過去拍手御礼novels3
□まさかの告白
1ページ/1ページ
まさか、ここでこの人に会おうとは。
突き当たりを曲がったところだったのよ。その男と鉢合わせたのは。
もしも遠くに見えていたならそうね、そっとその場を離れて見なかったことにするんでしょうけど。
なんせかわいらしい女の子に腕なんか組まれていて、とってもイイ雰囲気だったから。
でも、至近距離でバッチリ目が合って、無視なんてできないじゃない。一応顔見知りだし、ルフィがお世話になってるし。
あーあ、ついてない。私って間が悪い。
いかに他人行儀な挨拶をするか考えながら、笑顔をつくろうとしたときだった。
「おお、ここにいたのかよい」
「……は?え?」
「デートの途中だったもんな、ほら、行くぞい」
「いいところに来た!」という表情になったその男に、がしっと肩を掴まれた。
「ちょ、ちょっと…!」という声が、目の前の女の子と重なる。
「その女誰よ!?」と、私よりも先に疑問をぶつけた彼女を前に、男は私の肩を力強く引き寄せた。
そして髪の間から探りあてた耳元で、妖しく言ってのけたのだ。
「こいつはおれの女だよい」
ーー−
「ホント信じらんないわ」
がぶり、この店で一番人気だというパフェを頬張って、向かいの男を睨み付ける。
物騒なドクロのマークを胸にしたその男は、コーヒー片手に人の良い笑みを浮かべた。
「急に悪かったねい。機嫌なおせよい」
「逆ナンしてきた女の子を追い払うためにこの私を利用するなんて、良い度胸してるわよ」
「いやー、他のやつらに見られたら面倒だからねい。困ってたところ、たまたまおめェが通りかかってくれて助かったよい」
「去り際のあの子の顔見た?私のことすっごい睨んでたわよ!」
「そうだねい。あれは確かに恐ろしかった」
何がおかしいのか、苦情を訴える私とはまるで違った表情で、ははは。なんて呑気に笑っている。
……もうっ、なんなのよ。
「こうなったら私を女避けにつかったお詫びとして、それなりのものを奢ってもらわないと気がすまないわ」
「だから、奢ってやってんじゃねェかよい。うめェだろい?うちのコックのお墨付きの店だ」
「違うわよ。パフェだけじゃなくて、モノよモノ。高価なやつ」
「あァ、いいぞい。指輪のひとつくらい買ってやる」
「な、……」
「食い終わったら、そのへんの宝石屋にでも入ってみるかい?」
なによその余裕……
顔色ひとつ変えるどころかニコニコと返されてしまい、私の方が狼狽えた。
傷も飾り気もない長い指が、コーヒーカップを口元に運んでいる。
「ねぇ、あんたってさ……」
「なんだい?」
「実は女の敵?」
「……どこからその流れになったんだい?」
チャラチャラしていて手の早い男が多い海賊の世界で、誠実な印象が私の目を引いていた。
エースたち後輩にも慕われて、実力と信頼のある男。勇敢な上、頭もキレる。
あぁ、この男が恋に落ちる女性は、きっと誰も敵わぬような、とても素敵な人なんだわ。
そんなことをぼんやり考えていた。年の差と同じくらい、遠くの世界にその姿を見て。
でも、今私の目の前にいるのは、普段の凛々しい顔を解した気さくな男だ。
「だって、女慣れしてそうじゃない」
「良い歳して女の一人もまともに扱えねェ男よりマシだろい。おれはおめェの倍近く生きてんだぞい」
「そうだけどー、なんかイメージと違うのよねー…」
「へェ、おめェ、おれにどんなイメージもってたんだよい」
「そうねー、白髭海賊団のマルコ隊長っていったら強くて賢くて、エースと違って女になんて現抜かさない、お堅いイメージよ」
「こう見えておれは硬派だぞい」
「いやまぁ、あんなにかわいい女の子の誘いを断っちゃうくらいだから、そうとも言えるけど……」
別にこの男が硬派だろうが軟派だろうが、どうだってかまわない。
かまわない、と思っているにも関わらず、このひっかかり具合はなんだろう。
ぱくり、ぱくり、口の中に入れるたび、しゅわっと溶けていく生クリーム。
だって、そうよ、信義な男の口が、私のことをあんなふうに呼ぶなんて、想像もつかなかったから。
“こいつはおれの女だよい”
あの言葉に、たまらなくトキめいてしまった自分が憎い。
「勘違いされて困るような女とは、一緒に歩いてやれねェからよい」
「へぇ……そうなの。あんなにかわいい子でも勘違いされたくないなんて、やっぱり白髭の隊長さんともなると理想が高いのね」
「いくら見てくれがよかろうと、噂されたくねェ女とは、ふたりで茶もできねェな」
「へぇ、認められた女じゃないとお茶にも誘ってもらえないのね。やっぱりモテる男の言うことは、…………」
違うのね。そう皮肉ろうとして、パフェグラスに突っ込んだスプーンをぴたりと止めた。
向かいに座った男は、私を前に悠々とコーヒーを啜っている。
午後の日差しが降り注ぐカフェテラス。この状況を「お茶」と言わずしてなんと言うのだろう。
「おめェとなら、噂されてみてェもんだ」
「………………」
「いくら顔見知りでも、相手がおめェじゃなけりゃあ、あの場であんな真似しねェだろうよい」
「……ど、どういう、意味よ…」
「要は、一緒に過ごす口実が欲しかった」
「………………」
「それに、ずっと言ってみたかったんだよい」
こいつは、おれの女だって。
「…………うそ、何、言って…」
狐につままれたように放心した私の口元へ、そっと長い指が伸びてくる。
唇の横のクリームを優しく掬うと、男はそれを自分の舌でペロリと舐めとった。
「今日の、礼と言っちゃなんだが……」
「………………」
「この先おめェに近寄ってくる変な輩がいたら、今度はおれが、追い払ってやろうと思う……」
「………………」
「おれの女だ、手ェ出すな……とでも言ってな」
「っ!」
「どうだい?………おめェさえ、嫌じゃなけりゃあ…」
おれがずっと、守ってやりたい。
ぎゅっと握られた手から、急に全身が火に包まれたように熱くなっていく。
やはり彼は、根っからの硬派なのだろう。私はこの時初めて、自分を見つめる誠実な瞳に気がついた。
まさか、まさか、
だって、この男が恋に落ちるのは、私みたいな小娘じゃなくて、
どんな人も手の届かぬような、とんでもなく素敵なレディのはずなのに。
「おれは、一目見たときから、…………おめェの強くて気高い瞳に惚れてんだ」
「…!!」
まさかの告白
まさか、あなたも私を見てくれていたなんて。
END