過去拍手御礼novels3

□混ぜるな危険!
1ページ/1ページ




「……はぁ、なーんでこうなるのかしら…」

「てめェが言い出したことだ。ぐだぐだ抜かすな」


まったくうちの男どもときたら、船長を筆頭にバカみたいに潔くて腹が立つ。

草むらを掻き分けて進む草むらと同じ色の剣士の背中に、だんだんと苛々がつのってきた。


「なんでいっつもいっつもあんたと同じチームになんなきゃならないのよ!」

「てめェが“くじで決める”っつったんだぞ!」

「だって…!まさかまたあんたと同じくじを引き当てるなんて思ってないもの!」

「文句があんなら向こうでエロコックとテント張りでもしてやがれ!食いもん集めなんざおれひとりでじゅうぶんだ!」

「あんたバカ!?人に聞いても道に迷うあんたを無人島でひとりにしたら、迷子になること必至なの!」

「アホか!ひとりで戻れるってんだ!!」

「それにね!提案した身で文句つけられるわけないじゃない!私はそこまで卑怯じゃないのよ!」

「だったら黙って歩いてろ!!」


「くじに仕掛けでもしとくべきだったわ」と呟くと、「卑怯じゃねェっつってたのはどの口だ」と言いながら、ゾロは岩肌に手を滑らせた。


「あんたと同じ組になるとろくなことないのよ」

「あァ?」


不機嫌な声で振り返ったゾロに、人差し指を突きつける。

足元で砂っぽい小石がじゃらりと鳴った。


「いい!?考えてもみなさいよ!アラバスタのバナナワニ、刃物男、空島の人喰い鮫、魚人島の竜宮城占拠、私が危険な目に遇うときには、必ずあんたが一緒なの!」

「……………………」

「この前だってあんたと一緒になった飲み屋で賞金稼ぎに絡まれるし、その前の島では海軍に見つかって追いかけ回されるし、その前なんてあんた狙いの海賊に、一緒にいた私が誘拐されそうになったじゃない!」

「……………………」

「あんたってもしかして…………」

「……………………」

「………………疫病神?」

「フザけんなッ!!!」


哀れみの目を向けた私に、ガオッと牙を剥き出して、ゾロは疫病神説を即行で否定した。


「だってそうとしか思えない!ううん、きっとそうなのよ!あんた絶対疫病神!」

「アホかっ!腑に落ちたって面してんじゃねェよ!」

「あーっ!ストップ!ほらほらそれ以上近づくんじゃないわよ!アミダブツアミダブツ…」

「何を大真面目に唱えてやがる!!」

「やっとわかったわ。潔白で善意の塊のナミちゃんが、どうしていつも危ない目に遇うのか。あんたのせいだったのね」

「潔白?!ぜ、ぜんいィ…!?おまっ、……自分の胸に手ェ当ててよく聞いてみろ…」


「金の亡者か魔女の間違いだろ」という呟きを、私の地獄耳がキャッチした。

持っていた食料籠をフンッと投げて、広い的に命中させる。


「私はあんたといることで命の危機に晒されてるの!!」

「そりゃこっちのセリフ、」

「なんか言った!?」

「チッ、……なんでもねェよ!さっさと行くぞ!」

「そっちは今来た道よ!」

「……………………」

「そもそもあんた、あんたの持ってるそれ!蛙じゃない!食べないってのよそんなゲテモノ!」

「あァ!?だったらてめェで食えるもん捕まえりゃいいだろ!」

「嫌よ!か弱い私が怪我でもしたらどうするつもり!?」

「だァァァッ!いっちいちうるせェな!どーしろってんだよおれに!!」

「決まってるじゃない!あんたは第一に私の身の安全を確保するの!!」

「……………………だからいつも、守ってやってんじゃねェか…」

「何!?なんか言った!?」

「…………なんでもねーよ!」


くるりと私に背を向けて、ゾロはズカズカと歩き出す。


カチャリと時折聞こえるピアスの音、腰で揺れる三本の刀、近くで見ると壁のように大きな背中。


その後ろ姿を、何度も目にしてきたような、そんな気がする。

敵から逃げるとき、敵を追い詰めるとき、敵から隠れて盾にするとき、


私の心臓が真っ赤に点滅しているときはいつだって、


この背中が目の前にある。



「…………危険なのよ……あんたと一緒だと、私……」

「まだ言うか……」

「…だから、混ざっちゃいけないの。私たち……」

「おまえなァ……………………」

「……?ゾロ…?」


振り向いて、言いかけた言葉をピタリと止めたゾロに不思議に思ってその視線の先を追う。

真上から大きな影が迫ってきたと気づいたときには、既に逃げるには遅すぎた。



「危ねェッッーー!!!」


「っ!!!」





ザザッ、…と尾骨を地面に打ち付けた。想定していたよりも遥かに軽い痛みに、恐る恐る瞼を上げる。

目の前には、私に覆いかぶさったまま眉をしかめるゾロの顔があった。


「…………あっぶねェ…」

「……………………」

「……………オイ、怪我は」

「…………あ、……へ、平気…」

「……そうかよ、そいつはなによりで」


その背中から、ゴロゴロと岩の欠片が地面に転がっていく。

あまりに驚いて呆然としている私を見下ろして、ゾロはいつも通り難儀な呟きをもらした。


「…………おまえの言う通り、危険だな」

「…………そ、そうよ!あんたと一緒じゃなきゃ、普通こんなことおきないんだから!」

「へいへい、悪かったな、疫病神で…………ッ、」


起き上がろうとして苦しげにうつむいたゾロが、私の脳裏に最悪の事態を思い起こさせた。


うそ、……


私をかばって……!



「……ちょ、ちょっとあんたまさか…………ッ!」



いつまでも起き上がれずにいるゾロの顔を覗き込もうと持ち上げたはずの頭は、

何秒も数えないうちに地面に押し戻された。


ちゅ。なんてかわいらしいものじゃなく、貪るように大胆な角度で重なった唇は、


今まで触れたものの中で、最もリスキーな味がした。





「今のでチャラにしてやるぜ?」


「……………………」


「ごちそーさん」


「……………………」





「あー、まいった。蛙逃がしちまったぜ……」なんて言いながら、

自らの身体を起き上がらせたたくましいその腕で同時に私を引っ張り立たせると、

ゾロは何事もなかったようにズボンを叩き、コキコキと首を鳴らして歩き出した。

大きな岩の欠片たちを足元に、立ち尽くす。



「…………オイ、ぼさっとしてんな。置いてくぞ」

「はっ、あっ、…………あんたねっ!!歩けんじゃない……!!」

「んな柔な鍛え方してねェ」

「な……ッ、」

「痛くも痒くもあるわけねェだろ、あんな岩っころ」

「し、信じらんない!!騙したわね!!?」



わなわなと指を震えさせる私を、刀に肘をかけたまま振り向いて、

ゾロは疫病神よりも遥かに凶悪な、悪魔の顔をした。



「“身の安全を確保しろ”…………ねェ…」


「……………………」


「おまえ、忘れてねェか……?」


「……………………」


「襲ってくんのは、何も敵だけじゃねェんだぜ……?」



……だから、


だから言ったのに。


こいつと私を、混ぜちゃいけないって。



この男といるときに、たまたま危ない目に遇うわけじゃない。


私にとっての最も危ない存在が、この男。




混ぜるな危険!





「いつまでそうしてやがる……あァ、続きを待ってんのか?」
「なっ、……違うからっ!!」
「いいぜ?確かここは無人島だったよなァ?ちょうど人気もねェ」
「っ!!」
(やっぱりこいつ危険!!)




END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]