過去拍手御礼novels3

□少女Nの独白
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そもそも人に聞かれたい話でもないのだから、聞き流してくれても構わない。

ただ、これからする独白を、言い訳とは思わないでほしいのだ。

最初に言わせてもらうけど、もともと私の意中の相手は彼ではなかった。

どういうわけか、あの年中腹巻き男にトキめいた時期もあったけど、それも今となっては昔の血迷い話。

例の彼と出会ったときだって別に、恋したいとか愛したいなんて乙女な気分じゃなかったし、いろんな意味で充実していて、そんな余裕もなかったくらい。


それなのに。ただでさえ波乱万丈な私の人生は、彼が現れたことにより、ますます数奇な運命を辿ることになる。


「おまえが欲しい」


なんて、柄にもなくストレートな告白をされたらば、その気にならないでもないじゃない。

突然現れた白馬の王子様効果というよりは、思わぬギャップにやられたわけ。「そんなに私のことが好きなら…」ってね。

つまらない男なら、適当にサヨナラすればいいと思っていたなんて、彼には秘密。

いざ付き合い出すと思った以上にマメな男だし、これといって不満もないが、ふとした瞬間首を傾げてしまうことがある。

度々感じた「おかしいな」という違和感が確然たる恐怖に変わったのは、ロマンチックであるべきはずの初夜だ。



「おまえの記憶をいじくってやるのもいい」



真顔で呟かれた異様な提案には、さすがの私も「奇抜なことを言うのね」と返すのが精一杯だった。

そもそもどうして真っ裸の男女がこんな奇想天外な会話をするはめになったのか、事の始まりは3分ほど前に遡る。


「おまえ、今までここに何人受け入れた?」


二本の指を私の大事な部分に出し入れしながら、彼がふいにそんなことを訊ねてきたのだ。


「……どうして、そんなことを訊くのよ…」

「質問に質問で答えるな。訊いているのはこっちだ。正確に答えろ」

「……別に、何人だって……あぁっ…!」

「最後にヤったのはいつだ?」

「い、いつだっていいでしょ…!」

「誰と誰と、誰に抱かれた?名前くらい言えるだろう」

「言えるかッ!!」

「ほう……よく知らない相手とも寝てきたのか」

「違う!そういう意味じゃな…ぃぁっ!」

「この船の男ともヤったのか?」

「はぁっ、…だいたい、そんなこと訊いて、どうするのよ」

「どうするかはおれの自由だ。そうだな、そいつらの出身も聞いておくとしよう」

「…………殺しに行く気じゃないでしょうね」

「………………」

「………………」

「…………まさか」

「その間が怖すぎんのよ」

「早く質問に答えろ。行為中に余計な問答はしたくねェ」

「あんたが始めた会話よ!なによ!まさか非処女は抱けないとでも言うわけ!?」

「処女だろうが非処女だろうが、おまえ以外を抱くつもりは毛頭ねェ」

「………………」

「……くくっ、濡れてきたか?」

「……〜〜っ、な、だ、だったらなんでそんなこと訊くのよ!」

「おれ以外の男に抱かれた過去を、おまえが覚えておく必要はねェからな」

「……は、」

「時々思い出して浸るなんて真似ができねェように……まァ、そうだな……」


おまえの記憶をいじくってやるのもいい。


「……奇抜なことを言うのね」


正直経験なんて多くもないが、だからこそ相手の顔は覚えていたりする。

これはもしかして、彼なりのブラックジョークだったりするのだろうか。

剥き出しの胸を這い上ってくる唇は、妙に歪んで横に薄く引かれていた。


「昔の男を忘れて、おれが初めてだと思い込め」

「そんなこと、できるわけ……んんっ!」

「おれは外科医だぞ。記憶を司る脳の神経を少しいじって…」

「いやぁぁっ!!やっぱり本気かッ!!」

「過去のことだからといって、他の男の手に落ちた失態を許すと思うな」

「なっ、……なにそれ……」


これ以上、この男は私に何を望むのだろうか。

この私が恋人として、今まさに身を委ねようとさえしているのに。

やけに器用な指の動きに悶えつつそんなことを口にすれば、彼はその整った顔で訝しげな表情をつくった。



「恋人になって身体を重ねりゃ満足なんて、誰が言った?」

「……へ?」

「そんな中途半端なもんで、おれが納得するとでも思ったか?」

「………………」


この「ドキドキする」という感覚は、よもや「ぞっとする」の間違いだったのだろうか。さっきから、どうも歯の根が合わない気がしてならない。

そう、これだ。度々感じた「おかしいな」という違和感。

たとえば、机の脚に膝をぶつけて小さな痣をつくっただけで、鬼のように怒られたこと。

街で道を訊ねてきただけの男に、抜き身の刀を突きつけたこと。

伸びれば切って捨てるだけの爪や髪を手にとって、まじまじ観察していたこと。

数え出したらきりなどないが、今思えば「おかしいな」で済まされないことも多くある。



「おまえの身体は誰のものだ?言ってみろ」

「…そりゃあ、私の身体は私のも、」

「違うな。爪や髪、歯の一本一本から細胞のひとつひとつにいたるまで、おまえの身体はおれのだろう」

「………………」

「わかるか?おれはおまえの血液や筋肉、骨や組織さえも直に触れて愛してやりてェと思ってるんだぜ?」

「…………ぃ、……ぃゃ…」

「手始めに、ひとまず今は、おまえのナカを隅々まで堪能してやるよ」

「……っ!……ひゃぁぁっ……!」


引き抜いた指の代わりに自身を挿入すると、私の腹に手を置いて、中の感触を味わうように動き出した。

いったい何に興奮しているのか、熱い眼差しと妖しい笑みで見下ろされたときには、何を後悔したって何もかもが手遅れすぎた。


「……はぁ、……いいぜ……」

「やっ、……あ、……あぁっ…!」

「もっと奥には、誰にも触らせてねェ場所だってあるだろう?」

「ひっ、……や、やぁっ!やめっ、ぁぁっ!!」

「くくっ、何を今さら…言ったはずだ」



おれは、おまえが欲しいと。



言い訳とは思わないで欲しい。私はただ、年相応にちょっと恋でも。そんなふうに思っただけで、こうなるはずではなかったのだ。

ストレートな告白と思っていた言葉の裏に、こんな猟奇的な欲望が隠されていたなんて、誰に知ることができただろう。

とにかく、これから先の私の人生は、この男のおかげで数奇に輪をかけて危険な運命を辿ることになる。

ふたりのはじまりであるはずの初夜は、平凡な日常の終わりになってしまったわけだ。それでも。



「おれが、おまえの全てをもらってやる」



そんな吐息混じりの口づけを思い出す度に、まるで少女のようにため息ついて、眠れぬ夜を過ごしてしまうのはーー



少女Nの独白




今もこれからも、彼には秘密。



END

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