過去拍手御礼novels

□ブラックチョコレート
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「………………は?」



時が止まるとはまさにこのことだろう。


船に残っていたフランキーに甲板の見張りを任せて男部屋に戻ったら

どういうわけか他人の女がおれのベッドに横たわっていた。



「んー……?……あー、ゾロか。…………気にしないで?」


「いや気になるだろ!」


「…………そう?」


ちょっとまて、違和感ありありだ、どう考えても。


その女は部屋の入り口に突っ立ったまま呆気にとられるおれを認めると、

何事もなかったかのように寝返りを打った。



「いや……オイ、」


「……なに?」


「……なにっておまえ…」


「んー?」


「……そこ、おれのベッドだぞ…」


ナミはくるりと顔だけをこちらに向け、自分が今まさに陣取っているベッドに眠気眼を這わせる。


「…………あ、ここゾロのベッドだったのね」


「………………」


今気づきましたみたいな顔をしているのは、実際今気づいたからなのだろう。

こうなったいきさつをつかむまでに時間がかかりそうだと踏んだおれは

とりあえず、電気でもつけたほうがいいのだろうかという思考を巡らせてみる。


「……ま、いっか。ちょっと借りるわね、あんたのベッド」


「いやなんでそうなんだよ!?」


ま、いっか…じゃねェ!


