過去拍手御礼novels

□隠し味のないレシピ
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「んんっ、…もうっ!かえして!!」



取り上げられたばかりの瓶が、伸ばした私の腕に合わせてひょいっと退いた。



「ナミさん飲み過ぎ…今日はもうやめときなって」


「はぁぁ?なに言ってんのよサンジくん、ぜーんぜん、へーきよ!よってないし!」


「酔ってる人は必ずそう言うんです」


「よってないからよってないって言ってんでしょー!?」


ふくれる私に構わず甲板に散らかった皿をまとめてから、

サンジくんはいまだ私の傍らで酒を煽り続ける男を見た。


「……てめェクソ剣士、こんなになるまで飲ますんじゃねェよ」


「あ…?そいつが勝手に飲んだんだろ。自己責任だ」


「こうなる前に止めてさしあげろっつってんだよ、それが男のたしなみだろうが」


「止めて止まるタマかよ。めんどくせェ…ガキじゃねェんだ好きにさせときゃいいだろ」


「てめェまさか酔ったナミさんにつけ入ろうって気じゃ……ん?…あっ!こらナミさん…!!」


「や!これは私のよ!」


油断していたサンジくんから瓶をすって、グラスに注ぐ。

慌ててこちらを振り返ったサンジくんにも興味なさげに、

ゾロはまだまだ酒を煽っている。


「だめだってば!今日はもうおしまい!部屋に帰るよ?」

「やだって言ってんでしょ!サンジくんはもういいからあっち行って!」

「こんな状態のナミさんを置いていけるわけねェだろ!ほらつかまって、戻るよ?」

「いーやーっ!ほっといてよ!」

「……わかった、酒ならダイニングで飲もう?おれが付き合うからさ。ね?ここにいたら風邪ひいちまう」

「もうっ!うるさい!」


押し問答の末サンジくんの手を振り払った私は

無関心に空を眺めていたゾロの後ろに隠れた。


「……ナミさん」

「こっちこないでっ!しつこいのよサンジくん…」

「しつこいって……おれはナミさんが心配で…」

「や…っ!追い払ってゾロ!」

「……………………」


伸びてきた手から逃れるようにゾロの背中にしがみついた私を見て

サンジくんは言葉を詰まらせた。





「…………だ、そうだが……?」



どちらにも傾かないマイペースなゾロの発言に、サンジくんはみるみる表情を険しくする。

半ば意地になって顔までゾロの背中に埋め「あっち行って!」と再度拒絶すると

しばらく沈黙した後、サンジくんはひどく冷静で抑揚のない声を私に向けた。





「仰せのままに……プリンセス……」






正直、鬱陶しかった。私のやることなすこと全てに口を挟む彼が。

誰と、どこで、なにを……そんなことまで制限してくる自由のなさが……

同時にわがままをしてもサンジくんなら笑って許してくれると思っていた。

だから、予想外に革靴の足音が去っていくのを耳に入れ、

酔いも意固地も不思議と一瞬にしてさめてしまったー−−






結局二日酔いでキッチンに現れた翌日の私にもサンジくんは優しくしてくれたけど、

その笑顔は“彼女”ではなく“女の子”に向けるもので

扱いや対応はいつも通り丁寧で紳士なままなのに

ふたりきりになってもキスはおろか甘い空気さえ出そうとせず、

にこにこと笑いかけるだけで必要以上に寄ってこなくなったし

いつもは目を尖らせて引き剥がしにかかるゾロと私の前を

素通りしていくという信じられない態度に出た。



要するに、サンジくんは恐ろしいほどに徹底していた。







「見張りには誰を立てたんだい?」



サンジくんと私の心が触れあわなくなって7日、

とうとうロビンが見張りの夜を一人寝で過ごして朝を迎えた私に、

いつものように皿を洗いながら何食わぬ顔で訊ねてきた彼を見もせずに

必要最低限の言葉を紡ぐ。



「……ウソップ」


「ウソップか。じゃああいつには昼飯つくってやっとくか……」


既にほとんどのクルーが新しい島に降り立った後のふたりきりのキッチンで、

私はこの気まずさとイライラに耐えきれず新聞を机に放った。


「……じゃ、私もそろそろ行くわ」


「あァ、気をつけてねナミさん。この島治安よくねェみてェだし…なんかあったらマリモを盾にするんだよ?」


「……………………」



キュッと蛇口を閉じて、手を拭きながらそう言ったサンジくんを凝視する。

ゾロと出かけることを知っておきながら、当て付けのようににこにこと私を送り出そうと言うのだ。



「…………どうかした?」


「………………別に」


エプロンを脱いで首を傾げたサンジくんに目を細め、背を向けた。


白々しいにもほどがある。

いつもなら、ゾロと出かけるなんて断固として許可しないくせに……

気兼ねなくふたりで過ごせる島を、毎回楽しみにしていたくせに……


私が、あんなことを言ったから……


もしかして、私のことなんてもう彼女とも思っていないのだろうか。

私の態度を真に受けて、愛想つかしてしまったのだろうか。





「あ、ナミさん」



心がぎゅうっと締め付けられるのを感じながらドアノブに手をかけたとき、

突然名前を呼ばれて振り返った。



「…………なに?」



なに?サンジくん……


もしかして、やっぱりゾロとは行くなって、


仲直りしようって、


言おうとしてくれてるの?


