過去拍手御礼novels3

□YES・NOまくら
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彼女がたいそうな恥ずかしがりなのを、知ってたかい?


ツンとそっぽを向いているのは、「はやく来て」「かまってよ」の裏返し。

本当はおれのこと、好きで好きでたまらないくせに、わざと好きじゃないふりをしてるのさ。

そんな彼女だから、恋人の営みに誘ったって素直に首を縦に振ったためしがない。

“今夜はさせてあげてもいい”ってことを、口では言えないようなんだ。

だから、ふたりだけの秘密の合図を決めてみた。


お泊まりの日、ふたつのまくらが重なってたら「YESサイン」。

離れていたら「NOサイン」。


ベタだけど、ドキドキしないか?

恥ずかしがりな彼女はそれでも、あたかも偶然みたいにまくらの端と端をちょこんと合わせるだけの、微妙なサインを送ってくる。

そんなデリケートさをいかに察してさしあげるのか。それが男の見せどころというわけなのさ。




コンコンコン


「ナーミさん、おれだよ」

「入っていいわよー」

「あ〜いっ!お邪魔しまー……」


……すっ。と、空中に吸い込まれるように息が消えていく。

扉を開けた瞬間あることに気をとられたおれは、見事に全身の動きを止めた。


「…………ちょっと、何突っ立ってんの?早く閉めなさいよ」

「え?…あ、あァ悪ィ…」


振り向いた彼女が赤ぶちメガネを直しながら訝しげに眉をひそめた。

とにもかくにも部屋に入った瞬間目に入った「あること」が気になって、

メガネなナミさんもキュートだなァ。なんて言葉もおれの口からは出なかった。

作業机で日誌をつけるナミさんの傍にほかほかのハーブティを置く。

…………あれ?くそおっかしいなァ。

おれ今日目ェ疲れてんのか?


「ありがと。寒いでしょ?布団入ってていいから大人しくしててね」

「う、うん……はーい…」


いつものお泊まりとなんら変わりのないやり取りだ。

放心ぎみに返事をすると、ナミさんのベッドへと足を進めた。

その間よーく目を凝らして見てみたが、ベッドの前にたどり着いてもその違和感は拭えなかった。


「………………」

「………………」


ナミさんの、華奢で可憐で凛として文句のつけようのない美しい背中を振り返り、もう一度ベッドに視線を戻した。


やっぱりおかしいぜ……


…………まくらが重なってねェ。


「………………」

「………………」


いつものように、おれの分のまくらを出してくれているにも関わらず、

ふたつのまくらは長方形の角と角さえ重なり合ってなどいない。

それどころかご丁寧にベッドの端と端に寄せられて、さもわかりやすい「NO!」の合図のようだった。


………えぇっと、こりゃー、あれだよな。

今日はちょっとやらなきゃならねェ仕事が多くてよ、まくらを出してベッドに置いたまではいいんだが、重ねるのを忘れてそのまま作業に向かっちまったんだな。

きっとそうだ。うんうん。そそっかしいナミさんもかわいいな〜!

おし、おれが重ねておいてあげるよ!よっこらしょ!


自己完結の末景気よくぱふっと重ねたまくらを真ん中に移動させ、布団に潜り込む。

しばらくして、彼女がメガネとペンを置いて席を立った。

振り返った彼女と目が合った瞬間、おれは待ってましたと言わんばかりに横になったまま大きく両手を広げた。


「さぁナミさん!おれの胸に飛び込んでおいで!」


「……………………」


「どうしたの?さぁはやく!」と満面の笑みで待ち構えているおれに白い目を向けたナミさんは、

黙ってベッドまで歩いてくるなり、ふんっ、と勢いよくおれの頭の下からまくらをひとつ抜き取り一言、「邪魔」とこぼしておれを端へと追いやった。


「じゃ、おやすみサンジくん」

「えぇぇぇーッ!!?しねェのーー!!?」


「うるさいっ!!」と
いうお叱りと共に食らった拳骨よりも、

「おあずけ」という無言のサインの方が衝撃だった。

なんだかんだで、ナミさんがおれを受け入れなかったことは一度もない。


「なんでッ!?ねェなんでェェー!!?」

「うるさいって言ってんでしょ!なんのために合図決めたと思ってんのよ!」

「えええっ!?しようよー!!ねェ!ねェってば〜〜!!」

「しないって言ってるじゃない!まとわりつくなッ!!」

「だってー!!前回のお泊まりの日からふたりきりになれなくてしてねェんだぜ!?今日逃したらいつできるかわかんねェじゃん!!」

「しつこいわね!しないっつってんでしょ!ひっぱたくわよ!?」

「あ、そういうプレイ?」

「違うわよッ!!あんたアホなの!?」

「ええええっ!?なんでェェ!?だって女の子の日なら4日前に終わってるし、てことは危険日でもねェし、この前の島で新しい下着も買ってたじゃん!あれおれに見せるためじゃねェの!?」

