過去拍手御礼novels

□決壊
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酒に飲まれた人間の言動は常時突飛なものだ。


アルコール摂取により分泌されたドーパミンが私たちの気分を高揚させ、気を大きくさせる。


その結果、普段理性や良識といったもので守られている化けの皮が剥がれ、

酔いがさめたときに激しく後悔するような“あれ”や“これ”を平気でやらかしちゃったりするのである。


例えば宴を抜けて日誌などのやるべき仕事を一段落させ、

水を飲もうと席を立った瞬間ダイニングの扉を開けた彼が

「あ、もう片付ける時間?」と訊ねた私に、なんの前触れもなく雪崩のように抱きついてきたことも、

ともすればそんな“あれ”や“これ”の部類に入る行動のように思われる。




「…………殴られたいの?蹴られたいの?どっち?」


「……ん〜、おれは縛られたい派です」


「首なら絞めてあげるわよ?」


「あはっ、ナミさんは女王様プレイがお好みですかぁ?まいったな〜、おれベッドの上では攻めたい派なんだけど……」


「聞いてないッ!!そして退きなさいッ!!」


腕で思い切り押しやると私の背中に腕を回したままふらりとのけぞるものだから

あやうくふたりして倒れ込んでしまいそうになったのを、サンジくんの背中側に壁があったからなんとか留まった。


「あははっ、あぶねェよぉ、ナミさん」

「危ないのはあんたよッ!なんて足取りしてんの!!」


さっき雪崩のように抱きついてきたときにも感じたが、サンジくんからははっきりとアルコール臭がして

いつもの煙草の匂いが揉み消されるほど相当な量を飲んだことがわかる。


「ねっ、ねっ、ナミさんもう日誌おわったのー?」

「……はいはい終わったわよ。あんたね、飲み過ぎ。ちょっとそこで横になんなさい」


そう言えばダイニングに入るとき、甲板ではゾロとサンジくんが飲み比べをするとかで盛り上がっていたっけ。

意地になって飲み過ぎたのだろう。勝てるわけがないのだ、サンジくんはそこまでお酒に強い方ではない。


「よこになる!?一緒に!?ナ、ナミさん大胆ッ!!」

「いっぺんくたばれ!この酔っぱらいッ!!」


右ストレートを食らわすとサンジくんが綺麗な髪を揺らしてぐはッ…と備え付けのソファに沈んだ。


「調子乗んじゃないわよまったく…」

「ぅぅー……」


仲間に対してのふざけたセクハラ発言も酒が入ると露骨になるらしい。

パンパンッと手をはたいて自分のためではなくサンジくんのために水を用意する。

サンジくんは起き上がる気力もないのかもぞもぞと身動ぎしながら靴と靴下を乱雑に脱ぎ捨て

スーツの上着を脱いでシャツのポタンを緩め、しまいには腕まくりをしてくつろぎだした。

その合間にも「ん〜」とか「あぅ〜」とか呻いているのは私のパンチがきいたからという理由だけではないだろう。



「この私に介抱してもらえるなんてありがたいと思いなさい?」

「へへ、幸せ〜!かわいい天使がこんなに優しくしてくれるなんて、まさに天にものぼる心地だよ〜!」

「貸しひとつね」

「そりゃもうひとつでもふたつでもみっつでもっ!おれの愛でもってお返ししますともさ〜!」

「……あんたって酔っててもシラフのときとたいして言ってること変わんないのね、面白い」

「ナミさんに〜ほめられちゃった〜!」

「うん、誉めてない。普段の発言のレベルが脳細胞やられてる時と同じよって言ってんの」

「それは普段から君の瞳に酔ってるからさっ!」

「そうね、普段から悪酔い状態よね、サンジくんって」


身体はふらふらになっても衰えることのない目を回すような饒舌っぷりはもはや芸だ。

私から受け取った水を一気に飲み干したサンジくんは長い手足をだらりとソファからはみ出させて、ニマニマと顔の筋肉を緩めている。


「ね〜え、ナミさん、もっとこっちにきて?」

「イヤよ。身の危険を感じるもの」

「じゃあひざ枕して?」

「要望エスカレートしてんじゃないッ!!」


空のコップを奪い取って机に置く。


私の見解では、サンジくんの女好きはただ単に女という生き物に目がないのもさることながら、

実は最も大きな要因は彼が生粋の「甘えん坊」であるところに起因しているものだと思う。

大袈裟なアクションも誉め殺しも愛の告白も

幼い子供が母親の気をひくのと同じでつまりは構ってほしい寂しがりやさんなのだ。

狩人?ううん、どちらかというと孤独に溺れて死んでしまうウサギの方だ。

構ってくれる女子ならどなたでも可。

そんな男になんだかんだで構ってあげてる私。

あーあ、女々しくってため息出ちゃう。

どっちがって?どっちもよ。



「……じゃあ、大人しくしてるのよ?」


「えっ!?どこ行くの!?」


母親離れできない子供か!と不安げな瞳に心の中で突っ込んでドアノブに手をかける。


「……毛布持ってくるだけよ。私じゃあんたを部屋まで運べないもの」

「え……いいよ、毛布なんて。そんなのいらねェからここにいてよ……」

「………………」

「ね……?」


犬がくうんと寂しげに鳴くときってあるいは今のサンジくんの台詞と同じニュアンスのことを伝えようとしているのかもしれない。

眉を下げたサンジくんがくうんと鳴く犬にも見えてきた。


「…………しょうがないわね。他に何か欲しいものある?」


飲み物とか、フルーツとか、薬とか……

まんまと引き返してくる私にサンジくんはへらりとした笑顔を向けた。



「ある」


「なに?」


ダイニングのテーブルに寄りかかって腰に手を当てると、

今までにこにこ、ふらふら、ゆらゆら、ふわふわとしていた彼が

ゆっくりと真剣な顔をつくり、私を見つめた。




「抱いてみてェ……」


「だ、だい…………?」


………………。


あ、もしかして、

ぬいぐるみ?

ぬいぐるみを抱いて眠りたいってこと?

