過去拍手御礼novels3

□海の女神も嫉妬する
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彼の心を独り占めしてしまったのは、海の女神様だと思う。


興味の全てを漂う波に寄せ、好奇心とトキメキに胸を踊らせて、

その瞳は引き寄せられるように、底なしの蒼にもっていかれてしまった。


彼は、海と恋に落ちてしまった男。



ーー−



たまたま腹巻き剣士がつれない日だった。

ありがたい私の誘いをあろうことか鼻であしらって、

「昼間の分を取り返す」とか言ってトレーニングルームに向かうストイックぶった背中に吐き捨てた。

「あんた、昼間居眠りしてただけじゃない」って。


そんなわけで、仕方なしに酒瓶片手にしてアクアリウムに来てみたわけだけど、ここで思いもかけない人物と出くわした。


「おうナミ!」

「びっくりした……珍しいわね。こんなところでなにしてんの?」


願ったりかなったり、瓢箪から駒、腹巻き剣士に感謝である。

ルフィは私の顔を見るなりカラッと晴れたお日様のような笑顔をつくった。


「んー、別になにってわけでもねェけどよ、魚見てたんだ」

「へぇ、あんたにも魚を見て物思いにふけるだけの情緒があったのね」

「おまえ、失敬だな!失敬だぞ!おれだって“じょーちょ”とか、知ってんだぞ!」

「知ってるけどわかんないんでしょ?」

「わかんねェ!“むーど”もわかんねェ!」

「その言葉、サンジくんに教えてもらったんでしょ?」

「違ェ!“むーど”はブルックで、“まろんちっく”がサンジだ!」

「……ああ、はいはい、ロマンティックね」


ムードだロマンだなどと言うのなら、口説き文句のひとつでも囁いて私を困らせてはくれないものだろうか。

……ううん、夢でもあり得ないわ、そんなこと。


「明日の朝メシどいつかなー」

「……やっぱりね。そんなとこだろうと思ったわ」

「腹へったー。ナミー、なんか食いもん持ってねェか?」

「お酒しかないわよ」

「ちぇ、つまんねェの」

「あんたねぇ、こんなキュート美人とふたりきりのおいしい状況で、つまんないとかよく言えるわね」

「んー、おれがうめェと思うのは肉だもんなー」

「……はいはい、あんたは花より団子だもんねー」

「団子より肉だなー」


高い音を立ててグラスに酒をそそぐと、ルフィはソファの背もたれに顎をつけて再び「つまんねェ」と呟いた。

なんだか喧嘩を売られているような気がしてきた。イイ女の名を背負うこの私に、色の片鱗も見せないこの男。


「…………ねぇルフィ…」

「んー……?」


ちょっとだけ、からかってみたかった。

どうしたらこの人の気を引くことができるんだろうって、いつも考えてたから。

その視線の全てを奪う、赤い背中ごしの蒼いゆりかご。

キラキラと輝いて決して彼を放さない海にさえ、

本当は私、嫉妬している。




「あんたってさ、…………女を抱いてみたいとか、思わないの……?」


「……………………」


擦り寄る猫の姿勢で下から見上げて、胸板の大きな傷痕に軽く指を滑らせた。

見開かれたルフィの視線が、私の瞳から無防備なキャミソールの胸元に歩いていく。

へぇ、意外。誰に教えてもらったのかしら?“女を抱く”ってことの意味。



「…………なーんてね、あんたにはまだ早いわよね」

「なんだ、いいのか」

「え……?」

「いいってことだろ?」


捕まえた腕を引き寄せたルフィが、鼻先のぶつかる位置で私を射抜く。

ガラリと変わったオスの顔に、ようやく気づいた。

ムードとか、空気が読めていないのは、私の方かもって。


「ちょっとルフィっ、」

「嫌っつってもだめだ。おまえが誘ったんだからな…」

「……っ、まっ、」


初めて触れるルフィの唇は、熱かった。

形のいい耳と、細い頬と、焼けた首筋と、真っ黒な睫毛とその下の傷。

それが、角度を変えて視界の中を動き回った。

