過去拍手御礼novels3
□囚われの身
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「もう、…………別れようか」
絶対に、口にすることはないと思っていた言葉を発していた。
恋人同士になることができたとき、絶対に、彼女のことを放さない。そう、心に固く誓ったはずなのに。
「……そんなの、嫌よ…」
水平線に沈む夕陽が、彼女の表情を隠していく。よく見えなくて幸いだ。見てしまうと、おれはきっとまた彼女の罪を赦してしまう。
「このまま一緒にいても、同じことの繰り返しになるだけだ」
「もう二度としないから。だからおねがい……」
…………ゆるして。
甘えたような、哀しげな声。そうしてあげたいのは山々だ。でもおれは、傍にいて、これ以上彼女を不実の女にしたくない。
「……おれから離れる方が、君にとってもいいと思う」
「そんなことないわ……私はサンジくんと一緒にいたい。本当なの」
「そう言って、君はおれひとりに満足できないだろう?」
「もう、浮気なんて絶対にしないから。信じて……」
その台詞を、何度その口から聞いたのだろう。
当初は、人の女に手を出す男の方が悪いと敵意を向けた。でも、海賊のおれたちは、奪うも奪われるも立派な道理。
結局、彼女の心を繋ぎ止めておけないおれが、恋人失格なのだろう。
「…………ごめん、ナミさん…」
それ以上言葉を紡ぐことができなくて、背を向けた。
本当に、大好きだった。本当は、今もずっと愛してる。
何をされたって、嫌いになることなんてできやしない。
でも、だからこそ、惚れた女が他の男に触れられるのが、どうしても耐えられなかった。
「っ、……行かないで…!」
冷えた背中に重みを感じた。後ろから抱きついて、彼女がおれの足を止めている。
心臓に氷が刺さったような気持ちがして、自分の顔が歪んでいった。
「………放してくれ」
「嫌っ、行かないで!ひとりにしないで!」
「……ひとりにするわけじゃない。別れたって、ナミさんはこれからもずっと大切な仲間だ」
「うそっ、うそよ、サンジくんも、私を捨てるのね……?」
いつだって、おれを捨てるのは、君じゃないか。
「……違うよ」
「汚い女だって思ってる?私に、幻滅した?本当は、私のことが嫌いになったのね?」
「……そんなわけねェ。君には、おれの気持ちはわからねェさ」
「本当に、反省してる。頭ではわかってるの。こんなこと、最低だって……サンジくんを、裏切ってるって……」
「………………」
「……でも、ときどきすごく淋しくなって、それが止められなくて……自分でも、どうしようもなくなるの……」
だって、やめられないんだもん。
彼女はいつからか、ひとりになることを恐れ、孤独から逃げる術を覚えてしまった。
おれの苦しむ姿に愛を感じる。きっと、そんな癖がついてしまったのだろう。
愛しさのあまり甘やかしすぎてしまったおれが、全部全部、悪いのだ。
「……わかってる。全て、赦すよ…」
「ほんと?じゃあ、」
「だから、」
おれのことは、もう忘れて。
彼女の腕が、力なくおれから剥がれていった。
絶望を携えて訪れた、海の夜。
その闇に心を喰われてしまう前に、一歩足を踏み出した。
「サンジくんに、捨てられたら…………私、」
「……………………」
「……………………死んじゃうかも」
「っ、」
思わず、足を止める。その隙に掴まれた腕に引かれ、振り向く。
硬直するおれの首に彼女の腕が絡み付き、暗闇に映し出された大きな瞳に、囚われた。
「私が、死んでもいいの?」
「………………」
その瞳を見てしまったならば、最後。
おれはまた、底のない泥沼に足をとられ、のみこまれていく。
「悪いことは、やめにする……これからは、サンジくんのためだけに生きるわ……」
「………………」
きっとまた、その言葉は嘘になる。
本当は、全ての愛を、手放す気などないくせに。
いつまでたっても、この滑稽な作り事をやめられない彼女は、どうかしている。
だけど、そんな彼女をやめられないおれもまた、どうかしているのだろう。
「絶対に、あなたを放したりはしない……」
愛しい彼女の瞳から、一筋のしずく。
狂った世界の美しい住人は、おかしな愛を持て余して、道化のように笑うのだった。
囚われの身
もがけばもがくほど、奥深くまで沈んでいく。
END