過去拍手御礼novels3

□恋といふ曲者
1ページ/1ページ





全く、どうしてこう、男というものはつまらないのか。


性別の枠に当てはめると自分もその種類であるのだけれど、自分が男であることと、自分以外の男を相手にするのとでは話が違う。

男なんて臭くて野蛮で、おまけに阿呆だし、体がでかいこと以外に取り柄なんてまるでない。



「特にてめェは、そういう野郎の典型だ」

「声に出てんぞ、アホ王子」



その点、レディは違う。


髪質、声、柔らかさ、聡明さ、包み込むような愛情深さ、どこをとっても癒しの境地。彼女たちを守らずして、男に生まれた意味などない。


あーあ、おれ以外の人間は、全員女性ならよかったのに。



「そんなに嫌なら例の、2年間修行してた島にでも還るんだな」

「ふざけんなッ!!トラウマ呼び起こすんじゃねェ!!!!」


刀の柄に弾き返された右足の爪先で、床板を叩く。そのまま、互いに示し会わせたかのように、丸椅子一つ分空けてカウンター席に腰かけた。



「………………」

「………………」

「…………で?」

「………………」

「話ってのは、何だ」


どうして、こんなところで、こんな藻みたいに緑で愛想のねェ野郎と隣り合って座っているのか。

今朝、ナンパがてら買い物しようと島に降りる時、改まって「話がある」とこの男に呼び止められたからではないか。

これがナミさん、あるいはロビンちゃんだったなら、おれはジャンプした勢いで天にも昇れたはずなのに。


ニコリともしない横顔に、つられて眉間に皺が刻まれていく。こんなトゲトゲ頭より、ウソップが育てているサボテンの方が、よっぽどかわいい。


「なんでもいい、酒を頼む。こっちの、珍しいほどぐるぐる巻きのマユゲにもな」

「話聞きやがれッ!!この脳ミソ筋肉剣士!!!」


ゾロは、右腕をテーブルに置いて、大儀そうに呟いた。


「別に、急いでするような話じゃねェ」

「はぁ?!じゃあなんでわざわざこんなまどろっこしい真似してやがる」

「………………」

「船でできねェ話でもあるんだろうが。なんだよ、気持ち悪ィ」


手近な灰皿を引き寄せに動くと、向こうもポリポリ頭を掻いて、そのままその指で刀の柄頭を叩き始めた。


いくら馬鹿とはいえ、何も好き好んでこんな状況に仕向けているはずがない。

心当たりがない分、殊更重大なマル秘事項がのし掛かってくる可能性もある。そうなれば事だ。ナンパどころではない。



「実は…………」

「……!!ちょっと待て!」


はぁ?と訝るマリモを制して、重たそうなジョッキを両手に下げてきたレディの頭から爪先までを視界に入れる。


ナイス!!かわいこちゃん!!今日のおれはついてるぜ!!


