過去拍手御礼novels3
□大人の階段
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口を開かなければ二枚目なのに、サンジくんってなんだか残念なのよね。
「じゃあ口を開くと何枚目?」そう聞かれて「2.5枚目」なんて即答して、それこそ彼を悶絶させて笑っていたのは、もうずいぶん昔のことかもしれない。
戦闘中の男らしさや料理のときの真剣な眼差し、近づくとわかる働き者の背中、
私が歯も立たないような重い荷物を軽々持ち上げてしまう力の強さ、
いつでもにこにこ笑いかけて、どんなに理不尽なことを言われても、絶対に怒らない。
はじめこそ、年上を弄んでからかっているのが面白くて、こんな軟派な男に靡いてやるつもりなんてなかったけれど。
2年も一緒に過ごしているうちに、「ああ、サンジくんって本当は誠実な人なんだ」そう思うようになってしまって、
緊張した面持ちで「おれの彼女になってください」と言ってきたあのときの真剣な瞳に、私はなんの迷いもなく頷いた。
「ナミさんあいつら見なかった?」
「ウソップのガラクタ工場でサンジくんから逃げるための作戦会議中」
つまみ食いの大きなお肉を片手に「サンジから逃げてんだ!」と去っていった船長の居場所を密告すると、
サンジくんは煙草を揉み消し「あんのくそゴム…今日こそオロしてやる」と呟いた。
「サンキューナミさん。ちょっくらつまみ食い常習犯を御用してきます」
「あっ、サンジくん……!」
「はいナミさんっ!……どうしたの?」
梯子にかけていたサンジくんの手が、ぴたりと止まる。
私に呼び止められたらすぐさま反応する。そういうふうに習慣づいているからだ。
しまった。口実を考えてから声をかけるべきだった。いつもならそうするのに、最近の私にはそんな余裕さえなくなってしまっている。
だって、あの真剣な瞳から3ヵ月は経つというのに、私たち、まだなにもおこらない。
「あ、……えーっと…」
「紅茶のおかわり?……ってさっき淹れたか…」
「う、うん、……あの、……」
「………あ、そっか、もしかして寒い?気づかなくてごめんね」
「う、ん……まぁ…」
しどろもどろになる私を不審がる素振りも見せず、サンジくんは着ていたジャケットを脱ぎながら歩いてきた。
引き止められた本当の理由に気づいているのかはわからない。どちらにしろ、サンジくんは私の口から「かまって」なんて言葉を、絶対に言わせない。
「えへへ〜!なんかさ、こういうのって、彼氏彼女っぼいよねー?」
「ぽいじゃなくて実際そうなんだから当然でしょ」
「うんうん、そうだねー!かわいいなァ。いつものナミさんもいいけど、ずっとおれの服着ててほしいくらいだぜ。できれば下は履かねェで」
「できません。そんなことより、こんなとこで油売ってていいの?逃げちゃうわよ、ネズミさん」
「あいつらは晩飯抜きの刑にするよ。そっちの方がよっぽど効く。せっかくナミさんとふたりきりなんだから、おれはこの至福のときを堪能するんです!」
「………ふぅーん…」
素っ気なく相槌を打ってみる。望み通りになって嬉しいことは、口が裂けても言えない。
私から「好き好きアピール」をするなんて、なんだか変よ。
だって普通、獲物を前にした狼は我慢できないって、言うじゃない。
男だったら、そっちが迫ってきなさいよ。引き金くらいは、私が引いてあげるから。
「ねぇサンジくん……」
「ん?な、に……」
サンジくんのジャケットを着た私が、薄着になった彼の腰に腕を回す。
目線は下から、少し首をかしげて唇を尖らせた。
「これだけじゃまだ寒いわ?……あたためてよ…」
だって、付き合ってるんでしょう?私たち。
もっと触れ合ったり、抱きしめたり、抱きしめられたい。あんたが望むなら、キスだってそれ以上だって、
私は準備できてるのに。
ドクドクと激しい自分の心音を聞きながら、彼のシャツを掴んで待っていた。
じっと私を見つめるサンジくんの顔が近づいて、睫毛を伏せる。
なんでもいい。とにかく、私のことが好きなら証拠を見せて。
「じゃあおれ、ブランケットもってきますね」
「……………… 」
「それとカイロと、湯タンポと……あ、毛布の方がいいかな?」
額をつけてにっこり笑うサンジくんに、やり場のない苛立ちが襲ってきてその身体を思い切り押し退けた。
「いらないっ。とっととルフィを捕まえに行けば?」
「えっ…?ごめん、あったかいスープとかの方がよかった?」
「いらないってば!はやくどっか行って!」
「え?ど、どうしたの?なんで怒ってんの?」
焦ってしまう。あのときから、ちっともふたりは進まなくて。
口を開かなければ二枚目なのに。なんて、冗談まじりにからかっていた言葉はもう出ない。
