過去拍手御礼novels3
□秘密の告白
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……困ったわね。
腕の中で泣きじゃくる少女を持て余し、ロビンは心の中でそう呟いた。
それは、若者が中心となって行われた数日前の宴にておきた事件らしい。
楽しげな声をキッチンまで響かせて、不参加の大人組さえ和ませていたはずなのに。
「だ、だってルフィがっ、……急に、好きとか言うから……っ、」
「ええ、びっくりしてしまったのね。しかも、みんなの前で宣言されても、返答なんてできるはずがないわ?あなた、公開処刑でも受けている気分だったんじゃなくて?」
「もうっ、なにもわかんなくなっちゃって…」
「それはそうよ。確かにそういう話題で盛り上がっていたのかもしれないけれど、そういうことは二人きりの時に言ってほしいものだわ?まぁ、ルフィにそういったデリカシーを求める方が、無駄というものかもしれないけれど」
「ど、どうしようっ、だって、ほんとは私っ…!」
「好きなのね?彼のこと」
「…でも、ウソップが、答えを急かすしっ、サンジくんも、騒ぎだすし、恥ずかしくなって、」
「返事もせずに、“いい加減にしなさい”とでも叱りつけて、戻ってきてしまったのね?」
「………………」
「いいわ。あの子たちは私が公開処刑してあげるから。続けて?」
「………あれから、ルフィ……私と会っても、なんにもなかったみたいに普通で…」
「そうね。私が見る限り、ルフィに変わった様子はなかったわ?そもそも自分の気持ちを伝えただけで満足してしまうだろうし、告白という概念があるのか微妙なところね」
「……ぅっ、せっかく、ルフィが……こ、このまま……私……っ、ろび、ロビ〜〜ンっ…!!」
「………………」
ナミが意味のある言葉を発したのは、ここまでだった。
咽び泣く彼女の背中をやさしく抱きしめ、ロビンはしばらくして、「わかったわ」と呟いた。
ーー−
「ナミ!」
公開告白をやらかしたという自覚など、ないのだろう。
彼女の言葉通り、彼は翌日もいたって普通にその名を呼んでいた。
甲板に広げたベンチでくつろいでいたナミは、赤くなった目元を隠すためのサングラス越しにその姿を伺った。
「…………なによ」
「これやる!」
「……は?」
「これ、おまえにやる!絶対ェ飲め!今すぐ飲め!」
ぐいっ、と押し付けられた勢いのまま手にしたのは、どこにでもある真っ黒なボトル。
うちにはこれをエネルギー源にしている変態と船がいるので、よく見かける飲み物だ。
サングラスのせいかとも思ったが、肉眼で見てもやはりコーラにしか見えない。
ルフィはバランス良く柵の上でしゃがみこむと、期待を込めた瞳でナミを見つめた。
「……なによいきなり。ていうか、なんか変な薬とか入ってるんじゃないでしょうね?怪しい」
「入ってねェよ!フツーのだ!早く飲め!全部!」
「全部って……そんな一気に飲めるわけないでしょう?今サンジくんにもらったジュース飲んでるんだから」
「ふーん……ま、いっか。じゃ、飲んだらどんなだったか教えろよなー!」
そう言うとルフィは早々に切り上げて、柵から飛び降りて走り去った。
どんなだったかとは、感想を聞くということだろうか。
そんなの、シュワッとした炭酸と甘味の爽快な味だ。これが本当にコーラなら、飲まなくてもわかる。
もしかしてやはり悪戯目的のミックスドリンクだったりして。
などと訝しさ全開に匂いを嗅いだりしていると、側にいたロビンが「飲んでみればわかるわよ」と口に含んだ。
「あら、普通のコーラだわ?普通すぎて逆に驚きよ」と微笑む怖いもの知らずな姿の方が驚きだったのは、言うまでもない。
そういえば今日は、朝からウソップとサンジくんの断末魔が船を揺らしていた。きっと遊び相手がいないから、ルフィは自分にこんなことをしてくるのだろう。
そう結論付けて、ナミはそれを口に運んだのだった。
その後、「飲んだか?」という3分おきの確認が7回目になったとき、とうとうルフィにナミの拳が落とされた。
その様子と、少しだけ黒い部分が減ったボトルを、ロビンは楽しそうに眺めていた。
ーー−
「んもうっ!なんなのよあいつっっ!!」
蹴っ飛ばされた洗濯かごは、その長い足の爪の先に鈍い痛みを与えた。
それがさらに火をつけ、ナミは転がったかごに八つ当たりを重ねる。
が、今度は勢い余ってベッドの脚に爪を激突させ、喉の奥で悲鳴を上げた後、ますます怒りが込み上げてふんっと鼻を鳴らした。
「おかえりなさい。さっき見張りをフランキーと代わってきたのだけれど、進路に問題はなかったわ?」
