過去拍手御礼novels3

□ガラガラガラ
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「ごめんねー。うちのガキんちょどもが、手を焼かせて」

「……別にいい」

「あいつらは、そこでブルックとチャンバラ遊びしてるモモちゃんと同い年くらいだと思ってた方がいいわよ」

「……そこまでとはな」


実際は、モモちゃんの方が余程後先考えられる大人だけどね、

そんなことを言うと、項垂れたトラ男くんが、そのまま手すりに埋もれてしまいそうだったから、あえて黙っておいたけど。


「トラ男くんも、言いたいことがあるならハッキリ言った方がいいわよ?あいつら本当、取っ捕まえて殴って言い聞かせないと通じないんだから」

「殴って……?」

「ああでも!喧嘩はだめよ?それと、ああ見えてサンジくんは物分かりいいから、あとでパン以外の主食、お願いしてみたら?」

「………………」


チラと向けられた視線には、驚きの色が浮かんでいた。

狂気の海賊なんて言われてるけど、思ったよりも人間らしい。

2年前、ルフィを助けてくれた恩がある。だから、困っていたら世話を焼く。

少しありがた迷惑だったかな?でもやっぱり、放っておけないもんね。うちの船、変なやつばっかだし。


「あとで……」

「ん?」

「この船にある書物を見せてくれ。見せられる分で構わねェ」

「いいわよ?確か、医学書の類いもけっこうあるし……チョッパーに聞いてみる」

「悪いな」

「遠慮なんていーの!この船で遠慮してたら、欲しい物、何一つ手に入んないんだから!」

「……そうだな」


雪国の人の瞳は綺麗。雪を映したように青く灰色がかって、あっという間に釘付けにされてしまう。

もしかして、他にも何か欲しい物があったかしら?

じっと見据えてきたトラ男くんに再三のお節介を焼こうとしたら、目の前の扉が勢いよく開いた。



「てめェにやる酒はねェ!散れ!マリモ!!」

「小せェ男だなァ。酒なんて出し惜しんでどうすんだ」

「クレームは受け付けねェ!おれが受け付けるのはナミさんとロビンちゃんの愛だけだ!!じゃあな!!」


バタンッーー!!



「…………チッ」

「…………あれは物分かりがいいと言えるのか?」

「大丈夫。トラ男くんは一応、お客さんだから」


ダイニングの外まで蹴り出されたゾロが、左で眉を潜めるトラ男くんと、右でため息をつく私を交互に見やった。



「ナミ、ちょうどよかった」

「何?何か用?お酒ならないわよ?サンジくんの言う通り、次の島まで節約中」


こっち、というように顎で着いてくるよう促したゾロの後を追う。

トラ男くんに「また後で」と声をかけても、足取り変わらず、気にとめる様子はない。

ゾロが私の前を歩くとき、背中じゃ的が広すぎて、いつも、なんとなく、左耳の揺れるピアスを映している。

よく、そんなゴツいものつけてられるわね。って言ったら、ピアスと刀はないと身体のバランスがとれないだとか、変なことを言っていた。



「何笑ってんだ」

「何でもない!で?何の用?」

「…………いやァ、まァ…」


導かれた船首で操縦席に腰を落とした。ゾロは、口の形をモゴモゴ変えただけで、何かを言い淀んでいるようだった。


「…………何?」

「……何話してたんだ?」

「え?」

「あいつと…」


トラ男くん?という呟きに、無言の返事が返ってくる。

への字に曲がった、薄い唇。嫉妬してるのがバレバレなのよ。

でも、それがちょっと嬉しいなんて、例え恋人同士になったとしても、言ってやるつもりはない。

私の気持ちを知ってか知らずか、こうやっていつも、羽を握りつぶすほど無骨な指が、宙に浮いたものを手繰り寄せようとする。




「何って別に……この船で遠慮してちゃだめよーとか……」

「……………………」

「ルフィたちは思ってる以上に子供だから……とか…」

「……………………」

「私にちょっかい出すと、ゾロが怒るわよ?とか」

「はァ…!?な、なんでおれが怒んなきゃならねェんだ!!」

「え?怒んないの?」

「…………………」

「心配しなくても大丈夫よ。私、トラ男くんはタイプじゃないし」



目に見えて顔の筋肉を緩めたゾロは、言い訳みたいな口調で「別に」と呟いた。


ゾロの気持ちに気づいたのは、自分の気持ちに気づく前だった。

もうずっと、私たちは倒れないジェンガを続けている。

もはや穴だらけだし、相手はもう、隠す気もないのかもしれない。けれど、グラグラ揺れる塔の欠片を引き抜いては、向こう側を除き見る。

ずるいのは、二人とも、決定的な言葉を絶対に使わないこと。


「だいたい私、恋人なんてつくらないし」

「そりゃあ良かった。てめェの男になるのは大変そうだしな」

「誰も、あんたのこととは言ってないけど?」

「………………」


わざとらしく咳払いをすると、ゾロはいつものようにそっぽを向く。

まぁ、そっちから告白してきたら、考えなくもないけどね。

その調子じゃ、一生かかっても無理でしょうけど。


これでいいのかな、と思うときもある。一度でいいから、あの大きな腕で力の限り抱かれたいとも。

ゾロみたいな男には、今後一生出会えないと思うし、私は女だから、変わらない誓いに憧れもある。

甘い言葉なんて知らない唇に、情熱を灯した愛の言葉を囁かせてみたら、どんなに胸が熱くなるのだろう。でも、現実はこれだ。



「で?用事って何?」

「用事?」

「何か用があってここに連れてきたんじゃないの?」


惚けた顔で「あぁ」と漏らしたゾロは、全く悪気がない様子でのたまった。


「忘れた」

「はぁ!?」

「だから…忘れた」

「なんなのよそれ!!」

「仕方ねェだろ!覚えてねェんだから!」

「あんた馬鹿なの!?」


そうやっていつか、私への気持ちも無かったことにしてしまうのかしらね。

でも、それでもいいわ。

馬鹿で寝坊助で方向音痴な腹巻き剣士だけど、あんたがいちばん男らしいことを、私は知ってる。

約束された関係じゃないけれど、ゾロは絶対に、私を裏切るようなことはしないもの。

それに、どんな結果になっても、好きになって良かったと思うから。

これから先も、薄氷を踏む思いで、互いの道を歩き続けるのだろう。




「そういえば」

「何?まだ何かあるの?」

「おれも、恋人はつくらん」



ーー知ってるわよ。私と違って、あんたは真面目なんだから。




「それは有り難いわ?あんたの女になったら道案内で一生終わりそう」

「アホか!!ガキじゃねェんだ!!」


そこは、「おまえのこととは言ってない」って突っ込むところなんだけど。


ゾロは、腕組みをしたまま、珍しく自分から私の隣に腰かけた。

耳元で、ピアスがチャリと金属音を奏でる。さざ波が、大きく唸って胸を叩く。

こんなとき、ふと思う。




ーー「好き」と、言えたらいいのに。





「おれは、好いてるやつの枷にはならねェ」

「枷……?」

「互いに夢があるなら尚更だ。身は軽い方がいい」

「あんたらしいわね」


くすりと笑うと、ふいに真摯な瞳とかち合った。



「それに、おれはーー」






ーー惚れた女がよその男と話してんのにも嫉妬するほど、小せェ男だからな。






「……なっ、」



握られたほんの一瞬で、手首に熱の痕を残された。

少し離れて振り向いた、ゾロの微笑にーー




ガラガラガラ




ブロックが、見事なまでに音を立て、崩れ去る。


END


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