過去拍手御礼novels3

□不治の病
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「ナミ…!おまえ死ぬのか!?」



予測不能。サイクロンより、この男の言動には驚かされる。

あまりに不意討ちすぎたからか、許可なく部屋の扉を開けたことを叱りつけようとして、私の口からは思わず別の言葉が出た。



「…………失礼ね。なんの話よ」

「チョッパーがよ!おまえに薬持ってってくれって…!お、おまえ死ぬのか!?」

「勝手に殺すなッ!……ちょっとね、体調が良くないだけよ」


病人の私よりも、心なしか青ざめているようにも見えるルフィから、薬を受けとる。

ベッドに座って飲み干すと、脇で待ち構えていたルフィがすぐさま聞いてきた。


「治ったか!?」

「そんなにはやく治るか!」

「は、腹か!?腹が痛ェのか!?」

「頭よ。だからそんなにギャンギャン騒がないでくれるかしら」

「そっかー…ナミは頭が悪ィんだな……」

「次その言い方したら殴るわよ?」

「元気じゃねェか」


ここ最近、気の抜けない航海が続いていた。肩の力が抜けたのか、気候が安定した途端、一気に身体が悲鳴を上げてしまった。

私へのお使いを済ませたにも関わらず、いまだベッドの縁で足をぶらぶらさせているルフィ。

ガンガンとうるさい頭をおさえながら、その姿を横目に見る。


「………なにしてるの?」

「ナミのビョーキがはやく治るように、お願いしてんだ!」


好きな人から発せられる言葉の威力は、すごい。

ここだけの話、たったその一言で、やっかいだった頭痛が治りかけた。



「……誰にお願いしてるの?」

「ん〜〜…………ん?誰にお願いしてんだ??」

「ふふっ、あてもなくお願いしてたんだ」

「あ!笑った!治ったか?」


本当はその気持ちだけでじゅうぶんだったけど、ルフィが私のために一生懸命になってくれるのが嬉しくて、

わざと目を伏せ、あたかも苦しそうな顔をした。


「……んー、まだ治らないみたい…」

「えー!?ど、どうすれば治るんだ!?」


雪駄を脱ぎ散らかしてベッドに乗り上げると、ルフィは主人に捨てられた仔犬のような目をして言った。

かわいすぎるその姿が、私の悪戯心に火をつける。


「ねぇ、痛いのが無くなるおまじない、知ってる?」

「痛ェのが無くなるのか!?やるぞ!そのオマジナイ!」

「おでこを合わせて、“痛いの痛いの飛んでいけ”って言うのよ」

「こうか?」


…………うわ、近い。

…………ルフィのにおい。


コツン、額を合わせると、ルフィは真剣な顔をして「痛ェの痛ェの、ナミから飛んでけー!」と唱えた。

こんなに近くでルフィの顔を見たのは、はじめてだ。

思ったよりも凛々しくて、強い眼差し。

まじまじと眺めていたら、視線に気づいた目の前の真っ黒な瞳が瞬いた。


「どうだ?治ったか?」

「………まだ、みたい…」

「えー!?どうすりゃいいんだ!?」

「…きっと、念じ方が足りないのよ……ルフィが私の頭を撫でてくれたら……治るかも」


きっと、私は試しているのだろう。

ルフィは、どれだけ私のことを大切に思ってくれているのか。

私のために、どこまで一生懸命になってくれるのか。

額を合わせたまま、ルフィは両手をつかって私の頭をぎこちなく撫でた。

何度も何度も繰り返されるその手の動きがきもちよくて、目を閉じる。

ずっとこうしてルフィの温もりを感じることができたら、どれだけ幸せなのだろう。


「……痛ェの無くなったか?」


ポツリと呟かれたその言葉に目を開けると、不安げに眉を寄せたルフィと目が合った。

頭の痛みより、心の高鳴りの音が私を支配する。


もっともっと、心配して。


私だけを、見つめてちょうだい。


私だけを、大切にして。


私だけの、ルフィでいてよ。



「…………まだ、無くならないわ…」

「……ナミぃ、死ぬなよ……?」


掠れた声に、口元が綻びそうになるのをおさえ、ルフィの腕を掴む。

ルフィのやさしさにつけこんでいるのはわかってる。

卑怯だと言われても、かまわない。


今だけでいいから、……


……ルフィを独り占めしてみたい。




「ルフィが、………抱きしめてくれたら、治る、かも……」



おそるおそる口にした私を、ルフィは躊躇もせず包みこんだ。

片手は背中を一周して、もう片方はさっき教えられた通りに頭を撫でる。

その懐の深さと心の大きさは、海に棲むどんな人も敵わない。

ルフィの純粋さを利用している。そのことが、私の胸を苦しくさせた。


…………でも、止まらない。




「………よくなったか?」

「………………」

「…………ナミ?」

「…………よく、ならない…」

「そっかー、困ったなァ……もう一度チョッパーに薬もらって、」

「ルフィが、…………」

「おれが?」

「………………わ、私に……」




私にキスしてくれたら、治るかも。




消え入りそうな声が出た。

ルフィが甘やかすから、私はどんどんわがままになっていく。

ルフィなら、全部全部、受け入れてくれるんじゃないかって、そんな都合のいいことを夢見てしまう。

ルフィは、どんな顔をするのだろう。

なんの疑いもなく、してくれるだろうか。それとも、度が過ぎる要求だと怒るだろうか。



「…………なんて、じょうだ…ん、」


怖くて、今さらそんなことをこぼしかけた口が、柔らかな温もりで塞がれる。

下から覗き込むように唇を押し当てたルフィに驚いて、目すら閉じることを忘れていた。

ゆっくりと唇を離すと、ルフィは息のかかる距離のまま浅く胸を上下した。


「もう、……治っちまったか?」


その瞳に浮かんでいたのは、今までとはまるで違う色をした情動だった。

込み上げる熱を感じながら、小さく首を横に振る。

背中に回ったルフィの手がもどかしげに動いて、意識がどこかへ行ってしまいそうだった。


「まだ、もっとっ、…」


言葉を飲み込むように重なって、今度はさらに深く口づけられた。

舌が唇の間から入ってきて、犯すように動き回る。

角度を深くして夢中で求めるルフィに、嬉しくて涙がにじんだ。



「…………治ったか?」

「………っ、ん、」


下を向いてこくこくと頷く。胸がいっぱいで苦しくて、何も考えられなかった。

私の頬を包んだ手の指先で涙を拭うと、ルフィは困ったように眉を下げた。


「治ってねェくせに、嘘つくな…」

「………………」

「おまえ、だって、」


だって、まだ痛そうな顔してる。


大きな身体にしがみつく。

そんなことを言われたら、私はどこまでも甘えてしまう。

もっと欲しい。欲しい、欲しい。あんたが欲しい。願望が、止まらない。




「……ルフィが、」

「おう」

「…………私の、…」

「……なんだ?」

「私の、…………恋人になってくれたら……」




治るかも。なんて、私のみえすいた嘘に、ルフィは「じゃあおれ、おまえのコイビトになる」と笑った。


きっと、恋人になったって、まだまだ私の望みは終わらない。


あんたをひとつ残らず私のものにするまで、このビョーキは治らない。


もしも全てが願いのままになるのなら、


この厄介な「恋」とかいうやつに殺されたって、私、かまわないんだから。




不治の病





「あとは何すれば治るんだ?」
「うーん、……あんたがこのまま傍にいてくれたら、治るかな」
「じゃあ、ナミが治るまでこうしてるからな」
「……うん」



END

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