過去拍手御礼novels3

□地雷
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ドカンと弾ける音がしたんだ。


目には見えない、どこかの破裂。

知らなかった、地中の爆弾。

紅縺の炎が怒濤みたいに駆け抜けて、気づいたときには手遅れだった。






「んナミすわぁぁぁんっ!!」


扉を開けると同時に心の中の気持ちをハートにしてばらまいた。

おれのセンサーが甲板にいるナミさんを捉えたとき、

その後ろではマリモが本の表紙に顔を埋め、「うがッ!」という奇怪な声を発していた。


「……さ、サンジくん…!」


芝生でじゃれあうふたりの、あまりの近さに目を細める。

何も見なかったように笑みをつくって用意ができたとキッチンに促すと、

そそくさと立ち上がった彼女の背後で、鼻をおさえたそいつがおれを見上げて舌打ちした。



ーー−


「お味はいかがですか?プリンセス」

「ん〜〜っ!最高っ!」

「そんな君が最高っ!!」


殺人級の笑顔が、おれの心を悩殺する。

食い物をうまそうに頬張ってくれるところ、それが彼女のかわいいところのひとつである。

ここ最近、男どもが寄り付かないおやつ後のキッチンで新作料理の試食をしてもらうのが日課になっている。

ほろほろと口の中で消えていくショコラケーキに舌鼓を打ちながら、

向かいの席で両頬に杖をついてでれっとしているおれを、ナミさんがふと見上げた。


「このままいくと2〜3日で島に着くわ。必要なお金渡してあげるから、食材調達よろしくね」

「はぁいっ!ナミすわんのためなら喜んでっ!」

「悪いわね、ナンパもしなくちゃいけないのに忙しくさせて」

どうせ買い出ししながらナンパするんでしょうけど。そう呟いてまた一口ケーキを口に入れる彼女。

彼女の皮肉をさして気にもとめず、マイペースにもくもくとハートの煙をのぼらせるおれ。

ドライなナミさんも乙である。


「ナミさんが彼女になってくれたら、島で女の子と遊ぶ必要もなくなるんだけどなァ」

「ゾロ、とか………」

「……え?」


口をついて出たらしいその名前に、拍子抜けした。ナミさんはケーキを乗せたフォークの動きを止め、半ば独り言のように呟いた。


「ゾロ、とかも……島に降りたら女と遊んだり、するわよね…?」


ケーキにも、おれにも興味を向けず、彼女の口が今ここにいない男の名を紡いだ。

その瞳に不安を滲ませて、明らかに、ノーという答えを期待して。



「………あいつのことが気になるかい?」


声のトーンを落として、明後日の方向に行きそうだった意識を呼び戻した。

罪悪を感じているかのように、彼女の瞳がおれの瞳とネクタイの結び目を行ったり来たりしている。


「…べ、別にそういうわけじゃ…」

「最近ナミさんマリモと仲良いみてェだけど、………まさかデキてねェよな?」

「っ!!」


カチャリ、狂った手元がフォークとお皿を派手にぶつけた。

わかりやすく動揺を示した彼女に、おれは穏やかな微笑みを消して、一気に表情を固くした。


「………ハハ、もしかしておれ、地雷踏んじまった?」


「…ち、ちがっ、ただどうなのかなって、なんとなく気になっただけで…」


しどろもどろになりながらケーキに視線を落とし、ぱくり、ぱくりと減らしていく。

一寸しのぎにもならない下手な誤魔化しがかわいくて、がっかりした。

だらりとテーブルに突っ伏して、灰皿に写った自分を睨む。

ざまァねェ、てめェがもたもたしてっからだろうがよ。



「くそッ、……マジかよ……」

「………………」


ハートの煙も、甘い声と瞳も消え失せた。

おれが勘づいたということは、既にロビンちゃんあたりは知ってるはずだ。

狭い船での生活、いずれはクルー皆の知るところとなるだろう。

けど、なんとなく……

なんとなく、目の前で黙々とケーキを食べる彼女が照れよりも後ろめたさを感じているように見えるのは、単なるおれの悪あがきというやつか。

畜生、まな板のコイを見習えよ。



「…………なんであいつなの?」

「え?」

「なんでおれじゃなくて、あいつなの?」

「………………」


押し黙る彼女を横目にしつつ、椅子の背もたれに姿勢を崩して足を組んだ。