お願い何か、


……なんでもいいから何か言ってよ。


元に戻る、きっかけの何かを……



訴えかける私を見て長いままの煙草を指でくるくると弄びながら、

サンジくんはにこりと笑った。





「晩飯は何がいい?」





ナミさんの好きなものをつくるよ。


なんて、呑気で空虚でわざとらしい取り繕いにカッと頭を熱くする。


バカみたい、期待して

バカじゃない?からかって


夕飯のメニュー?どうだっていい、そんなこと。


どうせ味なんて、わかりっこないんだから。




「…………いらないっ!ゾロと外で食べてくるからっ!!!」




ぎゅっと手のひらを握って刺々しく虚勢を張った私に

サンジくんは煙草を弄んでいた指の動きをぴたりと止めた。




「………………なんで、怒ってるの……?」



さっきの張り付いたような笑顔を無表情に変えたサンジくんは、冷静な眼差しで私を見据える。



「なんでって……別に、怒ってなんか…」


「なんで、“ナミさんが”…怒ってるの……?」



怒ってるのはおれの方だとでもいうような言い草にカチンとくる。


確かに私も悪い。

だけど、サンジくんもサンジくんだ。

やり方が陰険すぎる。



「……なによそれ、あんた、私には怒る資格がないって言いたいの!?」

「そんなことは言ってねェよ」

「じゃあ何なのよ!?言いたいことがあるならハッキリ言いなさいよ!!空々しい!!」


呆れるほど冷静さを保ったまま、サンジくんは火もない煙草を口にくわえた。




「近づくなって言ったのは、ナミさんだよ。……おれは、君の望み通りに動いてるだけでしょう……?」


「…………」


「それなのに、どうしてナミさんは、怒ってるんだい……?」


「……っ、」



頭の中を駆け抜けた鈍く重い衝撃にくらりとして、

言い訳も強がりも否定もできずに固まった私を

サンジくんは顔色ひとつ変えずに見つめた。



「…………じゃあ質問を変えようか……ナミさんは、おれにどうしてほしい……?」


「……………………」



静かで理知的な優しい声色が私を包み込み、突き放す。



「言ってごらんよ。おれは、君の望みならなんだって叶えるよ……?」


「……………………」



ここで素直に今の思いを吐き出してしまえば、

きっとサンジくんは私を受け入れてくれる。


だけど気持ちだけが空回って

どうしたいのか、どうしてほしいのかなんて

冷静な判断力も思考力も失った私には

ズレた歯車を上手く修正できる言葉が見つからない。




「……おれにはわかるけどな……君が本当に望んでること……」


「……………………」


「……ナミさん自身がわからねェ気持ちも、言葉で表現できねェ望みも……おれにはわかるよ?手に取るようにね……」


「……………………」


「そしてそれを叶えてあげられる……」



結局吸われなかったまっさらな煙草は、綺麗な指先によってシンクに落とされた。


感情も思考も完全に容量を越えて動けないでいる私に


きちんと目を合わせて向き直ったサンジくんは


私がこの世界で一番優しいと思う笑顔を浮かべ、


大きなその両手を、そっと広げた。






「おいで……?」


「っ、」



目を見開いて息を止めた私をじっと穏やかに見つめ、


「ほら、早くおいでよ……」


そう言って首を斜めにする仕草に嫌味なんて感じられなくて

愛がいっぱい詰まっているはずのその胸に、

今すぐこの身体ごと、心までをも埋もれたいと手を伸ばす。


たどたどしくしか動かないこの身体に叱咤して

やっとのことでその胸に震える手のひらを添えた瞬間、

有無を言わせない力強さで大きな腕が私の身体を包み込んだ。



「煙草が、さ……」


「……っ」


サンジくんの匂いと甘い声を近くに感じてどうしようもなく胸が鳴る。



「……ここ1週間、やたらと減りが早くて……さっきのが最後の一本だったんだ……」

「…………」

「買いに行きてェけど、おれ金持ってねェし……」

「…………」

