過去拍手御礼novels3

□恋心ラビリンス
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「告られちゃったわけよ、ルフィに」


よくもまァ、そんなに滞りなく舌が回るもんだぜ。

……なんて、弾丸さながら繰り広げられていたトークをうまく聞き流していたはずなのに、

なぜだかその部分だけを、おれの耳が拾ってしまった。


「あ……?ルフィに何を打ち明けられたって?」

「ちっがう!カミングアウトの方じゃないわよ!バカね!」


ガンッ、とガラスのテーブルに酒を置いて、ナミが足を組み換えた。

どうせそんなに飲むのなら、もっと安価な飲み屋でいいんじゃないかと思う。

よくできた外見と違ってよく喋り、よく飲み、よく笑うおれの連れは何かと目立つ。

店に入ってからずっと、品の良い服を着た男たちが、物珍しげな目をナミに向けている。


「……で?ルフィがてめェになんつったって?」

「ナミ、おまえは海賊王の女になるんだぞ!…だってさ」


カラリ、赤いマドラーの刺さった青い液体を、白い指がくるくる回した。


「はァ?……そいつは告白じゃねェか」

「だからそう言ってんじゃない!!ホント人の話聞いてないんだから!」


ホントに聞いていないのだから、仕方がない。

ルフィのやつ、どこでそんな口説き文句を仕入れてきたのか。

海賊王の女、などとあいつに言われてそでにできる極楽女がいるのなら、見物である。


「…………へェ、返事は?」

「まだ。っていうか、私の答えなんて求めてないもん、あいつ。決定事項らしいわよ」

「………………へェ…」


南国の海の色みたいな青がみるみる減って、透明になったグラスがナミの心臓のある辺りを歪ませて見せた。

その奥の奥まで覗きこめたらと、何度も思ったことはある。

無論、いやらしい意味でもだ。

だけど所詮、人の胸の内なんてものはそいつにしかわからない。

ナミがルフィのことをどう考えているのかなんて、実際のところ知る術はない。


「へぇ……ってあんた、驚かないわけ?」

「別に。寝耳に水ってわけでもねェしな」

「そうなの?ちょっと、なんで教えてくれないわけ?」


そんなの、教えてメリットがあるとは思えないからに決まってる。

あいつは一船の船長である前に、ひとりの男だ。


「興味がねェからだ」

「あっそ。色気のない男ねー。刀にしか目がいかないわけ?」

「まァ…そういうことだ。すまねェな、モテモテ女の苦労を察してやれなくてよ」

「ホントよねー。もう、サンジくんといい、トラ男くんといい、どうしてこう、ひとりの女を奪い合うのかしら?私ってホントに罪な女よねー」

「あ?隈野郎もかよ……」


心の中の呟きが、つい口をついて出る。

しかしナミは言いたいことだけを言うとおれには構わず、景気よく店員に追加の酒を注文した。


「っていうわけでさー、今世紀最大の悩みなわけ」

「おーおーそうかよ、そんだけ悩みゃハゲるな」


飛んできたフォークをキャッチしたと思ったら、脳天に拳が落ちてきた。抜かりなし。


「海賊王、世界一の料理人、切れ者のお医者様、どれがいちばん得かしら?」

「てめェの選ぶ基準はそこかよ」

「じゃあ、どれがいちばん私のために稼いでくれると思う?」

「言い方変えただけじゃねェか。むしろもっと露骨になってんぞ」

「だってそこ大事でしょ!そもそもどれを選んでもエキセントリックな人生を送ることに間違いないもの!一攫千金を狙うか、奴隷になる男を狙うか、手堅い職を狙うかの違いよ」


呆れて物も言えやしない。色気がないのはどっちだバーカ。

そんなもんにつられて、おまえは好きでもない男に全てを許すのか。


「…………愛だの恋だの……アホらしい」

「あんたさ、“命短し恋せよ乙女”って言葉を知らないの?」

「心配すんな。てめェは乙女でもねェし、ちょっとやそっとじゃ死にゃしねェ」

「“美人薄命”って言葉は?」

「魔女は不老不死だろ?」


脳天にやってきた拳をよけたと思ったら、ヒールの裏で脛を思いきり蹴りあげられた。アリの這い出る隙もなし。


「ってわけでね、どれがいいと思う?海賊王と奴隷と医者」

「……好きにしろよ」

「ちょっと、真剣に考えてよ!」

「うるせェ。てめェがどんな男に靡こうが興味ねェっつってんだろ」

「じゃあなんでさっきから怒ってんのよ?」

「………………あ?」


眉間がぴくりと動いて、ようやく自分が怖い顔をしていたことに気がついた。


「興味がないって言うなら、なにをそんなにイラついてるのかしら?」

「……てめェが、……どーでもいいことペラペラ聞いてくるから、」

「どうでもいいこと?じゃあ私、ルフィの告白受けようかなー」

「……………………」

「なによ?」

「…………なんでもねェよ」

「……あんた、なんで自分がイライラしてるのか、わかんないわけ?」


わかってる。痛いくらいに。自覚なんて、もうたくさんだというほどさせられている。

こんなどうしようもない女に、こんなにどうしようもないほど惹かれてるって。


「………ほっとけよ」

「あんたね……ハートも迷子?」

「……“も”とはなんだ、“も”とは」

「その調子だと何もかもが迷走して、いつしか迷宮入りするわよ?」

「なんの迷路にだよ」

「恋の迷路によ」

「……………………」

「……………………」

「……………………」


ふたり同時にため息をこぼしてしまった。

おれひとりじゃたどり着けないとわかっているのなら、誰か出口を教えてくれ。



「…………っていうわけでね、」

「どういうわけだ」

「今世紀最大の悩みなわけ」

「その話は何度も聞い…」

「本命の男が、なかなか告白してくれないってことがね」

「……………………」

「……………………」

「………………あ?」



視線を上げると、「なに?」とわざとらしく小首をかしげた魔女と目が合った。

魔女?いや違う。今のこいつは小悪魔だ。



「ね、困ったことだと思わない?」

「…………あー、まァ…」

「……………………」

「その話、………」

「ええ」

「…………解決策が、ひとつある…」

「あら。ぜひ聞かせていただきたいものね」



永遠かと思われた迷宮に、出口が見えた。


おれはただ、愛ってやつが照れ臭かった。


…………それだけだ。




「言い寄ってくる野郎なんざ、全員振って……」


「……………………」


「世界一の大剣豪の女に…………なればいい」



黙っておれを見つめていたナミが、やさしく瞳を細め、はにかんだ。





恋心ラビリンス





「じゃ、私のためにじゃんじゃん稼ぎなさいよ?大剣豪くん」
「てめッ、やっぱりそれかよ!」
「当然!人生何があるかわからないもの!楽しめるうちに楽しんどかなきゃ!」
「……心配すんな。死神ですらてめェを見放す」
「なんか言った?」
「……なんでもねェ」



END

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