「はい!ジョッキ二杯、お待ちどう!」

「うぉぉぉぉっ!!待ってたよぉぉぉ!!かわいこちゅわんっっ!!君がいれてくれる酒なら何杯でも頼んじゃう!!」

「あらあら、ほどほどにね?お兄さん」

「メ〜〜ロリ〜〜ン!!」

「…………アホの極み」

「あァん!!?」


失礼な言葉に振り向くと、柄頭を叩いていた手が、無造作にジョッキを掴んだ。



「ーーやめろ。そういうこと」

「はぁ……?!」

「いい加減やめろっつってんだ。その、女にだらしねェ性格」


意外な切り口で、「それが話だ」と放った男は、持っていたジョッキの中身を全て胃の中に流し込んだ。

唖然とその様子を凝視する。それでも、奴の言わんとすることがおよそ推察できず、目を細くした。


「……今更何言ってやがる。レディにだらしねェのが、おれだ」

「開き直んなッ!!」

「てめェ、まさかそんなくだらねェこと言うために、わざわざ呼び出したってんじゃねェよな?オイ」

「………………同じ酒を」

「話聞け、コラ」


同じ速度で二杯目を飲み干したゾロは、同じように、円く水滴のついた場所にジョッキを置いた。


「あいつが、」

「あいつ……?」

「ナミが…………」

「………………」

「そういうとこがなけりゃあ、いいと言ってた。てめェのこと」

「…………は?」

「てめェがよその女に鼻の下のばさなきゃ、ナミはその気になるんじゃねェのか?」

「オイ…………オロされてェのか…」



なんのつもりで、そんなこと言ってやがる。



おれの殺気を感じ取ったのか、しばし押し黙った後、抑揚のない声が、ポツリ、宙に置かれた。




「ナミは、…………お前と恋仲になるのが、おれは、いいと思ってる」



ーーーーは、



「ーーふっ、……ざけんなッ!!!なんの冗談だっ!!!!」

「本気だ。てめェも満更じゃねェはずだ」

「そういう問題じゃねェんだよッ!!クソッ、んなこと…!!何でてめェに言われなきゃならねェんだ!!!」

「てめェがいつまでも、けじめのねェ態度とってやがるからだろうが!!」

「はぁ!!?余計なお世話だクソマリモッ!!!!」



本当に、心底腹の立つ奴だ。


ナミさんが、いったい誰を想っているかも知らないで。


本当に、心底呆れ果ててるさ。


ぐびぐびと、三杯目を飲み干して、真っ直ぐ前を見据えた男の唇が動くのを、怖いと思う臆病者が。


「確かに、余計な世話かもしれんが……」

「まったくな」

「てめェはおれと違って、口が立つ」

「………………」

「あいつも、そういう奴の方が安心するだろう……」

「…………んだよ、そりゃあ…」

「………………」

「同情ってやつか…?敵に塩贈られる覚えはねェ!」

「あいつには、…………」



幸せになってもらいてェ。



「っ、てめェっ……!!!」

「……………………」

「てめェは……!!惚れてたんじゃねェのかよ!!ナミさんに……ッ!!!!」

「……………………」



握りしめていたジョッキの取っ手が、汗か結露かわからない水滴でじとりと濡れる。

同じ人を見ているから、何を思っているのかなんて、嫌でもわかる。

おれは、お前にだけは、彼女をとられたくはない。けどなーー


お前に彼女を譲られるのは、もっと嫌だ。



「なんとか言えよッ!!!」

「……おれは、てめェとは違う」

「同じだろうが!!てめェも、ナミさんのこと……っ」

「強くなるのに、女はいらねェ」

「は、…………なんっ、」

「女は、邪魔なだけだ」



思わず立ち上がり、着流しの襟を掴み上げた。

喧騒に包まれていた店内の視線の多くが、こちらに集まる。

この男と彼女の間に何があって、どういう心境の変化で、こんなことになっているのか。

そんなことは、知ったこっちゃない。

確かに少し前までは、口に出さないだけで互いに牽制しあっていたはずだ。

それなのに今、全ての感情を捨て去ったかのような面持ちで、ゾロはただそこに座している。



「邪魔、だと……!?」

「そうだ」

「自分が身を引いてやったとでも思ってんのか!!?………格好つけやがって!!」

「そういうわけじゃねェ」

「てめェは…!!ナミさんの気持ちを、考えてやったことはあんのかよ…!?」

「……………………」

「ナミさんはっ、ナミさんはなッ………!!」

「……………………」

「てめェのことが……ッ!!!!」




ーーガンッッ!!!!




遮るように激しくジョッキをテーブルに叩きつけ、前しか見ていなかった男が、この店に入って初めてこちらを見た。




「あいつを…………」


「………………」


「…………頼む」


「………………まさか、てめェ…」




彼女の気持ちを知っててーー




毒気を抜かれたように呆けたおれの無言を肯定ととったのか、奴は静かに四杯目を飲み干した。


全く、どうしてこう、男というものはつまらないのか。


たった一人の女のために、大の大人がいい様だ。

そんなに好きなら、なりふり構わず奪えばいいものを、おれも、お前も、そんなことはできないらしい。

均衡を保つため、いつまでも気を使うばかりで、いったい誰が報われる?



“恋は幻想”なんて、馬鹿げてる。



恋はいつでも、おれたちに現実的な問題を突き付け、足場の悪い崖を築き、逃げ場を塞ぐ。

そのくせ甘ったるく舌の上を侵食して、優しく頭をなぜ、それ無しでは生きられなくしてしまう。


どんな男も、それにかかればただのつまらない男に成り果てる。




恋といふ曲者




その曲者は、全ての男を腑抜けにする。




END


[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