過去拍手御礼novels3

□負けるが勝ち
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恋は、好きにさせた方が勝ちだから。



私は決して、自分から告白なんてしない。

いつでも優位に立っていたいから、どうすれば相手が心酔するのかを、いつもいつも、考えている。

だから、どうすべきかわかっているくせに知らんぷりする大人も、曖昧な関係を楽しむだけの意地の悪い大人も、好きじゃない。


何を考えてるかわからない男より、何でも明け透けにお喋りなどこかのコックさんの方が、よっぽどマシだと思うくらい。




「そういえば、船は空けてきて平気なの?」

「あァ、今日は一番隊が自由行動の日なんだよい」

「ふぅーん、そうなのね」


小さく笑んだマルコは、通りかかった店員を呼び寄せ、酒の追加と適当な料理を見繕って注文を済ませた。

グラスを上から掴む指が、やけに長い。はだけたシャツの間から見える鎖骨が、まるでわざとらしく誘っているようだ。


「おめェこそ、こんなところでこんなオヤジと飲んでていいのかよい?」


この期に及んでまだそんな白々しい台詞を吐くマルコを、できることなら突き飛ばしてしまいたい。

女が男と二人で飲むことを許す。その意味を、わからないわけではないだろう。

それなのに、何度忍び会いを重ねても、自分の気持ちを晒そうともしなければ、私の気持ちに気づかぬふりを通している。



もちろん、「好き」と言ったこともなければ、言われたこともない。



「うちは船の修繕があるから、今日はフランキー以外みんな陸に宿とってるのよ」

「船の修繕…?戦闘でもあったのかよい?」

「それがね……ウソップが放置してた実験道具を、ルフィが勝手に触ったみたいで…」

「ほう」

「船室の扉から壁から、焼け焦げちゃって……」

「そりゃあまた……」


思い出したら怒りが再燃してきて拳を握る。

あいつら、本当に馬鹿なんだから。そう愚痴をこぼすと、マルコは心底可笑しそうに肩を揺らした。


「昔のうちの船を思い出すよい」

「そんな破壊神、ルフィ以外にいるかしら?」

「その破壊神の兄貴、能力の加減が下手くそでねい…食材と一緒にキッチンも燃やしちまって、サッチによく拳骨食らってた」

「ふふ、似た者兄弟ってやつ?」

「あァ、そうだねい。…………そういやおめェ、」



エースと何かあったかよい?



ドキリと波打つ胸を抑えるよう、甘い果実酒を口に含む。

これは、チャンスでもある。マルコが、私のことをどう思っているのか。

多少言葉に仕掛けでもしなければ、その硬い口からは何も聞き出すことができないだろう。



「……どうしてそう思うの?」

「いや、まァ……たまたまおめェの話題を出した時に、なんとなく、エースの様子が変だったからよい」

「……そう、……エースが…」

「………………」

「………………」

「…………あいつに何か言われたかい?」



目線を逸らして俯いた私の顔を、マルコが身を乗り出して覗きこむ。

食いついた。心の中でほくそ笑み、何も知らない少女のように、指の腹を擦り合わせた。



「……一月くらい前、だったかしら……そっちの船で宴をしたことがあったわよね?」

「あァ、無人の冬島に同じタイミングで着航してた時か」

「その時ね、……エースに…」



ーーキスを迫られて。




ごくり、息を飲む音が耳に届く。

こんな話になったのも、もどかしい私たちに、神様が痺れを切らしたからじゃないかしら。

もしかしたら、今日こそは、この関係に変化が起こるかも。

そんな期待を胸に、目の前の男の顔を伺った。



「…………あの馬鹿は…」

「あっ、でもね…!きっとエースも酔っぱらってたから!何かの気の迷い…ってやつ?相手間違えちゃったとか?……アハハ」

「ナミ……うちの躾のなってねェ犬がすまねェな。どっちにしろ海楼石の首輪でもつけて、マストに吊るしてやるからよい」

「あー、……いいのよ、別にもう」


苦虫を噛み潰したような表情のマルコは、グラスを口許に持ってきたまま、鼻で息をついた。


「…………で?」

「……で?……って…?」

「いや、だからなァ……」

「………………」

「……キス、したのかよい?エースと」



未だかつて、こんなに色気のある話をしてこなかっただけに、自分で仕向けておいて、私はやおら顔を赤らめた。

対してマルコは、いたって真面目な面持ちで私の返答を待っている。



「……それを聞いて、どうするつもり?」

「どうするって……答えによっちゃあ、今後の自分の振る舞い方を変えなきゃならねェ。おれがそれを知っちまってる以上、今ここでこうしていることも、いざこざの原因になりかねねェだろい」