舌が舌を貪る音に何がどうなっているのかわからなくなって、冷静に判断することを放棄した。


「……………ナミ…」

「ーーっ!!」

「……わっ!!…なんで逃げんだよ!?」

「だっ、だってそんな、…私っ、からかっただけで、」

「知らねェよ!そっちが触ってきたんだぞ!」

「……ちょっと、まっ、」

「おれは、おまえの挑発に乗っただけだからな……」

「………………」

「男を舐めてるから、そうなるんだ………」

「………………」

「こうなったらもう、おまえはおれから逃げられねェよ」


想像以上に強い握力と切迫した雰囲気に怖じ気づいて逃げる私を、

ルフィは一寸の迷いもなく強引に組み伏せた。


「……やぁっ、ルフィっ、」

「おれ、ナミにさわってみてェと思ってた……ずっと」

「っ、なっ、」

「だってよ、好きなんだから、しょうがねェだろ……」

「…………え…?」




まさか、そんなことって……



電源切れの玩具のようにぴたりと動きを止めた私を見て、ルフィは少し拗ねた顔を見せた。




「おまえ、全然気づかねェしよ」


「…………う、そ…」


「おれ、我慢とか、やっぱムリだなー」



いたずらっ子みたいな笑顔の中には、愛しさに満ちた瞳。

海を見つめているときと同じその眼差しに、私の心は幸福で打ち震えた。


「っ、……や、ルフィ…!」

「あ、嫌って言うな。嫌じゃねェくせに」

「だって私っ、そんな急に、」

「うるせェ」



落ち着いた低い声、そして深いキス。

こんなにも男らしかったのか、そう思わずにはいられない精悍な肉体を寄せられた。

服の中を縦横無尽に這う手のひらは、いやらしい手つきではないくせに、ひとつひとつ私に女の悦びを植え付ける。

それは間違いなく、大好きな人が与えてくれる刺激だから…なのだろう。


「んんっ、……ルフィ、」

「ナミも、おれが好きなんだろ?」

「…………っ、」

「……………なァ…」

「そんなのっ、……知ってるくせに……」

「んん、知ってるけど、聞きてェんだ……ナミの口から」



ルフィの温もりを素肌に感じ、胸がいっぱいで何も言えずに目を瞑った。

頬から一粒の嬉し涙をすくうと、ルフィは早く言えとせがむように私の耳たぶを甘噛みして、困らせる。


「言わねェと、もうやめる」

「っ、そんな、そんなの……ズルいっ、」

「悪ィ、おれ、むーどとかわかんねェから……」


世界の全てに引き寄せられてしまう、この人は、

世界の全てを引き寄せて、放さない。


もちろん、私の心も。



「わ、私はいつも、……あんたと違って、あんただけを、見てるのよ……」


「あァ、知ってるよ」


「あんたが私を見てなくたって……私は、あんただけを、愛してる……」


コツンと額をくっつける。ルフィの真面目な表情にトクトクと胸が張り裂けそうになる。

黒い瞳が私を見つめると、唇にやさしいキスが落とされた。



「ずーっとおまえだけ見てるとか、やっぱおれにはムリだなー……」


「………………」


「けどよ、……」




“見てなくたって、ナミはいつも、おれの中にいるんだぞ”





彼は、海と恋に落ちてしまった男。


だから私は、海の女神にも負けないほどに、愛されたい。


この先一生をかけて私に注がれるであろう、彼からの深い愛情に、





きっといつか、海の女神も嫉妬する。







「ナーミー!島が見えたぞー!」
「……はいはい、相変わらず冒険に夢中なのね、あんたは」
「一緒に冒険しよう!でーとだっ!」
「……!その言葉、誰に教えてもらったの?」
「ロビンが言ってた!好きな女と一緒に冒険すんのは、でーとだって!」
「ふーん……まぁ、行ってあげてもいいけど…」
「よし!じゃあ行こう!楽しみだなァ!」
(その笑顔、ズルいのよ…!)





END

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