、その自覚があるのだ。




「昨日、サンジとシたのか……?」


「……っ、そんなこと、どうだっていいでしょ…!」


あまりに明け透けな問いにキッと睨むと

ルフィはじっと私を見つめたまま飄々と、


「……おれ、何をって言ってねェけど、何だと思ったんだ?」


と言ってのけた。


「…………もう、いい。あっち行って……」


近くにルフィがいる。それだけで私の心臓は穏やかではいられないのに

これ以上サンジくんのことに触れられるのはとても耐えられなくて突き放すように手を振り払う。

するとルフィは僅かに眉を寄せ、テーブルに肘をつき姿勢を低くしてますます私に近づいてきた。


「……おまえ、サンジの匂いすんな……」

「……っ、もうっ…あっち行っ…!」


拒絶の言葉はあっという間にルフィの唇に飲み込まれ

すぐに深くなる口付けに、あのときの痺れが蘇る。


「んっ……ル、フィ……」


「……おまえのこと、誰からもとったりしねェって言ったけど……」


「…………」



キスの後の訴えかけるような真っ直ぐな眼差しに、

私はまた、目が逸らせない。



「あいつにばっかり触らせるのは……やめろよ……」


「ルフィ……」



拗ねるような切ない声で呟くルフィが私の肩に顔を埋め、鎖骨に指を這わす。


「おれだって……おまえのこと触りてェ……」


「…………っ」



どうして、そんなこと……


人の物に、自分の名前を書くだけ書いて

遠目から眺めては気まぐれにやってきて、また名前を上書きしていく。

私に縄をつけて、それでいてその縄に手をかけない。

まるで、箱庭の中で鳥を放し飼いするように。



「あんまりあいつにばっかり構うんだったら……」


「………………」



ルフィは私の手首をぎゅっと握って、低い息を吐き出した。





「もう、縛りつけちまうぞ……」



「……っ」



ぞくりと身震いする。

その震えが、歓喜か、恐怖か、嫌悪か、わからない。

だけど……

だめだと思えば思うほど、ルフィの言葉に、手に、瞳に

引き寄せられる。

突き放そうとすればするほど、ルフィは縄の縛りをきつくしていく。


なんで、どうして、

箱庭に蓋をしようとするの?

いけないことだと、わかっているのに…………




「おれは別に、あいつにバレたって…」


「っ!ルフィ…!」


「嫌なら……っ!」


「………………」



私の頭をくしゃっと乱暴に撫でたルフィは

私の額に自分の額をくっつけて、困ったような顔で笑った。



「嫌なら……あいつにも、他の男にも、……媚びたりすんな……」


「………………」


「な?……ナミがそうしてくれればよ、おれは何も知らねェままだから……」



優しい声で、優しい手つきで心の隙間を撫でながら

そうやってルフィは、また私を……




「………わ…かった……から、」




放して。

そう言おうとしたら、ルフィは逆に勢いよく抱きついてきた。



「ホントか!?約束だぞっ!!」


「ルフィっ…わかったから、放して……」


弾むような声は純粋な子供そのもので、

本当に何も考えずに私を陥れているのではないのかと、小さくため息をつく。

「絶対だぞ!」と釘を刺されたところでさすがに放してもらおうと顔を上げると

タイミング悪く、キッチンの主が戻ってきた。





「…………あ?」


「……っ!」



心臓が止まったような心地がした。


ヤバい、ヤバい、どうしよう、なんて言い訳したら……


不思議な体勢で私を抱きしめるルフィに、食材の入ったカゴを持ったまま目を丸くしたサンジくんは、

一拍の間を置いて一気に怒気をみなぎらせた。



「てめルフィッッ!!ナミさんに何して」


「サンジぃぃ〜っ!!」


瞬間私を解放したルフィは険しい顔のサンジくんに勢いよく飛び付いた。


「あ……あぁ!?なんだよ、」


「聞いてくれよ!ナミが次の島で小遣い出してくれんだ!これで肉が買えるぞーっ!!」


「………………はァ?」


まるで子供のようにはしゃぐルフィに、

私もサンジくんも毒気を抜かれたように唖然として固まった。



「ところでよ、サンジ、飯まだかー?おれ腹へっちまって……」


「……てめェは飯のことばっかか。今つくるから、大人しく待ってろ」


「ハ〜イ」と返事をしたルフィにサンジくんはぶつぶつと呆れたように愚痴をこぼしながらキッチンに入る。

そんな様子に息をつき、おさまらない心臓を隠すように私は再び新聞を手にした。




「そういやあとどれくらいで島に着くんだい?」


さっきルフィが島の話を出したからか、調理器具を用意しながらサンジくんが徐に聞いてきた。


「そうね…明日くらいには着くんじゃないかしら?」


「うおぉっ!ホントか!」


目をキラキラとさせるルフィとは対称的に、サンジくんは落ち着いた態度で私を見つめる。


「じゃあおれと一緒に出かけねェ?久しぶりの島だし、ふたりでゆっくりしようよ」


サンジくんのこの言葉に、ルフィの表情が僅かに強ばった気がした。


「あー……う、ん、まぁ……そうね……」


「あれ……?なんか都合でも悪かった?」


「……う、ううん、そういうわけじゃない……けど……」



断る理由は、何もない……

何も……



「……おれ、ウソップたち起こしてくる」


ガタリと椅子を鳴らして立ち上がったルフィを気にするでもなく、

サンジくんは昨夜と変わらぬ穏やかな瞳で私をじっと見つめる。



「じゃあ、行こう?」


「………………」


扉を開けたルフィが、少しだけこちらを振り返った。



先程の言葉が耳に残り、重く私にのしかかる。



「…………ナミさん?」


「あ…………」



おれと一緒じゃ嫌?


そういう不安そうな顔をされれば、そんなことはないと言うしかないのに、

私に、どうしろと言うのだろう……

イエスと答えれば

私に繋がる縄を、ルフィの手が掴む理由になる。


僅かに開いた隙間から強い光がダイニングに舞い込んで、

目の前がくらくらした。




「…………だめ?」




サンジくんが、期待と不安を滲ませた瞳で私を見る。



“あいつばっかりに構うんだったら”





「………いいえ……いい、わよ……」






“もう……縛りつけちまぞ”






カチャリーー−−





優しく閉められた扉の音は、

放し飼いの私を逃がさぬための

箱庭に蓋をする音。




「へへ、あいつらに気兼ねなくふたりで過ごせるね」


「………………」




私の承諾に、にこりと嬉しそうに笑ったサンジくんとは対称的に



扉を閉める寸前、


ルフィは笑みとも、怒りともとれる微笑を浮かべていた。




光と闇を切り離すようなその刹那、



偶然か、必然か、




私の手足の枷には頑丈に


彼によって施錠がなされた。







もう、逃げられない。










見せかけ天使の手かせ足かせ











鍵はどこにも見当たらない。










END

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