過去拍手御礼novels3

□恋は恋
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どうして、こんなことになってしまったのだろう。



捧げたものが多いから、その分多くの見返りを期待しすぎていたのかもしれない。

ただ、誰よりも近くにいたいだけなのに。そう思うことは、罪なのだろうか。



「………おかえり」

「…………おー…」

「どこに行ってたの?」

「…………どこでもいいだろ」



私が今、どんなに冷静な瞳をしているか、男は知らない。

いつものように突然後ろから強く抱かれても、今日だけは、私から彼に触れるわけにはいかないのだ。

この、虚しいだけの恋には、別れを告げると決めたのだから。


「外、寒かったでしょう?こんなところにいないで、早くお風呂に入らないと風邪ひくわ?」

「おまえとヤればあたたまる」


言うなり、大きな手が服の裾から滑り込んで、胸の形をなぞりはじめる。

可笑しなことを言う人だ。その身体に抱かれる度、私は熱を失っていくというのに。

そんなに寒いのなら、今の今まで一緒にいた陸の女とでも、あたためあっていればよかったじゃない。



「……仕事が終わってないから」

「後にしろよ」

「あんたに付き合ってあげる時間はないわ。それから、もう勝手に部屋には入ってこないで」


強い力で手を引き剥がす。私の異変を感じ取ったのか、男はにわかに動きを止め、少しだけ私の方に顔を向けた。


「………は?……んだよ、ご機嫌ナナメか?」

「いつもこんなもんでしょう?それより、あんたさっきから重いのよ。はやく離れてちょうだい」

「……チッ、わかったよ、仕事とやらが終わるまで待ってやる」

「残念だけど、待ったってさせてあげないわよ?たぶん、あんたには一生ね」

「はァ…?おい、男でもできたってのか?」


嘲るような口調に、唇を噛み締める。おれしかいないくせに。そうだ、私にはずっと、あんたしかいなかった。

でも、あんたはそうじゃない。

だから、決めたのだ。どんな嘘をついてでも、私はこの不釣り合いな恋と決別する。



「………そうよ、男ができた」

「………………」

「すごく、素敵な人……誠実で強くてね、やさしい人……」

「………………」

「私は、その人のためにある……だからあんたにはもう、」



…………何もあげない。



はらり、重たい腕を払いのけた。扉を開き、出ていってくれるよう目配せする。

男は床を軋ませて出口へ向かう。やっと終わる。この、長く苦しい胸の痛みも、生まれて初めてだった甘い夢も。

ただの仲間だった頃と同じ。全て、もとに戻るのだ。



「…………っ、きゃッ…!?」

「誰だ…………」



大きな音を立てて、扉は閉められた。その内側には、立ち去るべき人の姿がある。

突然壁に押し付けられたかと思うと、地を這うような低い声が私に向かう。

火の宿るその瞳の恐ろしさに、思わず息をのむ。


「…………なっ、」

「どこのどいつに同情してやった?」

「………………」

「…………別れろ」

「……え?」

「どうせ相手はろくでもねェ野郎に決まってる。てめェは、男を見る目がねェからな」


よくもそんなことが言えたものだ。私がずっと、誰を想っているかも知らないで。

こうして今向かい合っているろくでもない男に、これ以上振り回されたくはない。

だから私は、こうすることを決めたのだ。


「……私は、彼を本当に愛してるのよ…」

「………………」

「だから、あんたとは縁を切る」


迷いのない言葉は、男の眉間の皺を深くした。

ぎりっと握りしめられて、手首より上がみるみる血を失っていく。

はっ、と荒く息を吐くと、普段無口なその口が、矢継ぎ早に私を急き立てた。


「聞こえなかったのか…?おれは、別れろって言ったんだ。縁を切るのはその男とだ。てめェに男なんて必要ねェんだよ。ルフィだかコックだか知らねェが、別れろ。今すぐだ」

「無理よ」

「あ?」

「そもそも今すぐなんて無理よ。だって私が付き合ってる人って、……ルフィの、お兄さんだもの」


誰でもよかった。ただ、すぐにバレない人、そう思った。それから、この男ですら敵わぬような、とても強い人。

思った通り、放心した瞳でその人の名を呟いて、男はますます眉間の皺を深くした。


「……てめェっ、何考えてやがる…!?」

「いっ、た…!」

「別れろッ!!そんな、もう二度と会えねェかもしれねェ男を想ってなんになる!?」

「それでもいいの!二度と会えなくても、愛してる!」

「っ、くだらねェ、てめェは一時の感情に流されてんだよ!どうせ他所でも女つくってる!あいつはやめろ!!」

「っ、どうして、そこまで言われなきゃいけないの!?」

「どうしてもだ…!おれに許可なく勝手な真似すんじゃねェ!!」

「…………ーーの…」

「あ?」



あまりにも、理不尽な話ではないか。

私の心や身体に対して責任をとるつもりなんて、微塵もないくせに。




「あんた以外の男に、…………抱かれてみたくなったのよ」



痺れるような痛みを受けた。男の大きな爪が、手首に深く刺さっている。

痛みに顔を歪めて見上げると、強烈な怒りを纏わせた男が、ギリッと歯を鳴らしたとこだった。


「てめェ…!!おれじゃ物足りねェとでも言うつもりか!?他の男にまで頼らなきゃならねェほどか!?あァ!?」

「っ、それは、あんたの方でしょう!?あんたこそ、女一人に満足なんてできないくせに!!」


鬼のような目を睨み返す。どうして、こんな男を好きになってしまったのだろう。

ただ傍にいたいだけなのに、気がつくと遠くへ行ってしまう、こんな男を。


「おれがいつ満足できねェっつったんだ!?」

「いつでもよ!!あんたに私の代わりはたくさんいる!!だからっ、私もあんたの代わりを探すのよ!!」

「っ、代わり、だと…!?」

「あんたが私とエースを別れさせたいのは、私と、できなくなるからよ!!でも、私以外にも抱ける女ならいるでしょう!?」

「………………」

「……私はっ、あんたの欲を満たすためにいるわけじゃ、ないっ、」

「………………」

「だから、あんたにあげるものはもう、…………何も、ないのよっ、」

「おまえ、…………」



そんなふうに、思ってたのか…………。



そう呟かれた言葉の意味は、わからない。ただ、涙で霞む視界の中で、男はゆっくりと呼吸をした。




「……………わかった」

「………………」

「おまえにはもう、手ェ出さねェ……」

「………………」

「おまえ以外の女を抱いたりも、しねェ」

「………………な、」

「だからっ、………」




だからおまえは、あの男と別れろ。



「…………なん、で?」

「なにがだ…」

「なんで、そこまでして……」


別れさせたいのか。そうたずねると、男は眉を寄せ、至極真剣に私を見つめた。



「そんなの、決まってんだろ……」

「………………」

「おまえがおれ以外の男に、抱かれていいわけねェからだ」

「………………」

「おまえ以上に必要と思える女も、大事なものも、……」



おれにはねェ。




呆れてしまうほど、この男は不器用なのだ。それはつまり、そういうことに違いないと、今になって私を驚かせているのだから。

最初から口にすればいいものを、わざわざ遠回りするなんて。

けれどもやっぱり、私たちにとってはこれが、精一杯の形なのだろう。

不純だし、間違いは多くある。

相手を想ったところで、どうすればいいのかさえ、私たちにはわからない。

それでもいい。虚しいだけの想いには、今ここで別れを告げる。愚かだと、多くの人が笑っても、



恋は恋




なのだから。




END

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