「…………んもう、なによ?」


整った眉を不機嫌に寄せたその顔を、入り口から一歩も動かずに見据える。

7つある男部屋のベッドの中で、こいつが使っていいのはたった1つのはずだ。



「おまえ……寝るんなら、ルフィのベッド使えよ……」


ナミは布団を鼻の頭までずり上げた。



「……ここがルフィのベッドだと思ったのよ」

「……は?なんで……」

「……なんとなくよ……まぁ確かに言われてみるとあんたの匂いね」


うっすら目を細めて枕に顔を擦り付ける女っぽい仕草にドキリとする。


うわ、や、やべェ……


とにかくこいつをおれの布団から出さねェと……


「……ルフィのベッドはそっちだ」


もぞりとシーツが擦れる音がする。

長い髪がおれの枕に散らばってここから見てもなんとも扇情的で目の毒だ。

さっさとそっちに移れと素っ気なく言って、早々部屋を去ろうと踵を返す。

そもそもおれはここに何しに来たんだ。



「…………ルフィは?」


「あ……?」


「ルフィはもう出かけたの?」


おれの言葉を無視したくぐもった声に振り返る。

さっきよりも深く布団をかぶっているところを見ると、動くつもりはないと見える。


「……とっくに出てったぞ。冒険すんだと」

「そう……」

「…………おまえ、そこで寝んなよ?」

「………………」

「…………おい」


ふーっと大きく息をついたナミは、片手だけをにょろっと布団から出した。


「はこんで」

「……は?」

「そんなにここで寝てほしくないなら、自分で運びなさいよ」


どんな筋の通し方だ。

おれに対する遠慮の無さは筋金入りらしい。

ウソップ曰く、 驚くほどふてぶてしくて横着な命令をマシンガンのように連射してくる様は、

もはや見ていて気持ちのいいものらしい。

今では他のクルーにも見せないそんな思いきった言動が

こいつからおれだけに向けられる甘えだとか思えてしまうおれは

どうかしている。


「………ったく、めんどくせェ……」


そう溢しながらも部屋の奥に足を進めていく中、やはり先に電気をつけるべきだったと後悔する。

なんかあれだ、

自分のベッドに好きな女が寝ているというだけで

…………エロい。


「嫌ならいいわよ、私ここで寝るから」

「だめだ。おれがルフィに睨まれる」

「…………」


それに、ナミが使ったベッドでなんてぐっすり眠れない。


布団から飛び出た腕を掴むと、

おれの腕に警戒心もなく手を絡ませてくる。

細くて白くて柔らかい、女の手だ……


「ほら、つかまれ」

「ん……」


布団を剥いで背中に腕を回すと自然と上半身抱き合う格好になるわけで、

どうしてこう、女ってのは誘うようないい匂いがするんだとか、折れそうなくらい背中が華奢なんだとか、

首に腕を回してくる仕草はなんて愛らしいんだとか、目の前にある首筋は噛みつきたくなるほど色っぽいんだとか……


あァもうこのまま、

いっそ壊れるくらいに抱き締めてしまおうか。



「……おわっ!!?」

「………………」


抱き上げようとした瞬間、それまでちゃんとおれの首を支えにしていたナミの腕が急に離れ、

力の抜けた身体は重力に従っておれの上半身ごとベッドに飲み込まれてしまった。


「……お、おまえっ、急に放すんじゃねェ!」

「…………ごめん」


まるで押し倒しているような体勢に内心バクバクしながらナミの顔を覗きこむと、

宙を仰いだ虚ろな瞳から、嘘みたいに呆気なく

ぽろっと滴がこぼれた。



「はっ…………泣いてんのか……?」


「……泣いてないわよ、バカね」


「…………さみしいのか」


「…………」


「さみしいんだろ……ルフィがいなくて……」


「っ、」



もう一度ナミの頬に涙が伝った瞬間、

その唇が強がりを吐く前に、

たまらず自分の唇で塞いだ。



「………………」


「………………」


「…………なんで……?」


「………………」


「なんで……キスなんてするのよ……」



細い声を出しておれの首にすがりついてきたナミの身体を、ぎゅっと抱く。



「おまえがおれに……弱味なんて見せるからだろ……」



芯の強い女だからこそ、ちょっとした猫なで声が、頼られたいという男の願望に簡単に火をつける。

周りの人間を容赦なく突き放すくせに、一人では生きていけない脆い存在感が男心をくすぐって、

油断しきった仕草も無意識の甘えも、つけ入る隙を容易く広げて

他の誰でもないおれが、どうしようもなく守ってやりたいと、

腕の中でぐずりだした小さな身体に熱いものが込み上げる。



「ゾロ…………」


「…………あァ」


「……なぐさめてくれても……いいんだからね……」


「……バカ、おまえ…………」


額をつけると強気な言葉とは裏腹に助けを求める潤んだ瞳がこの世の何よりも愛しくて。



「……あんまりおれに甘えんな…」


「………………」


「……柄じゃねェだろ、こんなの……」



かわいい、愛しい、放したくねェ、

好きだ、好きだ好きだ好きだ……


こぼれ落ちそうなそんな言葉たちを飲み込むように、唇を合わせる。

舌を差し込みゆっくりと中でかき回して、溶けるような、甘いキスを。


「ふ、んぅ……ゾロ………」


「………………」


「ゾロ…………」


「……うるせェ、んな声出すな……」


回されたナミの手はぎゅっとおれの身体を捕まえて、

ベッドの柵を越えると境界線まで越えてしまったかのように、

聞き慣れたスプリングの音と一緒に軋むのは、理性の欠片。



「ゾロって……キス、うまいのね……」


「…………黙ってろ」


「あったかくて……きもちいい……」


「……っ、あんまり言うと犯すぞ……」



髪や頬をゆるゆると撫でながらキスの合間に呟くと、

ナミはゆっくりと瞼を上げ、おれの胸を食らいつくしてしまうように切なく笑った。



「厳しいのは……口だけのくせに……」


「………………」


ナミの言う通り、おれはこいつにめっぽう甘い。

我欲を満たすために傷つけるくらいなら、奥歯を噛み締めて欲求を押し殺す。

今すぐここで、泣き叫んで拒否するか、抵抗でも見せてくれれば

抱き締めるこの腕を、覆いかぶさるこの身体を、熱を持った唇を、

全て解いて、あるべき場所へ……



「だから……乱暴なんてしないんでしょ……?」


「………………」


拳を握る。触れそうな位置にある切迫した唇を噛み締めてナミの瞳を見つめる。


「私が拒否すれは、すんなり離れていくんだわ……」


「だったら……さっさと拒否しねェか……」


馬乗りになったまま見つめ合った瞳はおれの心の中を探るように沈黙する。

頼むから、早く、おれに触れているその手をどけて

息づかいが聞こえないようにそっぽを向いて

強いおまえに戻ってくれ。

でないとすぐにても、この手が薄い布を払いとって細い腹から胸をまさぐって、素肌の隅から隅まで味わいながら固くなったものをぶち込んで中で激しく動いて……欲が果てるまで。


気づいたら、おまえを泣かせている。



「……ルフィの……代わりでいいの……」


「………………」


「好きにしていいから………ひとりにしないで………」


「っ、おまえっ、もう知らねェぞ…!」


切ない瞳から逃げるように目をつぶり、体重をかけるようにベッドを鳴らして髪の隙間から覗く形の良い耳に噛みつく。


「……平気よ……あんたは私を……傷つけるような抱き方なんてしないわ……」


「……わかんねェだろそんなのっ!おまえの弱味につけこんで……好き勝手するかもしれねェ!痛ェことやひでェことも、平気でするような男かもしれねェぞ…!慰めるフリして近づいて、狼みてェに噛みつくかも…!!」


「だって…………」


「…………だって、……なんだよ、」



頭に血を上らせながら服の裾から手を入れ細い腹の上にギリリと指を立て、苦しく息を吐く。


なけなしの理性がぽろぽろと崩壊しだした瀬戸際、


ナミは穏やかな声色で呟き、主人を無くした冷たい肌をおれの熱で温めるように


頬づりをして、喉を鳴らした。






「あんたは私に甘いもの」






そこに


息ができなくなるほどの


ほろ苦さがあるとも知らないで。









ブラックチョコレート










君が甘さを求める度、この心は切なく溶ける。


胸焼けするほど糖度の高い塊だけが


その熱で、歪んで溶けて消えたとき、


鉄の味のギンガムには、いったい何が残るのだろう。













END

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