過去拍手御礼novels3

□シンクロニー
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元は他人同士であるはずの夫と妻も、長年共に暮らせば容姿や物の考え方が似てくるらしい。

これを「シンクロニー」と言い、好意を寄せる相手の仕草や表情を無意識に真似てしまうのだとか。

最も自分は、世間一般的な仲睦まじい夫婦というやつを目にしたことがないので、実際のところどうなのかわからないし、興味もない。



問題はそれが、好意を寄せる相手、ひいては尊敬している相手との間でも起こってしまうということだ。




「ローって、モテるわよね」



ストローをくわえたまま器用に話し出した彼女に、両隣に座っていたおれとシャチは顔を見合わせた。

つけ毛が疑われるほど長い睫毛に守られた瞳は、奥で数名の女に絡まれているその人の背中を捕らえている。


「ああ、そうだな。船長は恐ろしくモテるぞ?」

「そりゃあ、男のおれらから見てもかっこいいもんなー、船長は」


そうよね。と呟いて、彼女が耳から落ちた髪をかきあげると、男所帯の船では嗅ぐことができないえもいわれぬ香りが漂う。

それに気づいたシャチが、ソファにふんぞり返るふりをして、髪の間から見えるうなじを目に焼き付けている。


こいつには後で、船の書庫の整理でも言いつけよう。



「ね、ペンギン」

「なんだ?」

「ローは、どうしてモテるんだと思う?」

「そうだな……」

「そんなの決まってんだろナミ!あの整った顔立ちとミステリアスでクールな雰囲気がたまんねェんだッ!女はなぜか、クールな男が好きだよなー!」

「シャチには聞いてないわよ」


聞いてくれッ!!と額を覆ったシャチには目もくれず、彼女は真剣な顔でこちらを見た。


「……まァ、容姿、スタイル、声、強さ、聡明さ、雰囲気、いろいろあるが……」


結局女は、あのカリスマ性に惹かれるんじゃないか?そう言うと、彼女の唇が、たいそうつまらなそうに突き出した。


「そんなにすらすらローの良いところが言えちゃうんだ。ふーん」

「何か問題でもあるか?」

「ペンギンも、ローのこと大好きよね」

「……それは嫉妬か?」

「……わかんない。でも、みんなあいつのことが好きじゃない?なんかそれって、面白くないなぁって」


ああ確かにその、“みんな”の中におまえが入っていることは、面白くはないがな。

ツナギの襟に隠した口に弧を張った。ついでに言えば、彼女がその事実に気づいていないことは、ちょっと面白い。


「おまえだって、皆に好かれているじゃないか」

「そうだぞーナミ、おれこの前、おまえんとこのコックにどやされた。無闇にナミさんと親しくするんじゃねェって。あいつ、おまえのなんなの?」

「そりゃあ私はかわいいし?スタイルもいいし頭もいいし?サンジくんみたいな男がごろごろ寄ってくるわよ?だって、モテない要素ないもの」

「お、おぉぉナミ、何一つ間違ってねェが、何か間違ってる気がするのは何故だ?ペンギン」

「そうだな、一つ間違っているとすれば、おまえの脳ミソの配置だろう」

「ひっでェッ!!人権侵害!!」

「海賊が人道を説くのも間違いだ」

「やめて。私のために争わないで」

「ああ、やめよう」

「えぇぇ!?おれらナミのために争ってたっけ!?」


水を流すようにさらさらと言葉を紡ぐ彼女は、自己肯定の天才だ。その才能を、あそこでぐうぐう寝ている後ろ向きな白熊に少し分けてほしいところである。


「もしかして私、ローにライバル心があるのかも」

「「は?」」

「ほら、ローって私ほどじゃないにしても魅力的だし、モテるし、仲間の信頼も厚いし……」

「「…………」」

「私って負けず嫌いなのね。ローにまで嫉妬しちゃうなんて」


自分で導き出した結論に、彼女はすべからく納得しているようだけど、それは見当違いというものだ。

原因は、うちの船長が皆に愛されているからということに変わりないが、彼女の中にあるのはライバル心ではなく、ただの恋心だろう。

「負けず嫌いもほどほどにしないとね、うん」などと真剣な顔で呟く彼女を見ていたら、腹の底を揺らした笑いが思わず口から漏れた。


「……くくっ、」

「……ちょっとペンギン、何笑ってんの?」

「いや、……なんでもない」

「ナミ……おまえさァ、まさか自分の気持ちわかってねェの?」

「自分の気持ち?だから、私のローに対するライバル心の話でしょう?」


小刻みに肩を揺らすおれと、盛大なため息をつくシャチを、彼女は不思議そうに見比べた。


「その調子じゃおまえ、船長の気持ちにも…」

「シャチ、よせ」

「だけどよォ…」

「…何?何の話?」

「いいんだ。おまえは何も間違ってない」


