過去拍手御礼novels

□刀を添えるように傍にいて
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「色ボケ」



ボソリと言ったそれが聞こえたらしく、

ナミは一瞬遅れておれを見た。



「………………はぁ?」



聞き間違いか、それとも他のクルーに向けられた言葉なのか……

そんな疑念たらたらな顔をチラリと横目で見て、酒を煽る。


……バーカ。こっちには、おまえとおれしかいねェよ。



「えらくお熱い視線なこった」


「はぁ?……だれに、」


「ん」


顎で示した先には、空いたグラスや皿を忙しくまとめる

絵に描いたような働き者のコックの姿。



「……サンジくんに?私が…?」


狐につままれたような表情で瞳をぱちくりさせたナミを見て、眉を寄せる。

自覚がないということは、相当重症かもしれない。



「……気づいてねェのか。……おまえ、いつもあいつを目で追ってるぞ」


「え……?そうかしら?そんなにサンジくんのこと見てる?私……」


見てるも何も、視界に入るところにコックがいると

必ずと言っていいほど、ナミの瞳はそちらに向く。

隣にいるおれのことなんてまるで見ないくせして、

世話しなく動き回るあいつのことは、いつまでも瞳に入れている。



「…………色ボケ」



ため息混じりに再度嫌みを言うと、ナミは訝しく目を細めておれを睨んだ。


「なによそれ、それじゃあまるで私がサンジくんにうつつ抜かしてるみたいじゃない」


「みてェじゃなくてそうだろうが。……ったく、のぼせやがって……」



わかりやすいんだよ、

イライラするくれェに……


もう一度ため息を吐くと、ナミは唇を山の字にしておれに食ってかかった。


「ちょっと…!違うって言ってんでしょ!?」


「ムキになるのが証拠だろ。……別に、いいんじゃねェか?あいつもおまえにゾッコンだろ?……あんなエロコックのどこがいいのかさっぱり理解できねェし、おれにゃ関係のねェことだが」



好きにしたらいい。


……そんなことなんて、露ほどにも思っていないくせに

ついこの口が、憎まれ口を叩いてしまう。

どうにもならない苛立ちをおさえるために酒の瓶を傾けようとすると

突然横から胸ぐらを掴まれた。


「あんたね……!!」

「うおっ?!危ねェっ!」

「いつ私がサンジくんが好きって言ったのよ!誤解しないでくれる!?」

「あぁ?……じゃあなんでいつもコックのこと見てんだよ」

「それは…………」

「………………なんだよ、」


おれの服を掴んだままぴたりと動きを止めたナミは、困ったような顔になって

まめまめしく動くコックの方を見た。



「たぶん……綺麗だから」


「………………は?……なにが、」


「……ほら、サンジくんって男にしては細身で中性的っていうか、女形っていうか、綺麗じゃない?」


「………………」


両手いっぱいに皿を抱えてキッチンに入っていく後ろ姿に焦点を合わせてみるが、

確かにひょろいとは思っても、それが綺麗だなんて発想は

おれの頭のどこを探しても見当たらない。


「色だって白いしさ、指とか長くて器用で、髪の毛だってあんなに綺麗なブロンド珍しいでしょ?それに口は悪いけど仕草とか、物腰とか、やっぱりどことなく上品じゃない?」


「…………………」


メロリンだの、お手をどうぞだの言ってるあれがか?

……ただのアホだろ。


「なんていうか…そうね、芸術品って感じなのよ、女から見ても美しさを感じるっていうか、実を言うとちょっと羨ましかったりするわけよ。珍魚だらけのアクアリウムに綺麗な魚が一匹泳いでたら単純に目で追っちゃうでしょ?それと同じよ」


