過去拍手御礼novels3

□side-Sanji
1ページ/1ページ





「麦わら屋と話をしに来た。今後の航海についてだ」


長い海上生活が続く中、その男がぬけぬけと船に上がり込んできたのは、あれから1ヶ月が経とうとしている頃だった。


笑顔で出迎えたルフィと言葉を交わす涼しい顔のそいつに、おれの足が向かう。

一歩一歩近づく度、怒りで奥歯に力が入った。

彼女は奴の姿を認めるなり、蜜柑畑へと消えた。


「オイッ…!てめェよくものこのこおれの前に現れやがったな、ロー…!!」

「……あんたに用はない。話の邪魔だ。おれは遊びに来たんじゃねェ」

「ふざけんな!!こっちに来い!落とし前つけてやる……」

「お、おいサンジ?おまえ何怒ってんだ?トラ男と喧嘩か?」

「悪ィがルフィ、このくそ野郎ちょっと借りるぜ」


襟をひっつかんで船内へ引きずると、男は忌々しげに舌打ちした。



「船長が船長なら部下も部下だな。行儀も悪けりゃ話も聞かねェ」

「人の女に手ェつけるような悪食が、礼儀作法を口にしてんじゃねェよ」

「あァ、……“そのこと”か」


見当がつかないはずのない男は、ダイニングのカウンターに寄りかかってさも愉快そうに口元をつり上げた。

壊れそうなくらい強く、灰皿に煙草を叩きつける。

くそッ、くそッ、

こんなふうに臆面のない面をして、あのときもずっと、彼女を狙っていたというのか。


「てめェナミさんに何をした!!?ロー!!」

「自分の女を寝取られた話なんざ、わざわざ聞きてェか?物好きだな」


噛みつくほどの勢いで掴みかかり睨んでも、男は鼻で笑うだけだった。


「ふざけんなッ!!あの日っ、てめェのとこから戻ってきたナミさんは…!!」

「………………」

「急に態度が変わっちまった……上の空で、何を話してもあきらめたような顔をして…」

「………………」

「ここ最近はろくに口も聞かねェ、飯も食わねェ、笑いも、しねェ…!!」

「………………」

「てめェがなんかしたに決まってんだろうが!!ロー!!ナミさんに何をした!?彼女に何を言ったんだ…!!?」


見捨てられたくない一心で、彼女の心を癒すどころか、ますます追い詰めるような真似をした。

別れるのは嫌だ、でも、彼女の望みは叶えてやりたい。あれから、どんなに言葉を尽くして心に触れようとしてみても、彼女は何も応えない。もう、どうすれば良いのか、おれにもわからなくなっていた。