つまり、私がエースの女になるならば、自分は身を引くということだ。


まぁ、なんて潔いこと。



「するわけないでしょう?未遂よ、み、す、い!」

「そいかい……」

「そうそう。安心した?」

「一応聞くが……おめェ、エースが本命なわけじゃねェだろい?」


私の投石を軽やかにスルーして、マルコは背もたれに身体を預ける。

もしかして、今しがたの言葉は、私への挑戦なのかもしれない。だとしたら、目の前の男はなんて意地汚い奴だろう。


「あら、それってなんか、……まるで、私の本命を知ってるかのような口振りね?」



マルコは気だるげな瞳をギラつかせ、蜜を舐めたように満悦の笑みを浮かべた。




「さァな」




ーーやっぱり。



「ところで、……マルコはいないの?本命の人」


こうなったら、どちらが先に白状するかのせめぎ合い。

ここでうまくやった方が、今後の主導権を握ることになる。

無邪気に微笑んで、フライドポテトを口に運ぶ。指についた塩を舐めとると、マルコはテーブルに肘をつき、再び私に近づいた。


「それを聞いて、どうすんだい?」

「そうねー、私も今後の自分の振る舞い方を考えてみようかしら?」

「くくっ、そうかい、そりゃイイ心掛けだよい」


どんな誘導尋問も、かの有名な白髭の右腕には、よもや通用しないのではあるまいか。

私がこんなに水を向けてやっているのだ。普通の男なら、この辺で「僕の本命は君だよ」なんて、観念しても良さそうなのに。


「……ね、本当に誰なの?一番隊の新入りの子?それとも、あの黒髪の綺麗なナースさん?」

「どれも外れだ。船におれの好みの女はいねェよい」

「へぇ、じゃあ誰?マルコが好きになるくらいだから、とんでもない美人さんなのかしらー?」

「さァ、どうだろうなァ」

「あっ…!もしかして…………」



ーー私だったりして。



こんなに易しい問題はないでしょう?

どうすべきかわかっているくせに知らんぷりする大人も、曖昧な関係を楽しむだけの意地の悪い大人も、私は好きじゃないんだから。


答えはたったひとつ。


イエスかノーか、はっきりしてよ。



「………………ナミ、」


「ん……?」


「おめェはおれに、なんて言ってほしいんだよい?」




ごくり、唾を飲み下す音が、聞こえてしまったかもしれない。

青い瞳に射抜かれる。途端、顔中に熱が集まった。

もしかして、今までのことは全て、私の思い違いだったのだろうか。そんな不安が沸き起こる。

よくよく考えれば、こんな話になったのも、この男の思惑通りなのかもしれない。



「べ、……つに、……ただの冗談でしょう?」

「………冗談?」

「そ、そうよ!話の流れで聞いてみただけ!マルコの好きな人なんて、私全然、これっぽっちも興味ないし…!!」

「…………本当に興味ねェのかい?」

「全然、……うん、全く興味ないわよ!」

「…ふぅーん、そうかい………」

「…………なによ…」

「…………いやァ…」



その時私は、気づいてしまった。


グラスで隠したマルコの唇が、耐えようにも耐えきれず、薄く横に引かれていることに。



「ーーちょ、ちょっと…!何がおかしいの……!?」

「ん…?いやァ、悪い。少し苛めすぎたみたいだねい」

「なっ、」

「ナミ、おめェ、……くくっ、本当に可愛い奴だよい」



いよいよ我慢も限界とばかりに、肩を震わせて笑い出すマルコ。


ーーからかわれた。


鏡の前に裸で立たされたような羞恥が私の全身にみなぎって、思わず立ち上がった。



「ちょっと…!いい加減にっ……!!」

「ナミ」

「なっ、なによ…!?」

「おめェには、負けたよい」

「……っ、」


同じように立ち上がったマルコが、私の熱くなった手を取り口付ける。

そうすると、まるで花が蕾に戻るように、唇が結ばれた。


恋は、好きにさせた方が勝ちだから。

私は決して、自分から告白なんてしない。

いつでも優位に立っていたい。だから、どうすれば相手が心酔するのかを、考えてるの。




「おれはおめェを、誰にもくれてやるつもりはねェんだよいーーこの意味わかるか……?」


「………………」


「ナミ、愛してる。おれの女になってくれ」




まさに私の望む愛の唄を謳いあげ、自ら負けを認めてみせた、賢くズルい、大人の男。

あなたはきっと、恋愛を勝ち負けで決めるのは、くだらないと言うのでしょうね。

だけどこの胸の内を確信して、さかしらに微笑む姿に不覚にも、私は心奪われてしまったの。



やっぱり恋は、好きにさせた方が勝ちみたい。




負けるが勝ち





あなたには、敵わない。



END


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