「経済力のあるプリンセスにちょっとばかし工面してほしいんだが……荷物持ち兼ボディーガードで手を打ってくれねェかな……」

「…………」

「……どっかのクソ剣士には、おれから言っておく……」

「…………サンジくん…」

「……あー、違ェ……本当は、そうじゃなくて……」


サンジくんは今にも泣き出しそうな私の目を覗きこんで眉を下げた。



「君がいれば、煙草なんて必要ねェんだ……」


「……っ」


「君が望んでることと、おれが望んでることは、同じだよ……?」



ぎゅうっと両腕でしっかりと私を包み込むそんな温かさに、

胸に張り付いていたモヤモヤしたものが、瞳の奥から溢れてくる。



「……サンジく…っ」


「……参ったな……泣くなよ……」


「……ふっ、……っ、」


「……ナミさんおれはね、君のことを怒ってもねェし嫌いになることなんて万にひとつもあり得ねェ……」


「サン…ジく、」


「ただ……ただね……」


「………………」


大きく息を吐き出して私に頬づりをした彼は

ピアノの鍵盤を弾くみたいに流れるような低い声を溢した。




「ただ……おれが甘いばっかりだと……おれたちだめになると思って……」


「……っ、」



項垂れるように私の肩に顔をつける苦しげなサンジくんに

今になってチクチクと胸が傷む。



「甘さが勝負の料理にはさ、隠し味でひとつまみの塩を入れるんだ……そうすると、逆に甘さが引き立つからさ……だけど、」


「……っ、ぅ……」



胸の苦しさを嗚咽に替えると今の私の心から、灰汁を抜き取るように

背中を撫でる魔法の手。



「ちょっと……いや、かなり……塩をきかせすぎちまったな……」


「………」


「もう、君の口に合わねェもんはつくらねェ……隠し味なんて使わなくても、美味いもんにしてみせるから……」


「…………」


「だから……ごめんねナミさん……許してくれるかい…?」



彼のこんな優しさや思慮深い大人な顔に、私は何度も救われてきた。

いつだって私のことを一番に想ってくれる彼は、私にとって最も心を許せる人。


甘くても、辛くても、


私に降り注ぐ結晶は、一粒残らず「愛情」だったのに。




「……っ、ごめん、なさい…」


「え……」


「サンジくん、ごめんなさいっ!!」


「………………」


サンジくんの胸元に顔を埋め、しゃくりあげながら必死で言葉を紡ぐ。



「サンジくんはっ、優しいから……何でも、許してくれるんだって…思い上がって……っ」


「…………」


「本当はっ、私が一番、傍にいてほしいって思うのは……サンジくん、だったのに……」


「ナミさん……」



わがままで自分勝手な私のこの手が、

何度振り解いても、何度振り払っても、

必ずまた向かってくる大きな手を、包み込んでくれる温かさを



もう二度と、放しはしない。







「お願い…っ!!どこにも行かないで!!ずっとずっと………私の傍に、いて……!!」






大きく喉を震わせて


互いの髪や服がくしゃくしゃになるのも構わず強く私を抱き込んだサンジくんは、


ひどく熱くて、甘い声を私に向けた。







「仰せのままに……プリンセス……」









とびきりの愛を、おつくりいたします。









君のために、丹精込めて。








「おめェらやっと仲直りしたのかよ」
「……なによその、何もかも知ってますみたいな顔は…ウソップ」
「知ってるもなにも!サンジのやつここ1週間めちゃくちゃ機嫌悪かったんだぜ!?部屋の家具に当たり散らすわゾロと顔合わせれば睨み合いが始まるわ、おちおち寝られやしねェってんだ!ったく!」
「……そ、そうだったんだ……ところで、ゾロは?」
「……そういやまだ戻ってねェな……」
「…………」
「…………」
((迷子か))
「ナミすわァ〜ん!!ロビンちゅわ〜ん!!ご飯できたよ〜!!」




END

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