過去拍手御礼novels3

□かまって大作戦
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「おーっ!ナミじゃねェか!こんなところでなにしてんだー?」


ふらっと甲板に現れたエースが、まさにふらふらな足取りで歩いてきた。

サニー号より年季の入った船の縁から揺れる波間に視線を戻し、あからさまにため息をつく。

呼ばないときにやってくるのは、猫だけでじゅうぶんだ。


「……別に。お風呂上がりに涼んでるだけよ」

「へェ、物思いにでもふけってたのか?そーいうことならおれが慰めてやるぜ?ん?」

「違うわよ。ていうかあんた、…酒くさっ」

「細けェことは気にすんな。おまえも飲むか?」

「……空じゃないのよ」

「ん?あー、ホントだ」


エースは私の背を囲うように船縁に手をついて、空の瓶を戸惑いもなく海に放った。

キラリ、一度水の揺らめきに反射して光ったそれが、しぼむように沈んでいった。


「呆れた……紳士で常識人のエース隊長とは思えないわね」

「知らねェのか?男は酔うと、紳士でなんていられねェのさ」


気をつけた方がいいぜ?そう耳元で囁くと、大きな手のひらがスカートからのぞく太ももをするりと撫でた。

放っておくといつまでも往復していそうな手つきだったので、ブーツの足を踵で思いきり踏んづけた。


「いっでッ…!なんだ機嫌悪ィな…マルコと喧嘩でもしたのか?」

「してないし!関係あるのはそこじゃないってのよ!このセクハラ魔神!」

「あっ、そうかー!マルコがかまってくれなくて拗ねてんだな!?」

「……………………」


ははー、図星かー!?とケラケラ笑うエースに、青筋を立てる。

残念ながら、いつものヒールのないスリッパではさほど効き目もなかったようだ。

相手にしていられないと、陽気に揺れるその腕をすり抜けようとすると、罠にかかったネズミさながら身体をロックされてしまった。


「暇なら来いよ、おれの部屋…」

「冗談、酔っぱらいに何されるかわかんないもの」

「……ん、ナミ、すげェいい匂い…」


半ば聞く耳持たないエースは濡れ髪に鼻を埋めて呟くと、

言った傍から腹に回していた手を上らせて、ゆるゆると胸を撫でてきた。


「キャッ…!ちょっと…!!」

「うわ、その反応やべェな……マジで勃ってきちまったじゃねェか」

ふわりとアルコールの匂いのする吐息を耳に吹きかけて、エースの手がキャミソールの襟から素肌へ侵入しようとする。

しかし、酒に飲まれた男の隙をつくのはお手のものだった。


「おさわり2回で20万ベリーよ。つけといてあげるわ」


鳩尾に渾身の肘鉄を食らって苦悶するエースを置き去りに船内へ戻ろうとすると、

腹を押さえている反対の手が、ガシリと私の腕を捕まえた。


「それじゃあ、最後までなら……いくらだ?」


ニヤリと笑って私を見上げたその瞳に、危険な男の色気を感じた。


「際限なんてないわ。“小切手”よ」


振り向いて舌を出すと、エースは「そりゃおっかねェ!」とケタケタ笑った。

ベッドなら空いてるからいつでも来いよー!という人目も憚らない陽気な声を背に、船内への扉を開けた。


ーー−


腹が立つことに、エースの言葉はおおよそ正解だった。

無茶苦茶な理由をつけて、無理矢理に進路変更をして、「愛ね、うふふ」なんてロビンに笑われてまで会いに来たというのにこの男、

再会のバグもそこそこに、「今日中に仕上げなきゃならねェ仕事があるんだよい」なんて言ったきり、夜も更けようとしているこの時間までかわいい恋人をほったらかして、せっせと机に向かっている。

