過去拍手御礼novels3

□side-Law
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数十秒、経っただろうか。


あの男が、一度もおれを振り向かないままにこの部屋を去ってから。

女はしばらく、扉の横に佇んで思いつめたように俯いた後、弱々しい呟きを漏らした。



「……あんたが、あのとき言ったこと……」

「………………」

「私は、誰のことも愛してない、愛されない…………って」

「………………」



ーー本当だった。



風に散らされてしまいそうな声だった。まるで、絶望したかのようにますます下を向く。

こいつは、自分がどれほど歪な恋愛を繰り広げていたのか、ようやく今、知ったのだ。


「…………それで?」

「………………」


組んでいた腕を解き、もたれていた腰を上げ、女の前まで歩いていった。

後ずさって壁に背中を合わせた女の顔の横に、腕を置く。

呼吸をした拍子に瞳が交わると、その頬が途端に色を差した。


「あいつを捨てたということは、おれのものになる決意をした……と、そういうことだな?」

「………………」

「…………黙ってねェではっきりしろ…」


顔を近づけて低く言うと、おれから逃れるようにぎゅっと目を閉じた。

焦れったい。おまえはあのとき、おれになんと言ったんだ。


“あんたが、私を満たしてくれるって、言ったから……”


満たされたいのなら、答えはひとつ。どうすればいいのか、おまえにはもうわかっているはずだ。


「だ、だって…!わからない!ずっとずっと、あんたに言われたこと考えたけど……!」

「………………」

「あんたの、言う通りよ………今までは、さみしさを紛らわせてただけ、それは、愛じゃないっ。でも、だったら、」



愛って、なんなの。




どんな人間も、孤独では生きられない。そして孤独と反対のものを求めるあまり、ますます孤独につきまとわれる。

愛とは何か、考えるのは不毛だ。そんなもの、どんなに頭の良いやつに聞いたところで答えなど出ないのだから。


「…………おまえは、どうしたい?」

「………………」


髪に触れようとして、手を止めた。額を合わせようとして、ただ近くで見つめた。皮膚ではなく、温度で頬を撫でた。悪戯に唇へ近づいて、息を吹きかける。焦れったく。

もたらされない刺激に耐えかねて、女は自ら唇を合わせようとする。しかし、顔を引いてそれを許さない。

せがむような非難がましい視線を向けられて、口の端を持ち上げた。さァ、言ってみろ。


「おまえはあのとき、おれが“欲しい”と言ったな……?」

「………………」

「それは、おれのカラダが欲しいという意味か?」

「…………ちが、う…」

「まァ、それで満足できるなら、いくらでも突っ込んできもちよくしてやるよ。ただし、おれとおまえの関係はそれまでだ」

「違う…っ!!」

「じゃあ、……何が欲しい?」

「…………っ、」

「…………言わねェなら、もう行くぞ。おれも暇じゃねェんだよ」

「っ、ローのっ…!」



ローの、心が欲しい。



「そんな頼りねェ声じゃ、聞こえねェな」


切り捨てられて、くしゃりと歪む眉。こんな扱いをされたことがないのだろう。

無闇に甘やかすことと、愛は違う。それを、これからおれが叩き込む。


「……ろ、ローの心がっ、欲しいの!!」

「………………」

「ローに、受け入れてほしい、……愛され、たい……」

「……ほう、いいぜ?あんたになら、くれてやるよ」

「ほ、ほんと……?」

「本当もなにも、おれは端っからそのつもりだ。だが、タダではやれねェな」

「………………」

「わかるか?自分のことしか考えねェわがまま女にくれてやるもんは、何もねェって言ってんだ」

「………………」

「さみしさを埋めてくれる男なら誰でもいいと、見境いもなくホイホイついていく女に渡してやるほど、おれの心は安くねェ」

「………………」

「人の心なんざ、容易く手に入るわけがねェだろう?それに見合うもんを用意できねェなら、これ以上問答する意味はねェ。この話は終いだな」


我ながら、冷たい口調だと思う。けれど、ここで全てを変えなければ、また同じことが繰り返される。

涙さえ浮かべる女を見下ろして、表情を崩さず出口に向かう。

扉に手をかけたところで、腰に重みを受けて足を止めた。

何かを掴もうともがく白い手が、おれの腹でカタカタと震えている。



「なんでっ、……なんで私は、こんなに愛されてるのに、満足…できないのか、ずっと不思議で…っ、」

「………………」

「でも、あんたにっ、……あんたに言われて、やっとわかったの…!!」

「………………」

「私は、自分が愛されたいだけで、相手のことなんてこれっぽっちも考えてなかったのよ…!!」

「………………」

「やさしくされてっ、愛されたような気になって、……それで、そのときのさみしさをただやり過ごして…!」

「………………」

「けど、……違うっ、だって、私が愛さなきゃ…………相手だって、本当に私を好きになってくれるわけ、ないっ!!」


…………当然の、ことなのに。



頭のいい女だ。そんなこと、最初から理解していたに違いない。

それを脅かすほど、胸の穴は大きく風を通していたのだろう。

ゆっくり振り向くと、ぽろぽろと溢れる滴を拭わせることもせず、上を向かせた。



「もう一度、聞く……」

「………………」

「おまえは、どうしたい?」



もう、人に好かれるために笑みをつくる人形は、そこにはいなかった。



「私は…………」

「………………」

「私は、……あんたに、本当の意味で愛されたい……」

「………………」

「だから、約束する…………絶対に、」



私も、あんたを愛してみせるわ、ロー。



「あァ、それでいい…………ナミ」



髪の中に指を絡ませ、唇を押しあてる。角度を変えて深く交わると、それを合図に互いの身体をきつく掻き抱いた。


同情や、遊びでいいなどと、二度と口にさせたりしない。

本当の愛を知らないと言うのなら、これからじっくり知るがいい。


温もりは、奪うものじゃない。互いに与え合ってこそ、心の震えは止まるのだ。


おれは、おまえの孤独から決して目をそらさない。


足りないものを得るためには、自分の持つ何かを相手に与えてやればいい。


そうすればいつか、そのガラガラに隙間の空いた心の中も、……




デッドスペース





おれで埋め尽くされてしまうから。





END

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