喉が痺れそうなほど息を荒くするおれとは対照的に、男は殺気のひとつも寄越さずおれを見下ろす。

まるで、こうなることが全てわかっていたかのように、冷静な眼差しで。



「何もしちゃいねェ。これからのことは、あいつが自ら考え、決めることだ」

「っ、何を…決めるってんだ……てめェにそそのかされて、彼女は傷ついてんじゃねェのかよ!?」

「一生傷をつけずにいられるとでも思ってんのか?そういうてめェのあまっちょろい労りが、結果あいつを孤独に追いこんだ」

「わかったような口聞いてんじゃねェ!!!彼女の過去も育ちも知らねェ部外者が、勝手な真似しやがって!!」

「過去になんざ付き合ってやるつもりはねェ。そんなもん、あんたからあの女を奪うのに、関係ねェからな」


あのとき、この男の好奇的な気配に気づいていながら、徹底的に彼女から引き離さなかったことを悔いる。

自分たちの関係が安定しているものだと思い、甘く見ていた。

わかってる。考えているよりも、彼女はずっとずっと“独り”だ。

どんなに愛を与えても、海に浮かぶ孤舟と同じ。

波の温もりに、気づかない。


「言ったよな…………彼女は、てめェみてェな野郎が無闇に触れていい女性じゃねェと……」

「……あんたはいつも、忠告が遅ェんだよ……あのときにはもう、手遅れだ」

「悪いことは言わねェ。ひやかしなら、他をあたれ」

「………………」

「覚悟がねェなら、彼女に対する興味は捨てろ……なァ、ロー、おれの言ってる意味はわかるな?」

「覚悟だと……?」



見上げる瞳は涼しげで、おれや彼女の胸の内を解す隙間は微塵もなかった。

よそ者。その言葉が頭をよぎる。何も知らないで、


…………彼女の心を傷つける。



「彼女の人生を背負う気がねェならっ、……もうおれたちとは、関わるな……!!」

「……あいつの人生?ハッ、んな重ェもん、背負ってやるか」

「っ、だったら、」

「おれは、あいつの人生を………」



変えてやる。



強気に口の端を持ち上げて、男は矢も鉄砲も怖れない顔つきでそう言った。

目の下をひきつらせ、燃えてしまいそうな息を吐く。

納得がいかない。いくわけが、ない。

突然おれたちの前に現れた、素性もわからない新参者。興味本意に近づいて、彼女の心につけ入って、

平穏だったおれたちを……いとも簡単に、壊しやがった。


「……くそったれがッ、てめェなんかに預けられるわけがねェ!!返せよ!ナミさんを…!!」

「くくっ、男の嫉妬はみっともねェんじゃなかったか?」

「黙れッ!!彼女のことはな、おれがいちばん解ってる!!ナミさんには、おれがついててやらねェと駄目なんだよ…!!」

「そう言ってあんたは、あいつを独りにさせたんだ。いい加減その利己主義な妄執から覚めたらどうだ」

「おれはこれからもナミさんの傍にずっと居られる……気まぐれで近づくような自分勝手なてめェとは違う!彼女を支えられるのは、おれだ!!」

「だが、あんたじゃあの女は満たされねェ。おれは、あんたで埋まらねェあいつを、埋めてやれる」

「っ、んだと…!!?」


一触即発、まさに殴りかかろうと拳を固くした瞬間、景気よく部屋の扉が開いた。


「サンジー!ちょっといいかー?あ、トラ男ー!おまえに用があんだ!」

「あ?」

「おいルフィ!取り込み中だ!後にしろ!」

「喧嘩中悪ィなァ!けどよー、ナミがトラ男と話してェんだ!どーしても!」

「ちょ、ルフィ…!私そんなこと言ってないっ!!」

「なんだよ、おまえがちゃんと話せねェと終わらねェだろ!終わらねェとおれはサンジのおやつが食えねェんだぞ!」

「なっ、」

「じゃ、そういうことだ!よろしくなー!」


バタンッ。能天気な笑顔のまま手を振ったルフィは、嵐の中にナミさんを押しやって扉を閉めた。

重い沈黙が三人を包む中、目の前の男がふいに喉を鳴らした。


「へェ、……おれに話か?」

「っ、ち、ちが、」

「聞かせてみろ」


帽子の下で光る灰色の瞳に囚われ、ナミさんは顔を真っ赤にした。

瞳を潤ませて見上げる表情が、見たわけでもないふたりの情事を想像させ、胸を詰まらせる。

最後に抱いた夜、おれは彼女に、どんな顔をさせたのだろうか。


「……耳を貸す必要はねェ。こいつはおれが追い払っておくから。さ、部屋に戻ってナミさん」

「な、なにを、話してたの……?」

「たいした話じゃねェよ。君は気にしなくていい」

「で、でもっ、私のことなのよね?私のせいでこうなったんだから、ちゃんとけじめを…」

「大丈夫さ。おれがつけといてあげるから」


できるだけいつもの笑みで彼女の背中を押す。訝しげな目つきをおれに向け、男が苛立たしげに舌打ちした。


「さ、サンジくん…」

「ほら、あとで何か飲み物持っていってあげるから」

「サンジくん、私もうっ、……守られなくても、平気だから…」

「……え?」


立ち止まって振り返ったナミさんが真っ直ぐに見つめてくる。

その言葉を飲み込めずにいると、絞り出すような弱々しい言葉が続いた。


「もう、いいのよ……私に気をつかわなくて…」

「……気なんてつかって、」

「サンジくんは、やさしいから…………」



私と一緒にいるのが、辛かったでしょう?



「……………………」


何を、言っているのか。一瞬思考が停止する。辛いなんて思ったことは、一度もない。


一度も、ない。でも……


「辛いだろう」


満たされない彼女を見て、そう思わなかったことはない。


「いつも、私の傍で、苦しそうな顔してた……」

「…………そんな、こと、」

「ごめんね…………独りにさせて…」

「……………………」


ナミさんがそっと手を置いた胸の辺りに、温もりがすっと溶け込んだ。



そうだ、気づかないふりをしていたけれど、



どんなに愛を与えても、その心をすり抜ける。

いつだって孤独な彼女に寄り添うおれもまた、



ーー独りだった。





「………もう、楽になっていいのよ…」

「……………………」

「今までみたいに慰めあう関係じゃなくたって、サンジくんは私にとって……」



ずっとずっと、大切な人よ。



「…………ナミさん…」



恋よりも大切なものはないと思っていた。だって、君がおれの全てだったのだから。

これからおれは、恋よりも大きなものを手に入れることができるのだろうか。

少なくとも、これまで手放せずにいた鉛色の塊より温かいものを、目の前の彼女が与えてくれるだろう。



「ローと、話をさせて」



強い瞳を見つめ返し、いつもと同じように髪に触れた。

この人を愛したことは、決して間違いではなかったのだ。

そう確信した瞬間、心の底から彼女の幸せを願うこの手が、終わりの見えなかった頑なな扉を開けた。




Continued…

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