過去拍手御礼novels3
□君が綺麗になった理由
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「もしかしてナミさん、素敵な人でもできたの?」
「どうして突然そうなるのよ」
「最近、前にも増して美しさに磨きがかかっているからさ」
半透明に揺れる青の髪飾りがいいと言ったのは、おれだった。
まるで海の色だね。そう囁いたけど、本当は、おれの瞳に似ているような気がしたからだ。
おろしているのも大人っぽいけど、うなじが出ているのはもっと色っぽい。
そんな言葉、忘れたわ。君はそうしらを切るのかもしれないけれど、アップにした髪には今も、青い細工が控えめに光っている。
「私は元から綺麗よ」
「もちろんそれは知ってます。けど、最近なんつーか、身体つきも表情も女っぽくてたまんねェし、肌も……艶々だし…」
寝かせた指で心臓に向かって甲をなぞっていくと、小さな丸テーブルの上に置かれた色白の腕が、ぴくりと跳ねる。
一瞬で頬に朱を差した後、彼女は氷のたくさん入ったグラスをぎゅっと握った。
「ど、どこ見て言ってんのよ!セクハラコック!」
「ねェ、君をこんなにしたのは誰?妬けちまう」
「だ、誰とかっ……いないわよ、そんなやつ…」
「ふーん……ま、そんな男が現れたら、おれが許しちゃおかねェけど」
気づいているだろうか。その淡い色の爪も、蝶に飾られたサンダルも、小さなピアスも。
全部、おれが特別に誉めた物だってこと。
向こうの席でこっちを眺めて微笑む、黒髪のレディ。
彼女が、「ナミが綺麗になったのは、いったい誰のせいなのかしら?」とおれにけしかけてくる訳を。
「……そ、そんなことより、サンジくん、あっちに行かなくていいの?ルフィが食べ過ぎて倒れてる」
「どうしてルフィを気にするんだい?まさかナミさん、あいつに気があるの?」
「だからなんでそうなるのよ」
「だってさ、恋人がいねェなら、片想いでもしてるんだろう?恋する乙女が美しいってのは、海賊界でだって常識だぜ?」
「ち、違うわよっ、ルフィじゃないわ!」
「“ルフィじゃない”?……じゃあ誰?」
「…………っ、」
「マリモ?」
「なんであいつと!」
「もしかしてナミさん、ローのやつにそそのかされてんじゃ…」
「ち、違うったら!!」
「違うの?じゃあ…………」
おれだったりして。
「……ーーっ!!」
いつか、「これを着たナミさんとデートがしたい」と理由をつけて贈ったワンピース。
その袖と裾をふわりと揺らし、ひどく驚いた表情で立ち上がる彼女。
全神経をおれに向けた細い身体から、トクトク騒がしい心臓の音が聴こえてくるのは、きっと自惚れなんかじゃない。
「ナミさんは、おれに恋してるんじゃねェか?だからそんなに綺麗になったんじゃ…」
「…〜〜っ、違う!し、知らない……っ!!」
知らないから…
ふたりにしか聞こえないほど儚い声で、もう一度そう呟いた。
潤みを増して一層悩ましく光る瞳が、テーブルのキズを映して止まる。
吸い込む煙は甘い味がして、吐き出す煙は淡く立ち昇って消えていった。
「……そっか……じゃあ……」
「………………」
「じゃあ、君が綺麗になったのは……」
きっと、君がおれに、愛されすぎているせいだね。
切ないような、苦しいような、たまらなく艶めいた瞳でおれを見つめ、またひとつ、彼女は綺麗になっていく。
君が綺麗になった理由
「ナミが怒っていたわよ?またあなたにからかわれたって」
「からかってなんかいねェさ。本当のことを言ったまでだよ」
「そんなふうに焦らしてばかりで、意地悪な人ね」
「だってさロビンちゃん、今手に入れちまったら、もったいねェだろう?」
おれの手で、彼女はまだまだ美しく変わるのだから。
END