「……おれらは珍魚か」


「う〜ん……まぁ、サンジくんと比べたら、珍魚ね」


どういう評価の仕方をしているのか知らないが

いくら外見は取り繕っていても、あいつだって中身はずる賢くて血に飢えたサメかシャチのようなものだ。



「……ひとつだけ忠告しとくぞ」


キッチンから出てきたコックが船首側のおれたちの視線に気づき、微笑む。



「……んー?なぁに……?」


ナミに向かって大きく手を振ってハートを飛ばした後、その目は隣のおれを鋭く捉えた。



「……たとえおまえの方は純粋な目で見てたとしても、男の方の受け取り方はそうじゃねェ」


「……なにそれ、どういう意味よ?」


緩く開いた胸元を気にするでもなくカランと氷を鳴らすそいつに、

誰にでも無意識に思わせぶりなスキンシップをとる小悪魔に、

ヤキモキ、ヤキモキと胸が焦げる。



「……コックのやつは、おまえの視線を『誘ってる』もんだと思ってるぜ?」


「………………はぁ?」


普段は流れるようなその口だが、おれが意表をついているせいか、今日はよく間を空けている。



「こんな夜にじっと見つめてみろ、『ナミさんのあの潤んだ瞳、間違いねェ、おれに抱かれてェんだ』……だとよ」


「はぁぁぁっ!!!?」


むせかえるほどたじろいでいるナミに、とどめをさすように続ける。


「あァ、『酔うと無防備になんだよ。おれに襲ってほしくてわざと胸元見せてんじゃねェのかな』…とも言ってたなァ」


「な……っ!!?」


わざとらしくゆっくりと言葉を紡ぐおれを凝視して

ナミは口をぱくぱくさせながら胸元に手を当てた。



「『あんな熱い視線感じたらたまんねェ。抱きしめてェ…いや抱きてェ』」


「!!!」


一瞬にしてボッと顔を赤くしたナミに

胸の奥がひんやりと冷たくなる。



「……アホ、なに想像してんだよ」


「だ、だって…!!」


向こうでロビンにグラスを差し出しているコックに視線を向けようとしたナミ。

その腕を掴んで無理矢理意識をこちらに向かせた。



「……わかったら、むやみに思わせぶりな態度はとらねェことだな」

「そ、そんなつもりじゃ…!」

「おまえはそうでも…!!」


強く腕を引っ張って、無自覚で危なっかしい猫を睨み下ろす。



「おまえはそうでも、男は………違う。コックだけじゃねェ、男なんて欲と雑念の塊だ。おまえにそのつもりがなくても、気を持たせちまうんだよ…」


眉を寄せて不安そうな瞳でおれを見上げるナミに

またイライラがつのる。


こいつがどんなに気を付けたところで、どんな瞳もどんな仕草も、男にとっては誘惑でしかないだろう。

わかってる。こいつは、悪くない。

勘違いして、期待して、幻想を抱く……

バカなのは、おれたち男の方だ。



「あんたは……」


「…………あ?」


胸の前で自分の手をぎゅっと握ったナミの肩が強張って、

いつにも増して小さく見えた。



「あんたは……サンジくんみたいに思ったり、しないの……?」


「………………は?」


少し脅しすぎたかと戸惑
う最中、

しかしナミはおれから目を逸らし、想定外の質問をボソボソと呟いた。



「だ、だから、あんたは私に好かれてるとか、そういうふうに思ったりしないわけ?」



舌打ちしたい気持ちに襲われる。

そんなに浮かれた感情を抱かせてくれるほど……



「……おまえはおれを見もしねェじゃねェか」


「………………」


「……今だって、目で追うどころかまともにこっちも見ねェだろ」


こんなにおれが近くにいたって、その瞳は別の場所にある。

コックが勘違いするほどに、

ナミの目はあの糸みたいな金色の髪が揺れるのを追っている。



「確かに……目で追うのは、サンジくんかもしれないけど……」


「………………」



ナミは腕からおれの手を剥ぎ取り、

そのまま唇に持っていく。




「いつも私が陣取るのは、あんたの隣じゃない……」


「……っ!」



柔らかい唇が動く感触と熱く湿った息を指先に感じて、一気に身体が上気する。

たまらずその刺激から逃れるようにぎゅっと拳をつくった。



「……サンジくんのことはただ綺麗だから見てるだけ……あんたのことは、こうやって近くにいたいから……」


「んなっ!?おまっ、…やめろ!忠告したばっかだろ!!思わせぶりな態度は…!!」



手の甲に頬を擦り寄せられて動揺し、

上擦った声をあげるおれを見てナミは呆れた表情になった。


「……バカなあんたに私の目標教えてあげるわ」


「は、……あぁ…?」



動悸をおさめきれず間抜けな顔で口を開けているおれの腰に目をやったナミは

3本の刀の鞘を1本ずつ人差し指で小突いて瞳を細くした。



「あんたのここに、これがあるのと同じくらい……あんたの隣に私がいるのが、当たり前になることよ……」


「………………っ」


「……サンジくんを目で追えるのは、遠いところにいるからでしょ?あんたのことを目で追えるわけないじゃない……」


「………………」


「だって私はいつも、あんたの隣で、あんたと同じ方を向いてるんだから」


「…………っ!!!」



そこんとこ、失念してたでしょ?


だって私があんたの傍にいるのは“当たり前”になってるものね。



イタズラを成功させたような楽しげな瞳が心底憎たらしく、


心底美しい。





「ふふ……やっぱりあんたの顔は近くで見る方が面白いわねー」


「っ、ナミ!!おまえ……!!」



衝撃を隠すことができないおれの表情にくすくすと喉を鳴らしたナミは

思わせぶりな態度とは思えない無邪気さで大胆にもおれの首に腕を回し抱きついて


世界中の虫歯を呼ぶような甘ったるい声を、容赦なく耳の横に這わせた。







「私はね……遠くから見つめているよりも、ただ近くであんたを感じていたいのよ」



「!!!」










刀を添えるように傍にいて









「だから、あんたの隣は誰にも譲らないわ」
(な、なんだこいつ……可愛すぎるだろ…!)
「だァァァァッ!!何してやがるマリモォォッ!!」
「ちょっとうるさいわよサンジくん!!」
「そんなぁぁ……!」
(ざまァみろエロコック)





END

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