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□瞳に監禁
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「だめだめ!おまえはここにいろって!」


ガチャガチャと慌ててベルトをしめ、いつものテンガロンハットを頭に乗せたエースは間髪入れずにそう言った。


「えーっ…どうして?いいじゃない、ちょっとくらい」

「だめだって!傘下っつってもそこそこの海賊だ。ナミはうちのクルーじゃねェんだから、目つけられたら危ねェだろ」

「………………ケチ」



せっかくの宴席、無料酒でもいただこうかと思っていたのをあっさりと却下され

ふてくされて布団にくるまる。


「おまえも早く服着ろよ、いつ誰が来るかわかんねェんだからな」

「はいはーい」


押し付けられた服を手にとると、エースはあくせくしながらドアノブに手をかけた。


「誰か来ても開けなくていいぞ。それと、部屋から出んなよ?迷子になったら困る」

「……ゾロじゃないんだから、迷子になんてならないわよ」


少しだけ眉をしかめたエースは、私が服を着終えたのを確認して

「なるべく早く戻ってくる」と部屋を出て行ってしまった。


「……なによ、つまんなぁい」


せっかくエースの船に遊びに来ているのだから、エースの仲間と喋ってみたい。

どんな人たちと、どんな生活をしているのか、私の知らないエースのことは何でも知りたいと思う……のに。


「私って、そんなに自慢できない彼女なのかしら?」


それとも本気じゃないから紹介できないの?

