過去拍手御礼novels3

□デキレース
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「はい、あんたの負けー」


「もっかいだッ!!」


もう終わり。ピシャリと言って、白一色のオセロ盤の横に置かれたキャンディをつまみ上げた。


「えぇぇ!?ナミのけちーッ!!」

「うっさい!あんたの“もう1回”を私は5回も聞いてあげたの!!もう終わりよ!!」

「おれは勝つまでやる!!」

「何回やっても同じよ!あんたは私には勝てませーん!」


見せびらかすように鼻先へキャンディをぶら下げると、ルフィは顔のパーツを中央に集めてむすっとした。

備蓄調整のためにサンジくんのおやつが食べられないからと言って、私が持っていた飴玉1個に集るとは、なんて食い意地のはったやつ。

タダでくれてやるのも癪だからボードゲームの賭けの対象にしたらこの男、あきらめも悪かった。

オセロから始まり、チェス、将棋、囲碁、ジェンガときて、再びオセロに舞い戻ったところだ。

チェスや将棋にいたってはルールすらぼんやりなのに自信だけはとびきりにあるものだから、たいしたものだ。

たぶん、ルフィにとっては「飴を食べられない」ことと、「勝負に負けた」という二重の苦痛でジレンマに陥って、引くに引けない状況になっているのだろう。

振り上げた手の行き場をなくして何も消化できずに地団駄を踏んでいる。

暇つぶしになってあげただけでもありがたく思ってほしい。たった飴玉1個のために。


「よし!もっかいやろう!」

「あんた人の話聞いてた!?」

「ゾロが、ナミは勝負の時インチキするから気ィつけろって言ってたぞ!」

「違うわよ!私は正々堂々と、“最初から勝てるってわかってる勝負”にしか乗らないの!」

「正々堂々かッ!?それ!!」

「ふん、勝ちは勝ちよ。こういうの、やり手って言うのよ。覚えときなさい?」

「認めねェ!イカサマだ!ヤオチョーだ!ぺてん師め!」

「どこで覚えたのよそんな言葉ッ!!」


どうやら陰で、万年借金持ち腹巻き剣士あたりが愚痴をこぼしているらしい。

私は人を騙してなんていない。欺いているだけだ。勝ちにもっていけるゲームに乗るだけ。今回も。


「あ〜〜メェェェ〜!!」

「羊かッ!…じゃ、この飴は約束通り勝った私がいただくわよー」


盤に顔を埋めてオセロまみれになっているルフィの目の前で、包み紙を開く。

オレンジのシロップみたいな色をした球をつまみ、見せつけるようにパクリと口の中に入れた。

今回も、勝ちにもっていけるゲームに乗った。キャンディも、ルフィとの時間も私のもの。私の勝ちだ。

オモチャ箱をひっくり返したような男部屋を、ふふんと鼻を鳴らして退却していく。

飴も、ルフィのかわいい顔も独り占めしたことだし、そろそろ外のクルーが戻ってくる。

引き際をわきまえるのも勝負師の腕。品だけをかっ拐いひらひらと手を振って、呆気なくルフィの前からいなくなろうとした、


…………その時。



「…………ナミっ!」


「え?…………っ、 」


カラカラと音を立てて、オセロの石たちが床を踊った。

力強く引き戻されたかと思うと、驚きの声の上に唇が重なった。

眼前にはルフィの真っ黒な睫毛と、目の下の傷。

不意討ちだ。不意討ちにもほどがある。振り向いたらキスなんて。藪から棒より抜き打ちだし、青天の霹靂より、予想外。

反射的に逃げようとたたらを踏むと、後ずさりに合わせてルフィが上手に私を壁へと追い込んだ。

うねっとした舌が口の中に入り込んだとき、いろんな衝撃で頭が真っ白になった。

まさかルフィが、こんなにきもちいいキスの仕方を知ってるなんて。

握られた手首が、火傷するかと思うほど熱かった。


「………んっ、甘ェ」


「…っ、なにす、」


ちゃぷり、と聞いていられないほど恥ずかしい音を立てて離れた唇が、にィっと横に持ち上がる。

惚けていた私は、さらにまーるく口を開けた。



「ししっ!……ナミの味!」


「……!!」


盗まれたオレンジ色のキャンディが、ルフィの真っ白な歯の間に現れた。


「サンキューなー!」

「……なッ!あ、ぁぁあああっ、あんたねっ!卑怯よ!!」

「卑怯じゃねェぞ!アメを奪ったヤツの勝ちだ!おれは正々堂々と、奪ったぞ!」

「正々堂々って…!ゲームには私が勝ったわよ…!!」

「ゲームとか関係ねェぞ!アメを奪ったのはおれだから、おれの勝ちだッ!!」

「………な、なにそれ………めちゃくちゃ…」


鼻に抜けた蜜柑が、香りだけでは物足りない。

ルフィはくるり、私に背を向け帽子に腕あぐらをかいて、意気揚々と口笛を吹いた。



「おれがおまえに、負けるわけねェだろ?」


「………っ!!」


はなっから、勝敗は決まっていたというのだろうか。

いかにも海賊らしい自由なやり方で、鮮やかに全てをかっ拐っていったルフィが、

唖然とする私を顔だけで振り向いて、にかっと笑った。




「奪い返しにこねェなら、このまま噛み砕いて飲んでやる!」



本当は、最初からわかってた。


この男に勝利することなど、きっと誰にもできっこない。


襟を掴んで強引に引き寄せたルフィの生意気な唇に、私、


今度は自分の意思で、唇を重ねたの。





デキレース





全てを持っていかれた、私の負けよ。





END

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