「…………あんた私のストーカー?」

「いい加減妄想じゃ物足りねェよ!おれは本物のナミさんとにゃんにゃんしてェの!!」

「……………………」


かわいい猫目を怪訝に細め、ナミさんはくるりと背中を向けた。

それも、おれを惑わすためのフェイクなんだろう?

本当は抱かれたいって、そう思ってるんだよね?


「ねぇ…?焦らしてるの?」

「違うわよ。本当にする気がないの」

「またまた〜。イチャイチャしようよ」

「……やっ、」


後ろから抱きついて服の中を手でまさぐる。

薄い布に包まれたお尻のやわらかさに、すっかりその気になっている部分を押し付けた。

ふたり分の吐息がこぼれ、恋人同士の時間が始まる。こうなればあとはもう、おれと彼女は男と女。身体で愛を囁くだけ。

…………なんだけれども。


「ね、舐めあいっこしよっか?」

「っ、しないってば!放して!」

「やだ。おれもうおさまんねェもん。脱がしていい?」

「だめ!!」

「だめじゃねェって。ナミさんのかわいいとこ、もっと見せて?」


甘い声で耳元を攻めながら太股に這わせた手を下着の中にまで入れようとすると、突然鳩尾に鋭い肘鉄が打ち込まれ、おれは約5秒間悶絶した。

たくましいナミさんも好きだ。


「じゃ、おやすみサンジくん」

「うわぁぁんっ!ナミしゃぁ〜〜ん!おれのこと本気で生殺す気なの!?」

「半殺しとどっちがいいの?」

「半殺しのがマシです!!」

「あっそ。聞いた私がバカだったわ」


「したいしたいしたいしたい!!」とゴロンゴロン転がりながら駄々をこねていると、

とうとう嫌気がさしたのかしばらく無視していたナミさんがぽつりとこぼした。


「……あんた、昨日ルフィと見張り変わってあげたんでしょ?」

「したいしたいした…………え?」

「………………」

「……まァ、あのくそゴムが寝ちまったから仕方なく……なんで知ってるの?」

「その前の日は、自分が見張り当番だったわよね?」

「……………そうだけど…」

「なのに、朝から晩までクルーたちの食事の世話が忙しくて仮眠なんてとってない……違う?」

「……………………」


ため息をついて首まで布団を引き上げたナミさんは、おれを振り返りもせずに呟いた。


「今夜くらいちゃんと睡眠とらないと……怒るわよ?」


彼女がたいそうな恥ずかしがりなのが、わかったかい?

華奢で可憐で美しくて文句のつけようのないその背中には、天使の羽まで生えている。


「んナミすわーーんっ!おれのこと心配してくれてんのーッッ!!?」

「うぬ惚れんじゃないわよ!」

「んもうっ君って人はなんてかわいいんだ!おれの天使!いや女神!いや宇宙!!好きだぁぁぁ!!」

「ちっがーーう!私はあんたがいざってときに使い物にならなかったら困ると思って…!!」

「大丈ー夫っ!!おれ、相手がナミさんならどんな状況でも欲情できる自信あるぜ!!!」

「そっ、そういう意味じゃないわよッ!!バカ!!」



イエス?


ノー?



おれが持つ答えはいつだって、イエスだけ。


だから君は、もっと自分の気持ちに正直になってくれ。


恥ずかしがりな君だから、口に出さなくてもいいよ。


シグナルなら、おれがちゃんと受け取ってあげるから。



「あー、けどナミさん……」

「な、なによ…」

「どっちにしろおれ、コイツがおさまんねェと眠れねェし…」

「なっ、」

「おれに早く寝てほしいと思ってるならもちろん……愛させて、くれるよね?」




もう、必要ないかもしれないね。


だって、君にはたったひとつの答えしか残されていないから。




YES・NOまくら





重なったのは、ふたつの影。




「朝まで何回できるかなぁ?」
「ちょ、寝なさいってば!」
「こんなにうまそうなナミさんを前にしたら、食欲の方が勝っちまうから!」
「欲違いでしょーが!!」




END

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