だったら代行でチョッパーでも呼んで…



「ナミさんを……抱いてみてェよ、おれ……」


「……はっ、」


「こっちきて……」


濡れていくその瞳と甘くなっていくその声に身体中の血液が顔に集まる。


これだから、困る。


酔っぱらいの突飛な言動は。




「ななな、なに言ってんの!?だ、だ、だくって…!抱きしめるならチョッパ、」

「野郎に性的な魅力なんて感じねェよ、わかってんだろ…?」

「っ!!」


いつもの軽い冗談や軽いノリなら同じようなテンションで返すことができる。

しかしそれに倣って今のサンジくんと同じようなテンションで返すとしたら、

軽くなんて返せない。だって……



「おれは身体を重ねてェんだよ、君と……」



サンジくんの瞳があまりにも真剣だから。


「っ、急に何言って…酔ってるからってふざけるのもたいがいに…」

「急じゃねェし、酔ってるけど、ふざけてねェ」

「…………な、なに…」


動揺を隠せず口をぱくぱくさせる私をじっと見つめた後、

サンジくんは仰向けになって自分の両の手のひらをぼんやりと眺めた。


「ずっと、考えちまうんだ……ナミさんの髪に触れたら、どんなにつやつやしてんだろう……」


「………………」


「唇はどんなにふっくらしてて、どんなふうに舌を絡ませてくるんだ……」


「なっ!!」


「耳の後ろからはどんないい匂いがして、肌を舐めるとどんなに甘ェんだろう……」


「…!!へ、変態っ!!!」


「服の下はどんなに白くて柔らけェのか、きっとどこもきれいであたたけェんだ……」


「…〜〜っ!!!」


わなわなと拳を震わせながら顔を真っ赤にして叫んだ私を、サンジくんは事もあろうか華麗に無視した。

さすがは酔っぱらい、普段からして100倍は肝が据わっているらしい。

ついでにストッパーも失ったのか、よくもまぁ、ここまで口を滑らせることができるものだ。



「どこが一番敏感で、触るとどんなかわいい反応してくれるんだ、それとも色っぽく乱れるのか………それから……」


「もっ、もう、やめ……」


もやもやと頭に浮かぶあんなシーンやこんなシーンに悶え苦しみ湯気を出す私と

同じような妄想をきっとその手のひらに見ているサンジくんは

じっと眺めていたその手のひらで顔を覆って絞り出すように切ない声を吐き出した。




「どんなに愛しい声で……おれの名前を呼ぶんだよ……」



「っ、」



くぐもったその声があまりにも必死だったから、私はぷしゅーっと沸騰した自分の熱い頬を思わず両手で包み込んだ。



「んっ……やべェ……」

「な、なに……」

「…………たってきた」

「!!!」


もぞりと寝返りをうってうつ伏せになったサンジくんは悩ましげに「はぁっ」とか息を吐きながら、

乱れた髪の間から視線だけを私に向ける。



「ね、確かめさせて……」


「な、そ、そんなの、できるわけ……」


これはもう逃げた方がいいのだろうかと、

あっちにこっちに目を泳がす。

彼の憂いと欲望を映した瞳が私を捉えていると意識するだけで、たまらなく恥ずかしい。


「できるだろ?すきな男となら」

「そ、それはそうだけ…………え?」

「ナミさんさ、すきなんでしょ?おれのこと」



は、



「はぁぁぁっ!?なっ、す、す、すき、すきなわけ、」

「やだなぁ、バレバレだよ」

「!!!」


図星をつかれたのとそれを以前から知られていたのと私の態度がバレバレだったという、