遊びに来たってエースの部屋で過ごすだけ。

ひたすらいちゃついたり抱き合うのもいいけど、

私はもっと、いろんなエースの顔が見てみたい……

甲板でエースと船員たちが楽しく宴をする光景が頭に浮かび、ため息をついたときだった。



「エース、いるかよい?」


ノックと共にやってきた声にぴくりと耳を反応させる。

何度か顔を合わせたことがある、気のいい隊長さんだ。

すぐさま扉を開けようとしたがエースに言われたことを思い出し、一瞬足を止めた。


「けど……まぁ、いいわよね?マルコだし……」


退屈だし……。



「……ナミか。部屋を間違えたかと思ったよい」


エースではなく私が出てきたことに驚いているマルコ。

無理もない、ここに来てから一歩も外に出ていないのだから

誰も私が船にいるとは思うまい。


「エースならもう甲板に行ったわよ?」

そうかい、と言って去っていくかと思われたマルコだったが、ドアの縁に寄りかかってじっと私を見下ろした。


「…………おめェは行かねェのかよい?」

「え?……行っていいの?」

「別に構わねェだろい」

「……けど、この船の船員じゃないからだめだって、エースが」

マルコは片方だけ眉を上げ、不信な顔で瞬きした。


「……おめェひとり紛れこんだところで、別に問題ねェと思うが……」

「そうなの?」

「あァ、なんかあってもおれらがいるから平気だよい。ひとりで退屈してんなら、おめェも来い」


にこりと笑ったマルコに目をキラキラさせた私は、主人についていく犬のようにマルコの後を追った。





「よぉマルコ!いい女連れてんなァ!」

「またてめェだけモテやがって!ずりーぞ!おれにも紹介しろォ!」

「紹介してやってもいいが、ちょっかい出すんじゃねェぞい」


酔っぱらいの茶々も誉められていると思うと気分は悪くない。

マルコの隣に座ると船首の方でたくさんの船員に囲まれていたエースが、こちらに気づき駆け寄ってきた。



「なにしてんだよおまえ…!」


「エース!一緒に飲みましょう?」


咎める声を遮るように瓶を差し出したが、エースの眉間の皺はさらに深くなった。


「……部屋から出んなって言っただろ」

「だって暇だったんだもの」

「マルコと一緒に来たのか?」

「えぇ、そうよ?」


エースに見下ろされたマルコは「何か不都合だったかい?」というように首を傾げた。



「……いいからおれの部屋にいろよ」


「いいじゃない、ちょっとくらい。傘下の人たちもイイ人そうだし平気よ」


エースは立ったままキョロキョロと辺りを見渡して、私の正面にしゃがんだ。


「だめだ。早く戻れ」

「……どうして?」

「どうしても。酒なら持ってっていいから部屋で大人しくしてるんだ」


あしらわれたことに苛ついた私はエースをキッと睨んだ。


「ひとりで飲んでも美味しくないわよ!エースのケチ!」

「おれもすぐ戻る。そしたらふたりで飲もう?な?」

「いつになるかわかんないじゃない!いいでしょ、ここにいたって!」


そっぽを向いて動くつもりのない私の態度に、エースが強めに腕を掴んできた。



「ナミ……わがまま言うな。歳上の言うことは聞いとけよ」


「マルコがいいって言ったんだからいいでしょ!マルコの方がエースより大人だもん!」


言った後で、しまった、言い過ぎたとは思ったがもう引っ込みはきかなくて

みるみる険しい表情になったエースは私の腕を放して立ち上がった。



「…………じゃあもういい、勝手にしろよ」

「……えぇ!勝手にさせてもらうわよ!」


エースはチラリとマルコに目をやって、先程とは違う方へ歩いて行った。




「……余計なことしちまったかい?」

「ううん……マルコは悪くないわよ。私もここで飲みたかったんだもの……」


エースと一緒に楽しく飲みたかっただけなのに、何でこうなっちゃうんだろう。

そんなに私を見せたくないの?

まさか、関係を知られたら困るような人がいる……とか……


そう思いながら顔を上げると、ナースたちの輪の中にふてぶてしく座ったエースが

きゃあきゃあと黄色い歓声を浴びながら両サイドのナースの肩を抱き寄せていた。




「……なんなの、あれ……」


「……大方当て付けのつもりなんだろい。まったくあいつは……」


「………………」


な…………


なによなによなによなによ…


なんなのよもーーーうッ!!



目を据わらせてぐびっと酒を喉に流し込むと、徐に横から長い腕が伸びてきて、肩を抱かれた。


「これでおあいこだろい」

「…………そうね」


負けず嫌いな私はマルコに肩を抱かれたまま、寄り添うように頭を預けて見せた。

するとエースはこちらを睨むように目を細くした後、ナースのひとりと耳元で何かを囁き合いだしたではないか。


「……お、おいおい、あのナース勘違いしちまうぞい。あとでイザコザなっても知らねェぞ」

「ちょっと!笑い事じゃないっての!あっちのイザコザより、こっちのイザコザでしょう!?」


呑気なマルコの服を掴んでゆさゆさ揺さぶる。

んもーーーうッ!!腹立つーーーッ!!!



