過去拍手御礼novels3

□side-Nami
1ページ/1ページ




机をタップする指の影が、灰皿の側面にちらちら映る。


実を言うと最初からだ。気になり出したら止まらない。どうしてもそれが目について、つい目線を下にやる。

私がしゅんとしているようにでも見えたのか、今までため息混じりに唸っていたサンジくんは、口の中で煙草を転がすのをやめて身を乗り出した。


「別に、君のことを疑ってるわけじゃねェんだよ、ナミさん」

「え?」

「そりゃあ、ナミさんがそんなことをする人じゃねェのは、おれがいちばんよく知ってる。しかも相手があいつだしな、尚更あり得ねェ」

「………………」

「…ただまァ、無断で野郎と一晩一緒にいられちゃさ、なんつーか……事情がどうあれ、一言言っておかなきゃならなくなる。君の恋人としてね」

「……うん」

「酔ったレディにとって、夜道が危険なのは最もだ。だが、たとえば外泊するなら、その旨を誰かしらに伝えておいてくれ。いいかい?」

「ええ、そうよね、ごめんなさい……」


反省したそぶりを見せれば、彼は口元を緩めて「心配したんだよ」と、今朝と同じ台詞を呟いた。


「確認だけど、…昨日ナミさんたちは飲んだ帰りに海軍を見かけて、近場の宿に避難した……それだけなんだよな?」

「そうよ。ふたりとも相当飲んでたから、大事をとって外には出なかった。もちろん、ゾロとは別の部屋をとってね」

「ならいいんだ。非常事態なら仕方ねェ。ナミさんは悪くねェ。あの野郎には、あとでおれがじゅうぶん説教しとくさ」


朝も早くて疲れてるだろうから、休んでおいで。そう言って微笑むと、短くなった煙草の火口を灰皿の底に押し付けた。

象る多角の面が、肌色をきらきらさせて万華鏡のように揺れる。


気になり出したら、止まらない。


不問にしてくれるというサンジくんそっちのけで、視界の端に目を奪われる。

いくつか、いや、いくつも嘘をついた。

魔女だ、泥棒猫だなどと囁かれてはいたけれど、まさか自分がこんなに悪い女だったとは。

謝る気もなければ、罪の意識を感じる余裕もない。それほどまでに、私の頭の中では昨日の出来事がめまぐるしくちらついている。



ーー−


「……昨日あれだけ酔っぱらって人に迷惑かけといて、懲りねェやつだな」

「何言ってんの?昨日のお酒と今日のお酒は別腹じゃない。つまり、昨日かけた迷惑と今日かける迷惑は別物よ」

「どんな理屈だそりゃ……」


あんなことをしでかしたと言うのに、性懲りもなくこの男と酒を並べる。

仲間の女と関係をもっていながら、いつも通り素知らぬ顔で1日を過ごしてみせたこいつは、私に負けず劣らず図太い神経の持ち主だった。

ウミネコの鳴く声だけが、闇夜の甲板を這っていく。


「……あんたといるとこ見られたら、サンジくんに怒られるかしら?昨日の今日だし…」

「だからって不自然に避けてたら、それこそ“ヤりました”って言ってるようなもんだと思うが?」

「……もう、少しはオブラートに包みなさいよね。あんたってほんとデリカシーのない男」


へいへい。と、いつも通りの気の抜けた返事。

わからない。どうしてこの男が、突然私なんかに手を出したのか。

本人に向かっては絶対に言ってやらないけれど、この男、女にはけっこうウケがいい。

金を持っていないと言っていたあのときだって、ただでヤらせてくれる女ならいたはずだ。

普段口にしないような秘め事めいた駆け引きをしてまで、わざわざ私をその気にさせる必要が、あっただろうか。

やはりお手軽な女に見えたのか、それとも、案外人の女を寝とるのが趣味の、いけ好かないやつだったりするのかもしれない。


「……そういえばあんたさ、帰ってきてからサンジくんに何か言われた?」

「おー……おまえに手ェ出したらぶっ殺すだの、おまえを危険な目に遇わせるなだの、もっとおまえに気をつかえだの……そりゃあ散々な」

「そう、なんだ……」


まァ、もう遅いけどな。そう、乾いた笑いをこぼして酒を煽る横顔。

まるで炎のような昨夜の交わりを思い出し、無意識に眉間を強張らせる。