一気に3つの衝撃を受けて私はふらりと激しい目眩を覚えた。


「知らないわけねェじゃん、おれはいつも君を見てるんだから」

「う、うそ、ち、ちが…なんで、」

「目は口ほどに物を言うんだよ、ナミさんね、」



いつも瞳が言ってるんだ。“サンジくん、すき”って。



「っ!!!」


なんでシラフの私があれやこれを酔っぱらいに暴露されているのだろう。

酔いがさめたときの後悔に道連れするつもりなのか、たちの悪い酔っぱらいだ。



「……恥ずかしいなら、口に出して言わなくてもいいからさ、」

「………………」


言いたくても何も言えずに顔を手で覆った私にサンジくんは若干ろれつの回らない口調で紡いだ。


「おれのことがすきなら、抱きしめて……?」


「…………」


「こっちにきて、おれを、抱きしめて……?」


指の間からサンジくんを覗き見ると片手を私に伸ばして上目使いで見上げている。

ソファに横たわる大きな男の身体と、しなやかな腕を甘えるように差し出す仕草のギャップに

目眩を通り越して意識が朦朧とし始めた。


「……あっ、あ、甘えてんじゃないわよ……!」


「……ん、そっか、ナミさんは甘えられたい派じゃなくて、甘えたい派ですか……?」


当たり前よ!私はね!あんたの母親じゃないのよ!

それにねぇ!その逞しい胸とかシャツから覗く綺麗な鎖骨とか筋ばった腕とか甘い声とか優しい瞳とか見てたら、誰だって……


私だって……




「そうよ……」

「…………」

「誰にでも甘える男じゃなくて、私だけを甘やかしてくれる男がいいのよ、私は……」

「…………」

「自分から抱きしめに行くなんてしないわ。追いかけるなんてまっぴらごめんよ」

「…………」


私から目を逸らさない彼に向けて、そっと両腕を広げる。



「そっくりそのまま返してあげる。私のことが好きならあんたがこっちに来て、私を抱きしめなさいよ」


「……っ!」


「あんたはいつまでも、私を追いかけてればいいって言ってんの!!」



だから、


おいで……


サンジくん……




「ナミさん……」

「……っ」



ふらりと立ち上がったサンジくんが裸足のまま俯き加減で歩み寄る。


私を見据えたその瞳は少し赤みを帯びて、慈しむように潤んでいた。



「どうすればいいですか……おれ……っ」


「……サンジくん…………」



べた、べた、いつもと違う足音を響かせながら、一歩ずつ近づいてくるその表情は切なげで。


迫ってくる影と共に、彼の中の熱までも、やってきた。





「すきだ……すきすぎて…だめなんだっ、………全然、全然、…………止まらねェんだよ……!」





アルコールの仕業によるものか、彼の中でせきを切ったように突如として地滑りを起こしたその想い。


一度流れ出したら止まらない、甘さを孕んだ言葉と共に


私を生き埋めにするほどの熱い身体と大きな愛が、


積もり積もって決壊した雪崩の如く、どっとこの胸に押し寄せた。










溢れる愛が、君に殺到。










「ん、やっぱ柔らけェ…」
「サンジく、く、くるし…」
「もっと知りてェ…匂いも味も、感触も…」
「っ!ちょっ…!」
「悪ィ…もう止まんねェ。お叱りなら、酔いがさめてからいくらでもお受けします」
「や、きゃあああっ!」






END

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