過去拍手御礼novels3
□愛は、誰のため
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「さてはあんた、私のこと好きになっちゃったんでしょう?」
なんで、どうして、という顔をしてしまった自分は、案外正直者なのだろう。
まだまだ修行が足りない。と反省したところで取り返しがつかないが、惚れた女がこうもストレートにダイレクトアタックをかましてくるとは、誰も思わないではないか。
「………どういう意味、」
「あんたも私が好きで、私もあんたが好き。どうする?これから」
「……………」
赤面する間もなく押し寄せてくる衝撃の展開についていけず、今の女の台詞を再度頭の中で繰り返す。
一つだけ理解できるのは、この女が超合理主義者で、おれたちにムードなんてものは蟻の前足ほどもないということだ。
「まぁ、どう転んでも、こうなった以上、結局私たちも、周りも気をつかうと思うわけ」
「……………」
「問題を起こしたくなければ関係を結ばないってのが利口だし」
「……………」
「第一、今後の航海にもいろんな面で、」
「ああ、支障が出るな」
おいてけぼりは食らうまい。互いに惹かれ合っているというのなら、これは二人の問題だ。
あぐらの中に抱えた刀の間から女と目が合うと、同じことを考えているであろうことが読み取れた。
「じゃあ、私たちの関係はこのままってことで。もしも旅が終わってまだ縁があれば、その時は、このナミちゃんが拾ってあげる」
「そりゃこっちの台詞だ」
今思えば、この時肩肘を張った自分がいけないのかもしれない。
ふふ、と口角を上げる女がとても綺麗だったから、少しばかり後ろ髪引かれる思いになって目を逸らすと、その間に夕焼色の糸がもぐりこみ、かさついた唇に何かが触れた。
「今のところはこれで我慢なさい」
「んなっ!!?」
触れたのは、唇だった。10万ベリーね。そう言って片目を器用に閉じ、手を蝶みたいにヒラヒラさせながら、女はその場を後にした。
残念というべきか、その頃の記憶はもう曖昧になってしまったが、触れられたところと胸の奥の方がとても熱かったのを覚えている。
ーー―それが、つい2年前のこと。
「話が違うじゃねェか」
「違わない。私、あんたと付き合うなんて一言も言ってないわ」
男らしくないと思わないでもない。いや、正直自分がこれほどまでに女々しいとは、知る由もなかったのだ。
でも、人生簡単に納得できる問題ばかりではないし、どうしても引けない場面があるとしたら、まさに今ということになるだろう。
こんなことなら、あの時格好つけたりせずに、本音を言えばよかったのだろうか。わからない。何が正解だったのか。どうしてこんなことになったのか。
よくよく考えれば、とんだ腰抜け野郎じゃないか。律儀に紳士になって見事に馬鹿を見るなんて。
「確かにそうだな。……だが、それを言うなら他の男も同じじゃねェのか」
「同じじゃないわ」
「とこが、」
「ローは、仲間じゃない」
だから、恋人同士になっても問題ない。ということか。なるほどな。
……なんて、おれが言うとでも、本気で思っているのだろうか。
「…仲間じゃなくても同盟組んだ船の船長さんだろ。大いに問題あると思うがな」
「そのことで何か支障でもあるっていうの?それなら考えるわよ。でも、何もないじゃない。私、あんたに迷惑でもかけた?かけてないわよね?むしろ、いつもいつも面倒事持ち込んで迷惑被ってるのは私の方じゃないかしら?」
滑らかな言葉の端々に、強さと気高さのある女だった。
自分にはない頭のよさが好きだった。自分と違う、儚さや明るさも、必要なものと思ううち、引き返せないほどのめり込んでいた。
少なくとも、どんなに自分が馬鹿野郎でも、昔はとことん付き合ってくれていたと思う。
だから、この女がいつから自分と目も合わせないほど薄情になったのか。考えてもわからない。
「……支障、ある」
「どう支障あるっていうの?」
わかるのは、この女が誰かのために、嘘をついているということくらいだ。
「悪女に裏切られた憐れな男が、この先の航海ボイコットするかもな」
「……裏切りなんて、人聞き悪いわ」
「相手の男に斬りかからねェとも限らねェぜ?そうしたら同盟も解消だな」
「……馬鹿、言ってんじゃないわよ」
「ルフィは悲しむな。痴情のもつれなんかでそんなことになっちまって…」
「そんなこと、できるわけないでしょ!!」
「なぜ言いきれる?」
「だってあんたは……!」
そんな男じゃない。そう言ってゆっくり合わせた瞳が、海とも空ともとれるような色で揺らめいていたのを見て、おれは少し安堵した。
張り子の虎のように虚勢を張っているだけで、こいつも案外正直者なのかもしれないと。
「……そんな男?」
「……そんな、責任感のない奴じゃ、ない…」
「だったらおまえだって、そんな女じゃねェはずだが?」
「……そんな女って…」
もういっそ、体裁なんてかなぐり捨てて、格好なんて差し置いて、プライドなんて脱ぎ捨てたって、かまわない。
どうせ残るものは、この、女々しい思いだけ。
「そんな、冷淡な女じゃねェ」
「……何言ってるの?私の本性知ってるでしょう?」
「大方、自分の気持ちが押さえきれなくなって、逃げ出したんだろ」
「…っ、意味、わかんな、」
「別に、いまさら責めはしねェが…」
「…………」
「今後、おまえが後悔しねェように、言っておく」
「なによ……」
責任、勤め、均衡、枷、本分ー
大事なものが増える度、重くなるものは多すぎる。
一人で背負いきれないと言うのなら、この背中を使えばいい。自分はもう、自分のためにいるわけではない。
「たまには、自分の気持ちに正直になってみろ」
「…………」
「おれは、あの日のことなんて、覚えてねェ」
「……覚えて、ないって」
「覚えてねェからな」
「ちょ、」
凝り固まってしまった小さな拳が、筋を張ってさらに小さく固くなる。
ああ、そんな顔しなくたって、知ってるさ。おまえはおれを裏切ったんじゃない。
いつかのように、いろんなものを守ろうとしたんだな。
「さてはおまえ、本気でおれに惚れちまったんだな?」
なんで、どうして、という顔をしているこいつは、案外真面目で繊細なのだから、自分はもっと、強く大きな人間になろうと思う。
だって、これはもう、自分のための恋ではないのだから。
「おまえもおれに本気で、おれもおまえに本気だ…」
どうする?これから。
恋は、自分のため
愛は、誰のため?
END