過去拍手御礼novels3
□スリルな恋人
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目撃者を装って、隙間の空いた扉の前に立ち尽くしてやったんだ。
最初に気づいたのは、男の方。隈に縁取られた灰色の眼がおれを捉えると、見せつけるかのように彼女の脚を高く引き寄せ、腰を打ち付けた。
次に気づいたのは、彼女。「見ないで」と叫ぶのは、上等な宝玉の瞳。男に揺さぶられながらも快楽と理性に悶える様は、実に官能的だった。
戯れに首を振って形ばかり拒んでみせるが、刺繍の右手にいやらしくまさぐられると、その肢体は悦びに波を打つ。
男の眼はおれを射て、唇は揺れる胸を貪って、悪戯に彼女を鳴かせるような真似をして、せせら笑う。
優越感というやつならば、頭の先までどっぷり浸かって、二度と上がってこなければいい。
そう言ったのは、おれの中で燃えていく、赤黒い欲望だった。
ーー−
「口止め料……ってやつですか?」
「察しがいいじゃない」
やや投げやりに応えると、彼女はおれにもわかるくらい高価なワインの栓を抜いた。
「知らなかったなァ。まさか、あんな野郎とナミさんが、あんなにハレンチな…」
「それ以上言ったらその口の中に雷放り込むわよ?」
本当は、とっくに知っていたのだけれど。
注ぎこまれる深紅の液体。ここに毒でも混ぜてくれたなら、おれは彼女を想う可哀想で純な男のまま死ねたのに。
「奴とは、付き合ってるのかい?」
「……まあ、一応そういうことになってるわ」
「へェ……あの野郎のどこが気に入ったの?」
あんなに淫らな声を奏でていた唇が、ワインで濡れる。
「どうしてそんなことを聞くのよ」と警戒する仔猫に、「今後の参考までに」と嘯いた。
腹を割る気になったのか、開き直ったのか、彼女はため息まじりに頬杖をつき、グラスの中のワインをくるくる回す。
「あいつはね、バランス感覚が良いのよ」
「バランス感覚?」
「そ。甘やかすことと、突き放すことのバランスが絶妙なの。誰かさんと違ってね」
「はは、もしかしておれのこと言ってます?」
「それに、あいつってば女には興味無さそうに見えるでしょ?でも、けっこう嫉妬深くて情熱的っていうか…まあ女はそういうギャップに弱いから」
「ふーん、それでおれたちに隠れてそういうことになっちまったわけだ」
わざとらしく納得してみせたのがお気に召さなかったのか、彼女の大きな瞳がおれを睨んだ。
「……あんた、他のやつらにバラしでもしたらただじゃおかないわよ?私の裸を見たことだって、見逃してやってるの。忘れないで」
忘れないで。と言うくせに、君はいつだって、おれの心の燃える炎を無かったことにしてしまう。
飲み方も知らない高い酒を胃に流し込むと、弱気な自分が鼻から抜けて、冷徹な悪魔にでも生まれ変われたかのように高揚した。
「……何言ってるの、ナミさん」
「え?」
「見られてるって知ってたくせに、あんなに盛り上がってたじゃねェか」
「…っ、あんたね!何が言いたいのよ!あんたこそ、紳士なら普通、見なかったことにするんじゃないの!?堂々と覗き見なんていい趣味してんじゃない!」
見ようとして見たのだから、当然だ。おれはあくまで目撃者を装った確信犯なのだから。
逆上した彼女の手が、おれのシャツの襟を掴みにかかる。
危ないよ、今君が近づいて、その手で触れているのはとてもずる賢い狼だ。
彼女の迫る勢いを利用して、腕と腰を引き寄せた。膝の上に縫い止めて動きを奪い、耳の下に息がかかるように囁いた。
「おれに見られて、興奮した?」
びくり、手首に動揺を走らせると、彼女は全力でおれの胸板を押し返す。
それは仔猫の甘噛みかと思ってしまうほど。あまりに非力で笑ってしまった。
「興奮なんてするわけないでしょ!?なっ、なに笑ってんのよ!サイテーッ!!」
「いやー、くくっ、ナミさんかわいいなァって」
「いいから放しなさいよ!!」
「おれ、ナミさんがあいつと付き合ってる本当の理由、」
ーー知ってるよ。
そう言ってやると彼女が小さく戸惑いの声を出したので、そのうちに腰を抱き込んで、深いとこまで密着させる。
吐息に熱をこめて、もう一度耳元に近づいた。
「クルーに隠れて他の船の男と関係持つのってさ、いかにもスリルだもんな」
「……な、」
「いつ見られるかわからねェ中でイケナイ事するなんて、ぞくぞくしてたまらねェ。ナミさんは、そういうのが好きなんだろう?」
「……っ、」
息苦しそうな顔でおれを見て、雪の頬に赤い華を灯した彼女。
「違う違う」と泣き声のように弱々しく反論する声が、悪魔の赤い欲求に油を注ぐことになるとも知らないで。
ねえせめて、その手でこの心臓をえぐりとってくれたなら、おれは君を想う可哀想で純な男のまま死ねたのに。
ただ君を想っているだけの、意気地無しのまま死ねたのに。
「もっとスリルのあること、してみたいと思わねェ?」
「……サンジ、くん、何を、言って…」
「ねェ、もしおれにこういうことされたって知られたら、君はあの短気な男に殺されちゃうかもしれないね?」
「はっ、……ぁ、やだ…」
はだけさせた胸元を、指の先と唇でくすぐるように可愛がる。
自分のモノを擦り付けて刺激を送ると、彼女はあいつに抱かれているときとまるで同じような声を出した。
「よその船の船長と秘密の関係ってのもまァ、いいけどさ…」
「っ、ん、……」
「そんなありがちな話なんてのはすぐに飽きがきて、もっと刺激的な恋がしたくなるに決まってる」
「はっ、あ、サンジくんっ、」
「仲間と秘密の恋人同士になって、あいつの裏をかいてやるのさ。そうすれば……」
プリンセスがお望みの、燃えるようなスリルが手に入る。
おれの中の紳士と狼のバランスは、こんなもの。
射るような強い瞳をしたおれに、彼女はごくりと喉を鳴らし、好奇心剥き出しの仔猫のように口づけた。
これが優越感というやつかもしれないが、どうやらおれは、とっくに欲望の海に溺れ死んでいたらしい。
きっと、今よりずっとすごい夢が見られるよ。だって君は、どうしようもなく、危険な男が好きだから。
スリルな恋人
さァ、血が湧き肉も躍り出すような、素敵な恋を。
END