知的な眼鏡の横顔にニヤけることにも、白髭のクルーにチヤホヤされることにも、サッチに八つ当たりをすることにも、正直飽きた。

コーヒーメーカーの中のコーヒーだって底をついたし、食事もお風呂も済ませてしまった。


「…………ねぇマルコ」

「んー?なんだい?」

「あとどれくらい?」

「もう少しだよい」


朝から何度この台詞を聞いただろうか。自分の船では我慢なんてする必要のない私。

ルフィと共に、「私を待たせることができる男」という極めて希有な称号でも授けようか。ある意味やはり幻獣だ。


「もう少しもう少しって、全然少しじゃないじゃない!朝から何時間待たせてると思ってるのよ!?」

「無理して待ってなくてもいいんだぞい。眠いなら、先に寝てろい」

「………………ち、」


違う違う!!

私は寝るためにマルコを待ってるわけじゃないのよ!いや、寝るためだけど、変な意味じゃなくて、つまりは一緒じゃないと全くもって意味がないわけで、ただ寝たいだけじゃ……

…………あぁぁもうっ!!


軽い目眩を覚えつつ、ごろごろしていたベッドから這いずり出た。

ソファで書類とにらめっこするマルコの膝の上を陣取ると、じとりとした声が耳の後ろにやってきた。


「………………オイ、」

「別に、気にしないで仕事続けてていいわよ?」

「…………………」


鼻から浅く息を吐くマルコの首に、正面から抱きついた。

呼ばないときにやってくる…………

…………猫は私だ。



「……そういえば、」

「……………あァ」

「サッチがね、暇ならデートにでも付き合えって。好きなもの買ってくれるらしいわ?」

「……………へェ」

「私がかわいいから、何でもわがまま聞いてくれるんですって」

「そりゃ若ェ女口説くときの決まり文句だよい。サッチの」

「…………………」


カリカリカリカリ…

淀みなくペンを走らせながら、マルコは気のない受け答えをする。

何気にきちんと話を聞いていることと、私の揺さぶりに一切動じないところが憎たらしい。

こうなったら、次の作戦に移るしかない。

名付けて「お色気大作戦」。


「…………オイ、ナミ…」

「んー?なに?」


上着の中に手を入れて引き締まった腹筋と腰にゆっくり指を這わせると、マルコの肩がぴくりと揺れた。

効果アリ。そう気をよくして、首や鎖骨にかわいらしいリップ音を乗せていく。

机に向かって前屈みになっているマルコの唇を奪うと、一瞬だけ、熱い吐息が絡み合った。

何気なく腰を擦りよせると、下腹部には硬いものが感じられた。

首筋に舌をあてながら、その欲に手をかけようとした、そのとき、


「…………よせ。集中できねェだろい」

「………………」

「邪魔するなら、ベッドにいろよい」


私の手を掴んでそう咎めると、マルコは何事もなかったかのように書類に向き直った。

細身に見えて実は逞しい肩に顎を乗せ、しょぽんと項垂れる。

なんて堅物で仕事熱心、生真面目でつまらないのだろう、私の男って。

……嘘。世界中、どこを探したってこんなに強くて誠実な男はいない。

その至情な男気に、私は心底熱を上げている…………のだけれど。


「素っ気ない作戦」
「押してだめなら引いてみろ作戦」
「ちょっかい作戦」
「褒め殺し作戦」
「甘えんぼ作戦」
「嘘泣き作戦」
「お色気作戦」


どれかひとつくらい、かかってくれてもいいんじゃないの?

こんなにかわいく要求してるんだから、そろそろかまってくれてもいいんじゃないの?ねぇ?