「あー、そう、それはよかったわ。お疲れ様ー。あー、もう、ったく、なんなのよ、なによなによ、あーーっ、もうっ、…………」
はぁぁーーっ…………
蛇のような長いため息は、ロビンの耳にもれなく侵入した。
咲かせた手で散らばった洗濯物を片付けながら、本から目を離さずに、ロビンはナミに水を向けてやる。
「彼、まだあの調子なの?」
「そうなの!!!そうなのよ!!ロビンも見たでしょ!?ご飯のときだって日誌書いてるときだって、飲んだか?飲んだか?ってバカの一つ覚えみたいに!そうよバカなのよあいつ!ほんとバカ!!なによもうっ!」
「それは大変ね。あなたはフランキーとは違うのに」
「当たり前でしょーー!?あんな変態と一緒にされちゃたまんないってのよ!だいたいね!初めて物渡してきたと思ったらコーラって何!?あんた私のこと好きなんじゃないの!?ねぇ?!」
「好きだと言っていたのなら、好きなのねでしょうね。それは間違いないんじゃないかしら」
「そうなのよ!!そもそもあいつが人前であんなこと言い出すから…!!」
「そうね。ルフィには、愛の告白のなんたるかを教育する必要があるわ?」
「ぜひそうしてちょうだいロビン!!あーもうっ!喋ったら喉乾いてきちゃった!飲むわよ飲むわよ!飲めばいいんでしょ!?こんなもの!」
ナミは半ばやけになって机の上のボトルをひっつかみ、少し炭酸の抜けたそれをごくごくと喉に流し込む。
ペラリ、ロビンの長い指がページをめくる。
「人前で告白なんて、戸惑ってしまうもの。相手にじっくり受け取ってもらうためには、密やかに、誠実に伝えなさい……とでも言っておこうかしら」
「……んっ、そうしてそうして。今さら遅いかもしれないけど…………あれ?」
「どうかして?」
「……ん、なんか………なんでもないわ……」
やっと半分ほど中身の減ったボトルを見て、ナミはくるりと首をかしげた。
何のへんてつもない黒が波を打つ。その波の上は、自分が飲んだ分だけ透明になるはずなのに、ところどころ黒い線のような、棒のようなものが突き出ている。
擦っても落ちない。汚れか何かかもしれないが、付いているとしたら容器の外側らしい。
若干眉をひそめつつ、ナミは再びボトルの口に唇を押し付けた。
「話の続きだけれど……告白は、返事をもらうものだとも伝えておくべきね。相手が自分をどう思っているか確かめあって、気持ちを育むものなのだと」
「……んー、んっ、……そうそう、そうよ。はーっ、」
「形に残るものも素敵ね。プレゼントや手紙、サプライズつきの告白なんてされたらイチコロよ」
「…………んー、……うんうん」
「でも、結局は、……」
気持ちがこもった告白が、いちばん嬉しいものね。
ルフィがそんな告白をしてくれる日は、一生来ないでしょうけど。
そんな淋しい気持ちになりながら、ナミは最後の一滴を飲み干した。
「ぷはーーっ!あースッキリした!ロビン、ありがとね!これであいつへの気持ちも断ち切ったっていうか……そうそう!感想教えろとか言ってたわね!そんなの飲まなくてもわかるってのに!シュワッとした炭酸と甘さの爽快感が…」
「あら」
「え?」
「それ……」
長い指が、世話しなく動く手元を指差した。
疑問符を浮かべながら、ナミは自分が飲み干したボトルに目を向ける。
一瞬、空気が止まる。
飲んだ分だけ透明になるはずのそれを電気にかざし、ゆっくりと右回りに回していった。
「…………………」
「あいにく私、今日は目が悪いから、ここからではよく見えないけれど……何かしらね?」
「…………これ……」
「ああ、いいのよ、暗号なら解読を手伝うけれど、そうでないなら私はお風呂をいただこうかしら」
ふふふ、意味深に微笑んで、ロビンが立ち上がる。
だって、気がつくはずがないのだ。黒いボトルに、黒い文字で書かれた言葉。
飲み干すまで、誰にも見られることはない。飲んだ人にしかわからない、シークレットメッセージ。
あの宴のときの、ルフィの告白。
『 おまえが すきだ! 』
元気よくそう書かれた空のボトルを、ナミは両手でぎゅっと抱きしめた。
「……………っ、」
「……そうそう、今日は喉がかわくわね。お風呂上がりにフランキーにコーラでももらってこようと思うのだけれど………あなたも、」
もう一杯、いかが?
素知らぬ顔のロビンが扉の開けたままそう訊ねるので、ナミは振り返ることもなく、呟き返した。
「ロビン……」
「ええ」
「ウソップに……」
「ウソップに?」
「……………黒いマジックも、借りてきてくれる?」
もちろんよ。やさしく笑ったロビンが扉を開けた。
その瞬間の少女の瞳を知っいるのは、何も知らずに飛び込んできた、潮風だけ。
秘密の告白
愛の込もったメッセージ。
END