過去拍手御礼novels3
□side-Law
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「……あ、サンジくんのシャツ……」
ソファの上に置かれていた衣類の中からそれを見つけると、女は畳んであったものをわざわざ広げて畳みなおした。
壁にもたれながら、その様子を横目にうかがう。
慣れた手つきがおれの気分を害した。献身なんて言葉が似合う柄ではないくせに。
「……ペンギンの畳み方が気にいらねェってのか」
「私じゃなくてサンジくんがね。……ちょっと、怖い顔しないでよ。自分で畳んだわけでもないくせに」
殺気に気がついて動きを止めた女の腕を、強引に引き寄せた。
見下ろさなければ唇を塞ぐことができない身長差に、思ったよりも相手が小柄であることを知る。
真上から覆い被さるおれを見上げて晒された喉元に、指を這わせる。
苦しげに歪む眉と流れた前髪を視界の隅に置きつつ、さらに舌を押し込んだ。
“明日の夕刻、西の港に来い”
昨日、あの男が戻る前に突きつけた一方的なおれの誘いに、
……あんたはどうして乗ったんだ。
「……船を空けるのにどんな言い訳をつかった?」
「海岸線を見て回りたいって言ったのよ。航海士なの、私」
「あの男がよく許可したもんだなァ」
「……サンジくんは、夕方には船にいなかったわ…」
「なるほど、この島は歓楽街が栄えてやがる。今頃入り浸ってるってわけか」
「……毒のある男ね」
「やみつきになるだろう…?」
切ったように短いスカートを無造作に巻き上げ、手触りの良い下着に包まれた尻を撫でる。
わざと耳を噛んだまま物欲しげに濡れた音を聞かせると、女の吐息が鎖骨にかかった。
絡めとるように抱き上げた身体をベッドに乗せて、唇に吸い付きながらヒールの靴を脱がせていく。
昨日のような抵抗なんて微塵も見られなくて、それがおれの心を上ずらせる。
ひんしゅくなら、買ってやる。
よこしまでいじましくて結構だ。欲しいものを手に入れるため、邪魔者を出し抜いて、何が悪い?
もしもこのままおれのものになると言うのなら…
……ためらいなど、しない。
「……はっ、ぁ、」
「……今日は暴れねェのか?随分とイイ子になったもんだな」
「んっ、…ちが、」
「それとも、昨日のがそんなによかったか?」
「……あんたは、いいの?花街、行かなくて……」
おれの膝によじのぼって首に腕を回した女が、視線をそらして呟いた。
毒の回り具合は上々らしい。もうすぐ致死量を越えるだろう。
だめ押しとばかりに、掠れた息を鼓膜に送り込む。
「あんたと裸になる方が………きもちがいい」
「……っ、」
裾をまさぐって「脱げ」と囁いてみると、女は思いの外大胆に服を脱ぎ、下着になった。
灯りの下に晒されても、肌の白さと肉感的な身体の曲線に欠点など見当たらない。
黒地にあしらわれたピンクのレースを戯れになぞっていると、
おれのペースなんてお構い無しで、女が身体を寄せて首にぎゅっとすがりつく。
もう1ミリも離れない。そんなふうに密着されては、いい気になるより他にはない。
「くくっ、……甘え症なのは、自分の男にだけじゃねェのか?」
「なんでもさせてあげるから……………」
「……………………」
「…………そばにいて」
とてつもなく懐疑な何かが頭を掠めた。湿度の高い密室に閉じ込められたような、そんな感覚。
“彼女が求めてるもんは、もっと心の深ェところにある”
「……………舐めろ」
あの時の男の言葉にわだかまりつつも、欲に従って女の手をベルトにかけさせた。
素直に膝まづいてズボンをくつろげると、中から取り出したものを顔色ひとつ変えず口にする。
根本からてっぺんまで、柔らかな舌が感じる場所をおさえていく。
………上手くやりやがる。それが身体の興奮を煽り、頭を醒めさせた。
赤い舌をチロチロ見せて自分のものを貪る女が、足の間でおれを見上げる。
憂いた瞳が何かを探しているようで、たまらなく心を掻き乱す。
「……んっ、……んん、」
「……っ、イかせるつもりか?」
「は、ぁ、……だって、こんなに勃って、」
全てを言わせないように、口をふさいだ。
頭を抱えて自ら腰を突きつける。天井を仰ぐとこめかみを汗が通って行った。
