過去拍手御礼novels3

□囚われの身
1ページ/1ページ




「もう、…………別れようか」



絶対に、口にすることはないと思っていた言葉を発していた。

恋人同士になることができたとき、絶対に、彼女のことを放さない。そう、心に固く誓ったはずなのに。


「……そんなの、嫌よ…」


水平線に沈む夕陽が、彼女の表情を隠していく。よく見えなくて幸いだ。見てしまうと、おれはきっとまた彼女の罪を赦してしまう。


「このまま一緒にいても、同じことの繰り返しになるだけだ」

「もう二度としないから。だからおねがい……」


…………ゆるして。


甘えたような、哀しげな声。そうしてあげたいのは山々だ。でもおれは、傍にいて、これ以上彼女を不実の女にしたくない。


「……おれから離れる方が、君にとってもいいと思う」

「そんなことないわ……私はサンジくんと一緒にいたい。本当なの」

「そう言って、君はおれひとりに満足できないだろう?」

「もう、浮気なんて絶対にしないから。信じて……」


その台詞を、何度その口から聞いたのだろう。

当初は、人の女に手を出す男の方が悪いと敵意を向けた。でも、海賊のおれたちは、奪うも奪われるも立派な道理。

結局、彼女の心を繋ぎ止めておけないおれが、恋人失格なのだろう。


「…………ごめん、ナミさん…」


それ以上言葉を紡ぐことができなくて、背を向けた。

本当に、大好きだった。本当は、今もずっと愛してる。

何をされたって、嫌いになることなんてできやしない。

でも、だからこそ、惚れた女が他の男に触れられるのが、どうしても耐えられなかった。


「っ、……行かないで…!」


冷えた背中に重みを感じた。後ろから抱きついて、彼女がおれの足を止めている。

心臓に氷が刺さったような気持ちがして、自分の顔が歪んでいった。


「………放してくれ」

「嫌っ、行かないで!ひとりにしないで!」

「……ひとりにするわけじゃない。別れたって、ナミさんはこれからもずっと大切な仲間だ」

「うそっ、うそよ、サンジくんも、私を捨てるのね……?」




いつだって、おれを捨てるのは、君じゃないか。




「……違うよ」

「汚い女だって思ってる?私に、幻滅した?本当は、私のことが嫌いになったのね?」

「……そんなわけねェ。君には、おれの気持ちはわからねェさ」

「本当に、反省してる。頭ではわかってるの。こんなこと、最低だって……サンジくんを、裏切ってるって……」

「………………」

「……でも、ときどきすごく淋しくなって、それが止められなくて……自分でも、どうしようもなくなるの……」



だって、やめられないんだもん。




彼女はいつからか、ひとりになることを恐れ、孤独から逃げる術を覚えてしまった。

おれの苦しむ姿に愛を感じる。きっと、そんな癖がついてしまったのだろう。

愛しさのあまり甘やかしすぎてしまったおれが、全部全部、悪いのだ。



「……わかってる。全て、赦すよ…」

「ほんと?じゃあ、」

「だから、」



おれのことは、もう忘れて。



彼女の腕が、力なくおれから剥がれていった。

絶望を携えて訪れた、海の夜。

その闇に心を喰われてしまう前に、一歩足を踏み出した。






「サンジくんに、捨てられたら…………私、」


「……………………」





「……………………死んじゃうかも」


「っ、」




思わず、足を止める。その隙に掴まれた腕に引かれ、振り向く。

硬直するおれの首に彼女の腕が絡み付き、暗闇に映し出された大きな瞳に、囚われた。



「私が、死んでもいいの?」


「………………」



その瞳を見てしまったならば、最後。

おれはまた、底のない泥沼に足をとられ、のみこまれていく。




「悪いことは、やめにする……これからは、サンジくんのためだけに生きるわ……」


「………………」



きっとまた、その言葉は嘘になる。


本当は、全ての愛を、手放す気などないくせに。

いつまでたっても、この滑稽な作り事をやめられない彼女は、どうかしている。

だけど、そんな彼女をやめられないおれもまた、どうかしているのだろう。




「絶対に、あなたを放したりはしない……」




愛しい彼女の瞳から、一筋のしずく。

狂った世界の美しい住人は、おかしな愛を持て余して、道化のように笑うのだった。




囚われの身





もがけばもがくほど、奥深くまで沈んでいく。




END

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]