過去拍手御礼novels3
□もし、過ちを犯すとしたら
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いずれにせよ、もし過ちを犯すとしたら、愛が原因で間違った方が素敵ね。
そんな綺麗事なんて、たくさんだ。
はきだめのような世界を抜け出して、海へ出た。それを過ちと言うのなら、過ちとは幸福へのささいな妥協にすぎない。
倫理だとか正義とやらの道を踏み外して久しいが、波を行く船の脚は、人の道を進んでいる。
浮き世様では極がつく悪人の彼だって、見る者次第で太陽にも、月にもなる。
声には出さず愛されたいと云った、孤独で飢えた誠の男。生へのしがらみなど忘れさせる強い瞳を、私は無償で信じている。
だから、愛が原因の過ちなんて、喜劇よりもわざとらしい。私にとっての過ちは、愛を裏切ることなのだから。
いずれにせよ、私は決して、過ちなんて犯さない。
それなのにーー
「…………どいてルフィ」
「いやだ」
「冗談やめて」
「冗談だと思うのか?」
思わないからやめてと言っている。彼と同じ、黒い瞳と黒い髪をもつ男。彼と同じ海の匂いのする、彼とは似て非なる人。
彼と育ち、彼が最も大切にしている男。
どうして私の瞳は、この男を見つめているのだろう。
「こんなこと、……許されるはずがない」
「許されなくたって、おれはやめねェ」
「あんたは言ったわ?“ナミをよろしく”って、そう言ったじゃない……」
ーーエースに。
暗い部屋に這う深沈に、終わりは見えない。落っこちてしまったのはきっと、ぽっかり空いた空虚の堀。
傷だらけの指がボタンを穴から抜き取るだけで、容易く身体を隠すものは無くなった。
転がる私の肉体に、彼のものより細い手が、ただ触れる。生ぬるい皮膚を経て、心臓の音を確かめるかのように。
男の瞳は、私の瞳から動かない。
「言った……その時は、そう思ったから、そう言ったんだ。でも、」
「でも、なに」
「でも、それだけじゃ、…………足りなくなった」
どうして、そんな瞳で私を見るの。
私はあんたのこと、この身が朽ち果てたって傍らにいたい人だって、共に戦い、死んでもいいほど信頼できる人だって、思っているのよ。
それなのに、あんたはそれだけじゃ、嫌だと言うの。
「嫌だと思っても、どうにもならないことはあるのよ」
「どうにもならねェなら、どうにかする」
「どうにかなったら、誰も罪人になんてならないわ」
「それがどうした。罪人なんていくらでもなってやる」
「そう、……そうなの…」
強欲な人なのね。欲なんてないのだと、思っていたけれど。
言葉など掠れる息に負けてしまって、そっぽを向いた。このまま灰にでもなって、きらきら舞って消えてしまえたら、楽なのに。
胸部のふくらみを這いずりのぼった手のひらが、頬に触れる。
お願いどうか、呼ばないで。
「ーーナミ…」
そう呼ばれたら、あんたを見ずにはいられないから。
「………………」
「ナミ、おれは、悪いやつだと思うか?」
「思わない。でも、」
「でも、なんだ」
「ずるい男だと、思うわ」
そっか。と言って、そして赤く塗られた紅を親指で削ぎ落とした男は、やっぱりずるい。
そう思うのだから、鬼や悪魔のように罵ってやればいいのに、そうしない私はもっとずるい。
似て非なる黒髪が、額に触れる。瞳に焼き付くのは、彼の弟。
「ナミ、おれ……」
「………………」
その先は、言わないで。
もしもその先を聞いてしまったならば、私は……
「おれ、…………おまえが好きだ…」
愛する人を、間違えてしまうじゃないの。
アダムとイヴだって、禁断を犯してしまったのだと聞くわ。
私たちは、生きている限り必ず罪を犯してしまう生き物なのかしら。
いずれにせよ、もしこの口づけが過ちと言うのなら、過ちとは、甘い苦しみを言うのでしょう。
もし、過ちを犯すとしたら
愛が原因で間違った方が素敵ね。
END