いつのまにか、サンジくんの「好き」を、私の「好き」が追い越してしまったみたいで。
「……サンジくんは……どうして私なんかに告白してきたりしたの…?」
「え?どうしてって……そんなの、好きだからに決まってるじゃん。急にどうしたの?」
ポンポン、サンジくんの大きな手のひらが頭を撫でる。
私がわがままを言って困らせたとき、宥めるための手段。サンジくんが大人の女性として私に触れることは、ない。
「っ、…そうやってすぐあしらわないで!」
「………………」
「サンジくんはっ、口で言うほど私のことが好きじゃないんだわ!」
「…そんな、本当に好きに決まって、」
「だって変わらないじゃない!これじゃあ付き合ってないときと全然一緒!サンジくんは、私以外の女の子にだって同じようにやさしくするでしょう!?」
「そんなことねェ!ナミさんだけは特別だよ!」
「特別なんかじゃない!!他の子と何が違うのよ…!!」
「ナミさ、」
「触らないで!子供扱いなんてさせないから…!!」
再び頭に伸びてきた手を振り払う。
ちょっと煽ってやれば、なんでも思い通りになる男だった。
面白いくらいに操られてくれるから、必要以上に利用した。
チヤホヤ姫扱いしてくれる年上は、私をとてもいい気分にさせた。
でも実際、彼は私が思うほど「簡単な男」では、なかったのだ。
「…………だって、君はまだ子供じゃねェか」
信じられない言葉に戦いて目を見開く。
そんなこと、この状況を見れば一目瞭然だ。
好きになってしまったら、何もかもが焦れったい。
私はサンジくんみたいに、いつでも余裕でいられるほど大人じゃない。
……言われなくても、わかってる。
「……じゃ、じゃあ、もっと大人の女と付き合えば!?ロビンとかっ、」
「ねェ、どうして男が好きな子の頭を撫でたくなるのか、……ナミさんにはわかる?」
「……そ、んなのっ、かわいい妹、くらいに思ってるからで、」
「髪に触れることで、その子に対する性的な欲求を紛らわせることができるからだよ」
「………………は、」
「なんでおれが君に手を出さねェか……そんなことも見当がつかねェなら、やっぱり大人の男をわかってるとは言えねェな」
「な、……」
「でも、いいよ。子供扱いは、やめてあげる。そのかわり、」
後悔しないでね。そう言うや否や、サンジくんは私を備え付けのソファに押さえつけた。
驚いて見上げた先で、蒼い瞳がギラリと光る。
「……な、なにして、」
「おれに大人扱いされるってのは、こういうことだよ」
低い声の後、唇が重なった。すぐに舌が口内を抉って、くちゅ、くちゅと淫らな音を立てる。
執拗なキスに苦しくなって鼻から吐息を吐くと、サンジくんの両手が上着を掻き分けて胸をまさぐった。
服の上から胸の先を探り当てる手のひらの動きがあまりに卑猥で、思わず身体を仰け反らせる。
「ひゃッ…!まっ、まって、」
「おれはじゅうぶん待ったと思うけど?ナミさんだって、物足りないって思ってくれたんでしょう?」
「だって、なんで、急にっ、」
「急?違いますよ、ナミさん。今までが制御してただけさ。君を怖がらせたくなかったし、一度触れたらおれはどうなるかわからねェ……でも、」
「……サンジく、……ぁんっ!」
「君が子供じゃねェって言うなら、……」
ちゃんとおれに着いてきて。
ちゅっと耳たぶにキスを落としたサンジくんは、ネクタイを引き抜いて私の下着のホックを外してしまった。
されるがままになりながら、彼の乱れたシャツをただ握るしかない自分の手が、ひどく頼りない。
私だってこれでも二十歳。サンジくんとは一つしか違わない。
何も知らないわけじゃない。お酒もギャンブルも、大人の遊びだって知ってるわ。
サンジくんが望むなら、キスだってそれ以上だって、とっくに準備はできている。
………………はずなのに。
「っ、サン、……や、だめっ!はずか、しいっ、」
「他の子と何が違うかって?………全然、違う…」
「きゃっ、まって、まって……!」
胸の先を舌でなぶられ、出したこともないような甘い声が出る。
するすると降りてきた手が下着の中に侵入しようとして、とうとう耐えきれずたくましい腕を掴むと、
逆にその手をとって指を絡めたサンジくんは、乱れる私の髪を唇で掻き分けて、囁いた。
「教えてあげる。…………君が、おれにとってすごく特別だってこと」
この男をからかって遊んでいたのは、もうずいぶん昔のこと。
きっと、幼かった私を、彼はずっと傍で見守ってくれていたのだろう。
だから、本物の恋に落ちた少女がその階段を上るまで、もう、待ったは無い。
大人の階段
いつも見上げていた少し先から、彼が私の手を引いた。
END