そんな私をチラリと見て、ゾロはひどく醒めた口調で呟いた。


「……心配すんな。わざわざバラしたりしねェよ」


やっぱり私たちは、ちょっとした気の迷い、一夜限りの関係なのだろうか。あんなに情熱的に触れた手も、驚くほどの熱い言葉も、これっきり。


そう思うと何故か、トクトク音がしている胸のところが小さくなった。


「……あ、あのさゾロ…」

「おう」

「……昨日の、ことだけど…」

「………………」


昨日の、ことだけど?それで?私は、この男に昨日のことを思い出させて、どうしようというのだろう。

まさか、「忘れないで」とでも言うつもりなのだろうか、まさか、そんなことあってはならない。


「……まさか、本気にしてないわよね…?」

「………………」

「実はあんたもそんなに覚えてないんでしょう?だからあれはその、……無し、よね?」

「………………」

「……も、もうほんと、お酒の力って怖いわよねー!これに反省しても、控えられないところが悲しいんだけど!あはは…」

「………………」

「………ま、まぁ、とにかく……」


昨日のことは忘れましょう。


勝手に口がそう言ったけど、出た言葉は取り返せない。

どうしていいかわからずお酒に手をつけようとすると、その手を思い切り掴まれる。

驚いている間にもゾロは私を引きずるように倉庫へ押しやって、昨日みたいに壁へと縫いつけた。



「てめェは嘘をつくのが下手だな」

「な、」

「何が“忘れろ”だ。忘れられねェのはてめェの方じゃねェのか?」

「いつ私がそんなこと…!」

「自分じゃ気づかねェようだが、てめェのその目は、口以上に物を言う」

「っ、」


ドキリとした。鋭い瞳は、私の瞳孔の動きひとつ、逃さない。

私の身体を自分の体重で壁に押さえると、何度もマメの潰れたような太い指で顎を持ち上げた。


「おれは覚えてるぜ?てめェの身体も、声も、温度も、匂いも、表情も…」

「っ!やめてっ、」

「おれがてめェに言ったこともな……あれじゃ足りなかったか?そうか、欲の深い女だからな」

「ゾロっ、どうして…」

「どうしてもくそもねェだろ」



欲しいんだよ、おまえが。



その言葉を表すように、キスが私を飲み込んだ。ざらりとした舌がえぐるように擦り付けられて、鼻から吐き出すしかない息は甘くなる。

すぐに腰から撫で上ってきた手のひらが胸を掴み、やや乱暴にシャツをのボタンを弾いていく。

力の入らない腕は、形ばかり嫌がるふりをする。下着をずらして胸の先端を指で擦ると、私が反応したのを見て、ゾロは獣のように荒く息を吐いた。


「やっ、…き、昨日も、あんなにしたのに…!」

「何言ってんだ。てめェの理屈じゃ、昨日ヤったのと今日ヤるのは別物だろうが」

「そんなこと言って、ないっ、…は、ぁ、」

「懲りずに濡らしてやがるくせに、ほら、……ここだろ?」

「……あ、やぁぁ!!」


簡単に身体を跳ねさせた私にもう一度唇を重ねると、ゾロは器用にベルトを外して抱えた足の間に割り込んだ。


「……力、抜いてろよ…」

「や、待ってよ、だから昨日のことはっ…!」

「勝手に言ってろ。てめェが昨日を忘れるなら、おれは今日またてめェを抱くまでだ」

「っ、……そんな、」

「バラしゃしねェよ。言っただろ、おれはてめェの欲しいもんをくれてやる。その代わりに、てめェはてめェ自身をおれによこせ」

「ぁ、…ぁぁああッ!」



入ってきたその熱は、防ぎようもなく私を翻弄する。

それから、求めて求められる関係になるのは容易なことだった。

やさしい恋人と別れるつもりはない。でも、ゾロの熱も必要だった。

人間の欲深さとは、時に矛盾を退ける。


ああ、そういえば、視界の端でいつもゆらゆら揺れていた。それが、とうとう目の前に現れて、これでもかと私の視線を奪っていく。


気になり出したら、止まらない。


今この瞬間、私にはもうあんたしか、見えてない。




Continued...

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