「イザコザんなったらおれが責任取ってやるよい」

「え……?どうやってよ?」


マルコは私の耳元に口を寄せ、あり得ないくらい大人っぽい声で囁いた。



「エースのやつが嫌になったら、いつでもおれの女にしてやるよい」


「……っ!」


チュッと耳にキスをされ真っ赤になった私に、マルコは愉しそうな笑みを浮かべる。



「あんなガキにおめェみてェなイイ女はもったいねェ……」


「マルコ……」


「おめェの望むものも気持ちも、おれなら何でも理解してやれるよい」


考えといてくれと囁いたマルコの肩で、ぼんやりしながらエースを見やる。



やっぱりエースって、女にもモテモテなんだー…

へ、へぇ……

あんなにきゃあきゃあ言われて、あんなに仲良く……


「………………」


確かにエースのことは知りたかったけど、こういうことが知りたかったわけじゃないわよ、私は……




ーー−−



「ナミ、そろそろ戻るよい」


「んんー?……イヤ」



戻ったら、エースがいる。

今顔を合わせたくはない。

散々ナースとじゃれあっているところを見せられたのだ。

今顔を合わせてもろくなことにはならない。



「……おれの部屋になら戻るかい?」


「え?」


「エースと会いたくねェんだろい?」



ふわふわした身体を持て余しつつ、

とことん私の気持ちを汲んでくれるマルコの首に「イエス」の返事の代わりにだらしなくしがみつく。

いつの間にか甲板から消えていたエースが、

部屋にナースを連れ込んでいようものなら立ち直れない。



「寝かせて、もらうだけ……」


「……あァ、なんもしねェよい…………おめェから求めてくるまではな」


私から求めさせる自信があるのかマルコは不敵に微笑んだ。


もう、どうでもいいや……

どうでも……


私はマルコの身体にしがみつき部屋までの道程を歩きだした。







「…………ようエース、お疲れさん……おれになんか用かい?」


マルコの言葉にぎょっとして顔を上げると

扉の前ではエースが腕組みをして待ち構えていたものだから、

せっかくの酔いが一瞬にしてめてしまいそうになった。


「………………」


「…………きゃっ!?」


エースは黙って私の手首を掴み、強引にマルコから引き剥がす。


「ちょっと……何す…」

「なんなんだよおまえ!!」


いきなり怒鳴られて、思わずびくりと肩を揺らす。


「ずっとマルコにひっつきやがって……どういうつもりだよ!?」

「は、……はぁ!?ずっとナースたちとベタベタしてたのはあんたの方でしょ!?」

「こんな夜中にのこのこ男の部屋まで着いてきて……あり得ねェだろッ!!」

「あんたが勝手にしろって言ったんじゃない!!」

「まてまて、痴話喧嘩なら部屋でやれよい。近所迷惑だろい」

「っ、マルコてめェ!どういうつもりだ!!?」


掴みかかってきたエースにも動じず、マルコは冷静だった。


「文句なら明日いくらでも聞いてやるからよい。とりあえず今日のところは部屋に戻れ。ふたりでゆっくり話し合うんだな」


「………………」


マルコの大人な態度に苦々しい顔のまま舌打ちしたエースは、引きずるようにして私の腕を引いた。

背中からはマルコのため息が聞こえたような気がした。








「今後、おれ以外の男と口きくことは許さねェ」


部屋に私を押し入れて、開口一番エースは信じられないことを口にした。


「は、はぁ……?!」


「頭だろうが肩だろうが、男にはどこも触らせんじゃねェ」


「ちょ……」


「傍にも寄るなよ」


「ちょっとまっ」


「おまえは…………」


「………………」



エースは大きな手で私の顎を持ち上げ、その親指で唇に蓋をした。




「おれだけの女だ……」




あまりに真剣な瞳に息が止まる。

こんな状況でもトキめいている自分が悔しくて、エースの手を思い切り振り払った。



「な…に言ってんの!?こんなときばっかり彼氏面しないでっ!!私がエースの女だって言うなら、どうしてエースの仲間と会わせてくれないの!?本気じゃないから、人の目に晒せないんでしょ!?」

「マルコにほだされそうになるやつなんて、危なっかしくて他の男の前に出せるわけねェだろ!!」

「な……っ!それはエースが…!!」

「うるせェ黙れよッ!!」


きつく身体を抱かれ、肺が押し潰される。

抱きしめるという行為がこんなに乱暴に感じるのは

まるで縛り付けるみたいに捕らえて放さない。

そんなエースの気迫を感じてしまうから。



「やっ、……いた…い……」


「おまえ……マルコが好きなのかよ……」


「…………」


腕の力とはかけ離れた弱々しい声に、言葉を失う。



「おれが……こんな、子供だから……マルコみてェな大人に惚れちまったか……?」


「エース……ち、ちが」


「頼むから……嫌いになるなよ……おれは、おまえを誰にもとられたくねェだけなんだ……」


「………………」



背中から這ってきた手が、私の髪を頭ごとくしゃりと掴む。



「……おれ以外の男に、おまえの声も、視線も、笑顔も、かわいいとこ全部……一個もやりたくねェ……」


「………………」


「おまえに寄ってくる男から、おまえを遠ざけて……」


「………………」


「誰の目にも触れないように…………本当はここに、鍵でもかけて、閉じこめてェんだ……」


胸で息を吸ったエースは私の首筋に顔を埋め、身体の中に語りかけるように呟く。



「本気じゃねェから人の目に晒せない……?バカじゃねェの……」


「………………」


「自慢する余裕もねェくらい、本気なのに……」


「エース…………私、他の男のとこに行くつもりなんて…」


「それでも……っ!!」



バッと顔を上げたエースは、漆黒の色濃い瞳で私を射抜いた。





「おまえの視線を感じていい男は、おれだけだろ……?」


「………………」




狂おしい。


そう思うけど、何故だかそれがひどく優しくて……


潤む瞳に釘付けとなる、私の視線。


結局は、全てが彼の望み通り。







「おまえを見つめていい男も……おれだけなんだから…………」







彼の、とっておきになれるのなら



闇のように深い、真っ黒なその檻に閉じ込められても構わない。



その中に、変わらぬ愛がある限り……



海を見据える精悍な漆黒が、



いつまでも、私の居場所。









瞳に監禁















「マルコ!!!おれは昨日のこと怒ってんだからなッ!!!」
「へいへいおれが悪かったよい。それよりエース、ご飯粒ついてるぞい」
(くそっ……!大人め……!)







END

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