過去拍手御礼novels3
□間違いだらけ
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進んで悪役をかって出たわけではないけれど、罪を数え出したらきりがない。
そもそも悪人なんてレッテルがなかろうが、どうせ頭から奈落の底に真っ逆さまなのだろう。
どう転んだって、自分は間違いだらけの人間なのだから。
「あいつと寝たのが間違いだったのよ」
耳の後ろから沿わせた指を結び目にひっかけて、独り言のように彼女の唇が呟いた。
首を這い回って抜かれたネクタイが、音もなく冷えた床に落ち伏せる。
夜色の下着をその上に放ると、甘い匂いだけを纏った身体がおれの上に覆い被さった。
さっきからひどくぐったりした仕草だ。もしかしたら、これは彼女のレプリカかもしれないなんて、都合の良い妄想に浸ってみる。
本物は、確かもっと色鮮やかで、生き生きとした生命力を感じさせるから。
だって目の前の彼女は大好きだった花のような笑顔を、真っ白な表情の奥に隠している。
「……そうかもしれないね」
「仲間以上の関係なんて、望まなければよかったんだわ」
「うん、きっとそうなんだろう」
「あんな男、好きになった私が馬鹿だった」
「だから止めたのに、君はちっともおれの言葉に耳を貸さない」
「だって仕方がないじゃない。あの男が、私の前に現れたりするからよ」
そもそも、あいつと出会ったことが間違いだったの。
抑揚のないさらりとした声の後、ねっとりした重さの舌が首筋でうごめいた。
この場にそぐわない、愛しさにも似た感情が込み上げる。まったく、困った人だな。なんて。
自分もたいがい歪んでいるのだろう。あるいは、とっくに壊れてしまったのかもしれないが。
「おれとこうしていることは、間違いだと思わないの?」
彼女の瞳は、ぴくりとも動かなかった。
豊かな乳房が、髪の間から男を誘う。真っ白な肌に手のひらを滑らせても、そこに温もりなど感じなかった。
「…………わからない…」
おれにはわかる。君が、本当に欲しいもの。
「わからないまま抱かれても、平気なの?」
「わからない。でも、もし間違っていたとしても、今さら遅いわ」
そうだね。君が言うなら、きっとそうに違いない。
「ナミさん、キスして?」
答える代わりにそう言って、かきあげた細いうなじを引き寄せた。
ほんの少し隙間を空けて見つめあった数秒間、彼女は何か言葉を言いかけて、飲みこんだ。
唇にかかる吐息まで冷たいけれど、彼女は確かにここにいた。
「私を抱きたくないのなら、別にいいのよ」
キスが落ちてきたのは、頬だった。
きつく抱きついてきたのは、おれを責めているせいかもしれないし、何かを誤魔化すためかもしれない。
これだから、女の子はわからない。わからなくて、胸の奥を軋ませる。
ーーでも。
「抱きてェに、決まってる」
どんなに振り回されたって、かまわない。
君を、愛することができるなら。
「だったら、ねぇ、……」
はやく。そう聞くよりも早く、体勢を入れ換えて組み敷いた。
ずるい女だと思うのに、そんな女が相変わらず愛しくて、悲しくなった。
きっと今晩の出来事も、いつか君の中の間違いリストに刻まれる。
どう転んだって結局、これが免れない運命というやつだ。
進んで悪役をかって出たわけではないけれど、こうして罪は増えていく。
それもこれも、全てが間違いだと言うけれど。
間違いだらけのこの世の中に
正解なんて、どこにも落ちてるわけがないだろう。
END