過去拍手御礼novels3

□言い訳無用
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そういえば子供の頃、サボやルフィと、誰が一番格好いい笹舟を作ることができるか競争したっけ。



メリー号に横付けされたストライカーの影を見て、場違いな笑いが込み上げそうになった。

ぼうっという音を残して、手のひらにかがり火をしまいこむ。


見送りのない、寂しい船出だ。


船縁に置いてあった荷物を肩にかけると、反対の手で風にはためくテンガロンハットを目深にかぶり直した。



これからおれは、何度目かわからない旅に出る。

目的のために、止まることはできない。

ここにはもう、二度と戻れないかもしれない。でも、もしそうだとしたら、それが運命だ。後悔は別にない。




「誰……?」



声と同時に振り向くと、宵闇に揺れる影の持ち主が誰かなんて、問わなくてもわかる。

肩を小さくして、羽織っている服を握りしめた、自分より背丈の低い人物。



「エース?」


「ナミ……」



その声が耳に届くと、胸がギュッと何かに握られる。途端、いつもおれは苦しくなる。

これがなんていう感情なのか、確かめるのも馬鹿馬鹿しいくらいわかりきったことだから、あえて口にはしない。


まさか、今おまえに会えるなんてな。

まったく、運がいいのか、悪いのか。


 
「突然光が見えたから、何かと思ったわ……」

「あー………船の位置を確認してたんだ。こう暗くちゃ目が効かなくてな。海に落ちたら洒落にならねェもんで」


驚かせて悪かった。そう言うと、ナミは一歩こちらへ詰め寄った。



「もう行くの……?」

「探してる男の情報が手に入ったんだ。早いに越したことはねェからな」

「そう…………」

「あァ」

「あいつ、起こしてきましょうか?」

「いや、いいんだ。顔見に来ただけだから」

「そう…………」


闇夜のカーテンを押し開くように目を凝らしてみても、ナミの表情はわからない。

これからもずっと、わからないままでいい。

そこに胸を燃やすような何かを見てしまったら、おれはきっと、ここから離れられなくなってしまう。

そうなってしまったら、この身体は、魂は、腑抜けのように空っぽになってしまうだろう。

まぁ、それもいいかと思う時もあるけれど、おれはまだ、燃え尽きるわけにはいかないから。



「…………」

「…………」


会話が終わってしまって、ふいに波の音が浮かび上がった。

何かが起きる前に、このまま立ち去ってしまおう。そう思って、軽やかな声に緊要な響きを乗せた。



「ルフィを、よろしく頼む」



海風が、二人の間を通り抜ける。印象的な短い髪が靡けるのを、だんだんと慣れてきたおれの瞳が捉えた。

ナミは少しうつむき、笑みを含ませた声で言う。



「エースって、いっつもそればっかり……」




それしか言うことないの?ーーと。




「………………」



おれはただ、答えに窮し、間抜けのように立ちすくんだ。


本当は、言いたいことも、伝えたいことも、もっとたくさん、たくさんある。

海を自由に渡り泳ぐ魚のように、頭の中でひしめき合っている言葉たち。

その中の、ほんの切れ端でも声に乗せることができたなら。

きっとナミの、見たこともない顔を見ることができるだろう。



ーーでも。



息と共に肩の力を抜くと、口元に笑みを作った。できるだけ、明るく別れよう。

きっとナミも、それを望んでいるはずだ。



「それじゃあ…………」

「……あっ、」



突然、破竹のような南風に背中を押された。

突っ張った足が一歩前へ踏み出すと、ブーツの爪先が甲板を鳴らす。

なおも悪戯な疾風は、後ろからおれのハットをいとも容易く奪い去り、向かいの人物が咄嗟に伸ばした手の中へ運んだ。



「…………おお、びっくりしたな」

「……ええ、はい、どうぞ」



差し出された帽子の中に頭を収めるようにして屈むと、雲間からのわずかな月明かりに照らされたナミの顔が間近にあった。



風に流れた前髪の間から見え隠れする額ーー

自然と上に向かって伸びる睫毛の下、やや黒目がちに揺れる瞳ーー

うっすらと青白い光を反射した小さく整った鼻筋ーー



綺麗だな。本当に、いつ見ても…………



…………哀しくなるくらい。




闇に紛れて、顔を見ずに出ていこうと思ったのに。

冷静な気持ちのまま、なんのしこりも残さずに。

良い思い出の一部に、きっとなるはずだったろう。

でも、近くでその瞳を見つめて、熱を捉えて、息づかいを感じてしまった途端、身体中を埋め尽くす想いが今にも溢れだしそうで。