苦り切った表情と険のある口調が、情けないことに、隠せない苛立ちを物語っている。


「……どうせあいつの押しに負けて、ほだされちまったんだろ?ただ単にタイミングが良かっただけで、相手は誰でもかまわなかった…違う?」

「……そんなっ、」

「だったらなんであいつなんだよ。おれの方が……」


おれの方が、君と親密だったじゃねェか。

そうこぼして無造作に煙草の火を揉み消すと、最後の煙を吐き出した。

手向かいさせてもらえば、彼女は決してあいつに片想いをしていたわけでもないし、おれを男として意識していなかったわけでもない。

ただきっと、酔った勢いなんかで間違いが起こっただけ。突然やってきたきっかけに、かかずらわれた。それだけのことに決まってる。

もしもそのときの相手がおれだったなら……

そう考えると、浮わついていた今までの思いに靄がかかった。


「………………」

「…………どこまでしたの?」

「……え?」

「あいつに、どこまで許したの?」

「……どこまでって…」


責め立てるような瞳に圧されたのか、彼女の口がうまく動かない。

こんな自分は初めてだった。嫉妬にとりつかれた本気の瞳が彼女の身体の全てを焼き尽くさんばかりに血走った。

トントン…テーブルを指で弾いて答えを催促する。

怒りたいわけじゃない。でも、納得がいかないのも確かだし、そういうことが気にかかるのも男の性だ。



「……あいつと寝たのかって聞いてるんです、ナミさん」


「っ、そんなの、あんたに関係ないっ…!」


にこり、とても笑えているとは思えない高圧感で、口元に弧を張った。

フォークを握りしめて涙目になっている彼女に、やはりふたりの関係はまだ日が浅いと踏んだ。


「……その様子じゃまだなんだ……」

「………………」


悪魔にはうて合わないことを決めたらしい。とうとう彼女は無視を決め込んだ。

ほろ苦さの香るケーキを味わいもせずに頬張っていく。


「そんなにマリモのことが気になるなら、教えて差し上げます」

「………………」

「ナミさんの言う通り、あの野郎、島に降りたら必ずレディをはべらせてるぜ?」

「………………」

「遊びっつーよりはまァ……ただの性欲処理なんだろうが…」

「っ、」

「来る者拒まずだったが、これからはそんなこともねェんじゃねェか?……ナミさんがいるわけだし、」

「ごちそうさまっ、」


平らげた後の皿を置き去りに勢いよく席を立つと、彼女はおれの目も見ずに扉へ向かった。

腕を掴み立ちふさがるようにして逃げ道を塞ぐと、俯く彼女を壁に貼りつけた。

覗きこんだ瞳が、大火事を思わせるほど真っ赤だ。



「…………泣いてるの?」

「………………」

「ほら、後悔しただろう?」

「……放してっ、」

「おれの気持ち知ってるくせに、もてあそんだりするからさ」

「サンジくんっ、」

「こんなことならおれを選べばよかったって、思ってるんじゃねェの?」

「っ、」



生やさしい口説き文句なんて、くそ食らえ。


奪ってやる、奪ってやる、奪ってやる……


もう、遠慮はしない。



「……あいつだけじゃなく、おれも試して決めるといいよ……よく、考えて……」


「…………サン、……」


ずっと欲しかった唇に自分のそれを重ねると、ありったけの想いを込めて愛した。

時折息継ぎのために離しては、彼女の吐息まで飲み込むようにまた交わった。

心の中の雨粒ひとつ、あっという間に大きな嵐へと、変わってしまう。


…………恋をするって、とても危うい。




「ねぇプリンセス、……君をいちばん大切にできる男は、あいつじゃないだろう…?」


「………………」


「君の望むままに全てを捧げる覚悟が、おれにはある……」


「………………」



…………この人を、


必ずおれに、振り向かせてみせる。




「……今なら、遅くねェ……どうする……?」




“おれを、独り占めしたくない?”




目には見えない心の中で、ドカンと弾けて火がついた。





地雷





知らなかった、地中の爆弾。


まさか、こんなにも彼女に本気だなんて。





END

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