奥にくわえこんだまま吸い上げてくる舌、どうやら本気でイかせる気らしい。
「そんなに欲しいなら、中にくれてやる」
自らを引き抜いて再び膝の上に抱き上げると、上の服を脱ぎ捨てた。
引き寄せた身体の線をたどりながら下着のホックを指に絡め、解放する。
既に隆起している桜色の健気な蕾を口に含むと、華奢な肩がぴくりと震えた。
もっと汚して蝕めば、全てをこの手にできるのだろうか。
「あっ、んんッ、……」
「やらしい声出しやがって……欲しいんだろう?」
「……あ、……あっ、や、」
「あ?欲しいのか欲しくねェのかはっきりしろ」
「…………ほし、い…」
「……………………」
「欲しいっ、…………ローっ、」
世間に知られ、好き勝手に呼ばれてきた己の名。
その女の声が、艶かしい響きにも、切ないこだまにも変えていく。
もう、止まるつもりなどなかった。
パールのように濡れた瞳に見つめられれば、疑いもなくもぎ取ったものだと思い込んで。
地獄のようなこの手の中に、堕ちたものだと決めつけて。
「………乗り換える気になったか?あの男から、おれに……」
昂る自身を下着ごしになすりつけて、もたれてくる身体を包み込む。
まるで、本物の恋人がするかのように。
「…………それは、ないわ…」
「……………………」
「でも…………」
あんたにも、愛されたい。
女はそう言って、温もりを探す仕草で胸の刺青に頬を押し付けた。
とてつもなく懐疑な何かが頭を掠める。
今感じているのはあくまで女の皮膚の温度であって、その奥の温もりなど小雨の一粒ほども感じない。
表面をどんなに汚して蝕もうが、全てをこの手にすることなんて……
…………できやしない。
「…………おれを、浮気相手にしてェわけか…」
「そうじゃない。だって、これは浮気じゃないもの」
「……………………」
「サンジくんが全ての女を愛するように……」
「……………………」
「私だって、全ての男に愛されていいはずよ……そうでしょう?」
「……………………」
「だから、実感させて……もっと…………」
「……………………」
近づいてきた唇に、顔をそむけた。
プツリ、何かが断たれたような沈黙が部屋を満たす。
「…………やっぱりただの同情だったのね」
「……否定したところで、信じやしねェだろう…」
「あんたが遊びでも、私は別にかまわないわよ」
「そういう問題じゃねェんだよ……あんたら、ふたり揃ってイカれてる…」
「いいじゃない。好きにさせてあげるし、迷惑はかけないって言ってるの。何が不満なの?」
傲慢な態度に、思わず手が出た。
キリキリと喉元に親指を食い込ませて、目力の限りで睨み上げた。
「おれは、あの男を捨てろと言ったはずだ……」
「……っ、それは、できない………あんたは、サンジくんより強いからっ、」
「十中八九向かってくるあの男を、おれが手にかけねェか心配か?それとも、本音はおれたちふたりを弄んでいてェから、か?」
「……っ、苦しいっ、」
「…………愛されやしねェぞ……」
「……………………」
まるで人形だった。きれいな顔をして、人に好かれそうな微笑みをつくって、
愛を知っているふりをして。
「あんたは、……誰のことも愛しちゃいねェし、…」
「……………………」
「愛されも…………しねェ……」
もしもこのままおれのものになると言うのなら、
……ためらいなど、しないのに。
「……………………」
「……………出て行け…」
「……………………」
「そいつを持っておれの前から消えろ……浮気じゃねェなら、あんたが返してやれよ」
茫然とする女をよそに、下だけ服を整えてベッドにあの男のシャツを放った。
何の感情かわからない。ただ、心臓が息巻くように怒鳴っている。
「…………あんたが…」
「……………………」
「……私を満たしてくれるって……言ったから……」
去り際、女は震える声でそう吐いた。
「……甘えるな。そういうセリフは、あいつと縁を切ってから言うんだな………」
扉が閉まる寸前の呟きが、女に届いたかはわからない。
あの男のシャツは消えていた。
手にした刀で手当たり次第にデスクの物をぶちまける。
“彼女が求めてるもんは、もっと心の深ェところにある”
やっとわかった。
あの女の隙間を埋めるのは、
闇夜に針の穴を通すより、
…………難しい。
Continued…