それを塞き止めるように、気づいたら、ずっと触れたかった唇の、その横に、キスをしていた。



「…………あ、」

「………………」

「………………悪ィ」



ーーしまった。やってしまった。


一歩後ずさって、目線を反らした。

中途半端にかぶさったハットに、意味もなく手を乗せる。


馬鹿か、おれは。感情に任せてなんてことをーー。

どんな言い訳をしようか巡らせながら視線を戻すと、ナミがおれの足元を見つめて小さく呟いた。




「…………なにが、悪いの?」


「……え?」



波の音に負けてしまいそうなほどか細い声だったから、少し身を低くして伺うと、ナミは突然、何かを吹っ切ったように顔を上げ、はっきりとおれに向かってきた。



「なにを、謝ってるの?なにに対して悪いと思っているの?」

「えっ、……と、」

「偶然を装ってキスしたこと?断りもなく触れたこと?それとも、いまさらどんな言い訳をしようか考えてること?」

「ナミ……?」


コツ、コツ、コツ、苛立ちを靴の音に乗せ、一歩一歩向かってくるナミに、今度こそおれは本物の木偶の坊のように突っ立って、狼狽した。

そんなおれの様子を意に介さず、ナミは一段と通る声で押しひしぐ。



「エースって、いつもそう…!」

「い、いつも?」

「そう!そうよ!いっつも大人ぶって、自分だけ何もかもわかったような顔して…!一人で全部抱え込んで、踏み入ろうとすると適当にはぐらかして!私が、何も感じてないとでも思ってるの!?バカにするのもいい加減にして!!」

「なっ、」


ここまではっきり言われるとは思ってもみなかったため、半ば泡を食ったようにパニックに陥り、筋違いにもカッと頭に血を上らせた。



「なにが、ルフィをよろしくよ!私はあいつのお世話係じゃないってのよ!そもそも私たちに声もかけずに出ていこうなんて、なんなの!?どうしていつもそんなに勝手なの!?」

「おいおい…!確かに礼も言わずに無作法だと思われても仕方ねェが、こっちにも事情ってもんがあるんだよ!おまえにはわからねェ!」

「わかるわけないでしょ!?何も話してくれないんだから!」

「これはおれの問題だ!おまえたちを巻き込むわけにはいかねェんだ!」

「ほら!そうやって!あんたって何もかも中途半端よ!急に現れて、突然消えて!気まぐれに、中途半端なことをして!またはぐらかそうとするんだわ!」

「だから、……さっきのは悪かったって言ってるだろう!おれだって、あんな、キスするつもりなんて…………」


互いの勢いに感化され、半ば投げやりのように息を巻く。

身体の中心が燃えるように熱くなって、行き場のなかった苛立ちが、堰を切ったように溢れだした瞬間だった。

ナミはさらに食ってかかるように、おれの帽子の紐を、まるでおれの心臓を掴むみたいに、乱暴に引き寄せた。



「じゃあどんなつもりで、あんなことするのよ……!!」

「それはっ……!」

「それは!?なに…!?たまたま唇が当たっただけなんて言うつもり!?それとも、私のことからかったの!?」

「そんなつもりはねェ!!!」

「じゃあなによ!?はっきり言ってよ!!言いたいことがあるならはっきりっ……!!!」



強気な態度とは裏腹に、語尾が震えていることに気がついて、狂おしいほどの業火が一気に燃え広がる。



あァ、想像よりも、遥かに熱い。



この身体に宿った真っ赤な炎が、全てを飲み込み、焼き尽くす。



吐く息が、白く煙いてしまいそうなほどだった。

間近に迫ったナミの、熱気を帯びた後頭部を掴み、強くこちらに引き寄せた。

今度こそ、馬鹿な言い逃れなどできぬよう、唇の上に口づけた。





「…………言いてェことは、たくさんある」

「………………」

「ても…………ナミ、おまえには、ひとつだけ知っててほしい……」

「………………」



これからおれは、何度目かわからない旅に出る。


目的のために、止まることはできない。


ここにはもう、二度と戻れないかもしれない。だからーー




ーー決してくいは、残さない。






あァおれは、やはり今、ここで、おまえに会えて運がいい。



思わず口づけをしたことも、心の蓋を押し上げて溢れ出るこの想いもーー



お仕着せの、自分勝手なものなんて、確かめるのも馬鹿馬鹿しいくらい、わかりきったことだから。





「おれが愛する女は、生涯、おまえ一人だ」






言い訳無用





言い訳なんて、通用しない。




END


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