「…………そういえばさっき、」


カリカリカリカリ…


「……………あァ」


カリカリカリカリ…


「セクハラされたわ」


カリッ…と頼りない音を最後に、ぴたり、ペンの動きが止まった。

ゆっくりと姿勢を正したマルコが、眼鏡の奥の瞳を怪訝に歪めて私を覗きこんだ。


「……………セクハラ?」

「……マルコ、いいの?手が止まってるわよ?」

「どいつだよい」


カラリ、机に放られたペンから意識を引き戻すように、マルコは私の頭を掴んで自分に向かせた。


「…………え?何が?」

「……だから、セクハラだよい、どいつにされた?」

「あー……それね、エースだけど?」


それがどうかした?というように、いかにも惚けて小首を傾げると、マルコは珍しくあからさまに舌打ちをした。


「…………いつ」

「いつ?さっき、お風呂あがりに甲板で涼んでたときよ」

「どうしてすぐおれに言わねェんだよい」

「だってマルコ忙しそうだったし?いかにも話しかけるなって雰囲気だったじゃない?」


これ見よがしにニコニコ笑ってみせると、マルコは苛立ちを露にしておおっぴらにため息をついた。


「おめェ、そういうことはすぐに言えよい。だいたい風呂上がりにそんな格好で甲板なんてうろうろすんじゃねェ。この時間には酒の入ってる奴だっているんだぞい」

「そういえばエースもだいぶ酔ってたわねー。そうだ、私も暇だし寝酒でもしようかしら?ビールは食堂?」

「オイ…!人の話聞いてねェのかよい!今日はもう部屋から出るんじゃねェ!」

「えーっ!?だってマルコ忙しそうだし、私邪魔でしょ?」


立ち上がろうとした私の腰を、マルコの両手がガシリと掴む。

もう、その目は書類になんて向いてはいない。


「……どこ触られたんだよい」

「…………え?何が?」

「だから…!エースにどこ触られたか聞いてんだよい!」

「あー、それね。このへん……とか?」


マルコの手を握ると、私は自分の太ももを撫でるように触らせた。

その顔色がみるみる変わって、眉間に皺が寄っていく。


「………………他は」

「他?そうね、こことか?」

「…………っ、」


大きな手のひらをキャミソールの胸の上に当てると、マルコは険しい表情で私を見上げた。

触らせるな、気を許すな、おれのもんだろい、おめェは。

そう言いたげな瞳には、気づかないふりをした。


「マルコに相手してもらえないなら、いつでも慰めてくれるそうよ?」

「……………………」

「男は酔うと紳士でいられなくなるってホント?」

「……………………」

「ベッドなら空いてるから、部屋に来いって……まぁこのままひとりで寝るよりは、いいかもねー」

「……………………」

「20万ベリーもつけたのに、あいつ、最後までならどれくらいか聞いてきたのよ?」

「……………………」

「いくら酔ってるからって、勇者よね。私をマルコから奪おうだなんて…」


急に視界が反転して、目の前には危なく笑ったマルコの顔と天井が。

風が起こった拍子に、机の上の資料がパラパラと床に舞った。



「…………あいつは明日、海にでも沈めてやるよい」

「……いいの?資料、落ちたけど」

「かまうな。ほら、おめェはこっち見てろよい」

「今日中に終わらせなきゃいけない仕事じゃ…………あっ!」


脚を大きく開かれて、間に硬いものが押し付けられた。

キャミソールをたくしあげると、獣みたいな視線が私の身体を見下ろした。


「仕事……?んなこと、やってられっかよい。今日中にやることは、おめェをおれでいっぱいにすることだろい」


生真面目な男の言葉とは思えない台詞を吐き出して、マルコはかけていた眼鏡を無造作に机に放った。

ソファを軋ませて熱い口づけをしながら、エースに触られた場所を丁寧に撫でていくマルコに、


私はニコリ、ベビードールの微笑みを向けた。




「どうしたの?さっきまで、あんなに釣れない男だったのに」



「あァ、おめェには負けたよい」





かまって大作戦、成功。






「エース……おめェ、覚悟はできてんだろうな?」
「は?なんで?おれなんかしたか?」
「はは!エースおまえ!鬼のマルコ隊長から恨みでも買ったのかァ?」
「おめェもだよい、サッチ」
「えぇぇぇっ!?」


横取り大作戦、失敗。




END

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