過去拍手御礼novels3
□side-Nami
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なんだか、サンジくんの様子がおかしいのよ。
気がついたのは確か、1週間ほど前のこと。
「どこが」なのか、はっきりとはわからないし、「何が」とは言えないけれど。
「……あいつはいつも変だろうが」
独り言に返事が返ってきたような気分になって、瞳を瞬く。
首筋からのっそりと緑の頭を持ち上げたゾロが、艶かしく唾液で濡れた唇で呟いたものだった。
「そういうことじゃなくて……もしかしてサンジくん、私たちのこと気づいてるんじゃ…」
「だったら今頃呑気に宴の準備なんてしてねェだろ。下手くそな鼻唄まじりで」
「そりゃあそうかもしれないけど……」
「心配してるわりには不用心だな。こんな時間からおれに脱がされやがって」
「それはあんたが!…っ、ァんっ!」
「あいつはどうせ欲求不満かなんかだろ」
「だからっ、それもあんたが根こそぎ私の体力奪うから……っ!」
どうでもいいと言わんばかりに喰らいついた唇が、斜めから舌を巻き取った。
役目を果たさなくなった衣服が、展望台の固すぎない床にずるずると這っていく。
胸の肉へ指を食い込ませ、柔らかさを確かめるような動きを見せた後、野生の吐息が皮膚を濡らす。
それが、どうしようもなくぞくぞくして、やめられなかった。
私には、この関係のどこに「終わり」があるのかなんてわからなかったし、知りたくもなかったのだ。
まっすぐ綺麗に流れていた髪の毛が絡まってしまったとしても、それをほどきたくはない。
そんなことをしたら、引っ張りすぎて途中で切れてしまうかもしれないじゃない。
そんなのは、嫌よ。だって私は、心地の好い愛され方を、彼からも、そしてこの男からも貪りたい。
ーー−
ルフィが巨大魚を釣り上げた。今夜はそれが宴の口実となった。
ただでさえ仕事の多いコックの彼は、そんな日は休む間もなくフル稼働している。
それをいいことに、人目を盗んで他の男と行為に及ぶ自分に呆れないでもない。
だけどそれも今に始まったことではないし、もともと淡白なゾロはふたりの時以外、私に触れることはない。
だから今まで、仲間に気づかれるような失態は犯さなかった。
「おいナミ、酒がねェ」
「あるじゃない」
「足りねェっつってんだ。そっちのよこせ」
「あんたってやつは……本当に飲むか寝るか鍛えることしか考えてないんだから。しょうがないわね」
「金のことしか頭にねェやつに言われたかねェがな」
「なんですって!?」
ルフィとウソップとチョッパーの調子外れの歌をバックに、黙々と酒を舐めていた男。
さっきまで野生の獣と化していたくせに、仲間の前でする会話といったら、こんな色気のないものだ。
ブルックが後ろの騒ぎに加わって、ゾロの隣ががらんと空いた。
言うに事欠いてそんなことを視認していると、突然背中にずしりと重みを受けた。
「ん〜〜、ナミさぁーん……」
「サンジくん!?……どうしたの!?」
「ナミさんナミさぁーん、ちゅー」
「なっ、……っ、」
働きづめで疲れたのか、一通り給仕を終え安心したのか、はたまた周りの喧騒に気が大きくなったのか。
考えられないほど正体を無くしたサンジくんが、後ろからだらりとのしかかり、動きを封じる。
かけようとした声は、煙草からアルコールの匂いへ変えた唇に、あっという間に飲み込まれた。
「……そういうのは、裏でやれ」
抑揚のないゾロの声に続き、「裏でやれー!」といういくつかのガヤが飛ぶ。
サンジくんは赤面する私を横抱きに抱え、酔ってくだを巻いていたとは思えない足取りで女部屋を目指した。
「ちょ、…やだ、おろしてっ!」
「えええ?ナミさん好きでしょ?お姫様だっこー」
「そういう問題じゃないわよ!」
へらりと笑って私の抵抗を交わす彼の腕の隙間から、剣呑な空気を纏わせたゾロと目が合った。
ほら、勘違いなんかじゃない。
言ったでしょ?「サンジくんの様子がおかしい」って。
「ちょっと!どうしちゃったの!?わかってる!?今夜はロビンが見張りの日じゃないんだからね!?」
「ロビンちゃんは大人だから、気ィつかってくれると思うけど?」
「あんたね……いい加減にして!飲み過ぎなのよ!」
「ほんと、怖ェよな……」
酒の力って。
「……え?」
彼は、ベッドの上に転がした私を見下ろして、無機質な声を奏でた。
あの日の泥酔した自分が脳裏に浮かぶ。喉が渇いて渇いて仕方がなくて、飲めば飲むほど脱水状態になるのがわかっていても、やめられなかった。
「近頃全然させてくれねェし、ナミさんが恋しかったんだ……いいだろう?」
ろくな愛撫もなく下着を足から抜き取られると、彼の猛りが押し付けられた。
生ぬるい感触に息をのむ。腰を引こうとするが許されず、「挿れるよ」という声と共に、粘膜同士が触れ合った。
「ゃ、……いやっ……!」
「嫌?おれに向かってその台詞はおかしいぜ」
「……だってっ、」
「自分が誰の女か、わかってる?」
「い、……ぁぁッ……!!」
氷のような瞳の色に、身体中が硬直した。
一気に中を貫いた熱が、奥の奥でぴたりと止まる。
彼は、つーっと耳に落ちていく私の涙を見つめていた。
「…………なんか、さ……」
「ひっ、……ぁ、サンジ、くんっ、」
「最近、ナミさん…………」
変わったよな、身体。
「……っ!!」
「あの体力バカのせいで、おれの相手する暇なんてなかった?」
「………………」
「それとも……そんなにあいつにハマったの?」
「っ、なん、で……」
垂れ気味の青い瞳が、遠くを見るように細くなって、哀しく揺れた。
「………だめだよ、おれの誘導尋問に乗ったりしちゃ…」
「………………」
「そんな顔されると、気のせいにもできなくなるだろ……」
「…………ぁ、」
初めて、「怖い」と思った。
やさしい彼に醜い嘘を暴かれて、やっと。
「これで、君を抱くのは最後だから……」
「………………」
「せめて朝になるまでは、恋人を気取ったって許してくれるよね?」
私の唇か、それに触れた彼の指か。ひどく冷たくて震えていたことだけが、この夜の記憶。
もうずっと、彼の様子がおかしかったわけじゃない。
変わってしまったのは、私の方なのだから。
Continued...