諭すつもりで彼女の肩に手を置いた。この時ばかりは下心はなかったはずだ。

しかし、すぐさまやってきた強烈な空気に、おれとシャチは身震いした。こんな殺気を放てるのは、この場に一人しかいないだろう。

おぞましいほどの視線の出所を辿ると、予想通り、真っ直ぐにおれを突き刺す藍の視線とかち合った。


「……お、おおおおいペンギン!は、早くその手ェどけろって…!」

「ん?大丈夫だ。なんならおれは、このままナミの肩を抱いてやってもいいぞ?」

「全っっ然大丈夫じゃねェッ!!この無鉄砲!!!」


小さくなって震えているシャチの隣で、ここがミニ修羅場になっていることも知らずに、彼女は無邪気に微笑んだ。


「ペンギンって、ちょっとローに似てるわよね」

「そうか?」

「ええ。何考えてるかわかんないとことか、冷たいふりして優しいギャップとか」


それはそうだろう。長年共に暮らせば容姿や物の考え方が似てくるらしい。自分は船長に心底憧れているのだから、尚更だ。


でも、だからってなぁ……。


いくら「シンクロニー」というやつが働いたからといって、女のタイプまで似なくてもいいとは思うが。


「そうか。船長に似ているなんて、光栄だ」

「ペンギンも、地味にモテるしねー」

「……だが、おれには好きな女がいるからな」


震えていたシャチが、ギョッとしてこちらを見る。彼女は、おもちゃ箱を見つけた少女のように目を輝かせた。


「そうなの!!?」

「あァ。だが、叶わぬ恋だ」

「叶わぬ恋……?」

「その女には好きな男がいてな……そいつと付き合うまで秒読みだろう」

「そんな…………私、ペンギンのこと応援するわ!!」


おれの手を握り、力強い瞳で宣言する彼女に、シャチは膝の間で茶色の癖っ毛をガリガリとかきむしった。


「ナミおまえ…………あぁぁっ、もうッ!!このすっとこどっこい!!」

「なんですって!!?」

「ペンギンもなんとか言ってやれよ!!!」

「おれも、ナミを応援しているぞ」

「ちが、……あァァァッ、もうっ、全部知っちまってるおれはどうすりゃいいの!!?」


身体中を蟻が這っているかのようにバタバタと身悶えしだしたシャチに、苦笑する。

どうもこうも、ナミがおれの応援をしてくれると言うのだ。こんなに嬉しいことはない。




「…………何してる」


手首に強い圧迫を感じたと思ったら、そのまま有無を言わせぬ力で声の方に引かれ、彼女の温もりから引き剥がされる。

振り向くと、帽子の鍔で陰りを増した鋭い瞳がレーザーのごとくおれを焼き付くそうとしていた。


「げっ!!船長ッ…!!」

「話をしていただけですが」

「話?」

「ええ。今流行りの“恋バナ”というやつです。なぁ?ナミ」

「そうそう!私、ペンギンの恋を応援するんだから!」

「あァ?」

「楽しいですよ。船長も、混ざります?」


シャチが、「これ以上ややこしくしないでくれ」という青い顔でこちらの様子を伺っているけれど、完璧な美男美女が右往左往する姿は、やっぱりちょっと面白い。

類は友を呼ぶと言うけれど、うちの場合は入った後で寄せていく。何かしらの引力が、船長には働いているのだろう。自分も昔はこんなに意地の悪い性格ではなかったが、今はすっかり人の嫌がる顔を好むようになってしまった。


「ほう……聞かせてもらおうか。ペンギンが、誰に惚れてるって?」


ほら船長、あなた今、すごく楽しそうな顔をしてますよ。


シャチは、とうとう帽子の中に鼻まで隠れて置物と化している。

下手をしたら血みどろになるかもしれない綱渡りの駆け引きが行われていることにも気づかずに、彼女はうっとりと瞳を潤ませた。



「ペンギンはね、きっと、……すごくすごく素敵な人に、恋をしてるのよ……」



今度こそ吹き出したおれなど気にせずに、「ローも、ペンギンの恋を邪魔しちゃだめよ?!」とハチャメチャな事を言う彼女は、本当に面白くて最高だ。


「…………おいペンギン、あまりこいつをからかうな」

「からかってなんかいません。事実を伝えているだけです」

「そうよ!何?ロー、私がペンギンと仲良くしてるからって、嫉妬しちゃった?」

「……………………」


ある意味間違ってないからか、船長はひどくつまらなそうに唇を尖らせた。


もしも、自分が彼女に本気になったら、この人はいったいどうなってしまうのだろう。


少し気になりはするものの、きっと自分がそれを知ることは、一生ない。


なぜなら自分が彼女を好きなのは、ただ単に船長の真似をしているだけのことに過ぎないから。そうだ、そういうことにしておこう。



あなたに似て、人の歪んだ顔は大好きだけど。


あいにくおれは、彼女が傷つくくらいなら、迷わず自分が傷つく方を選びます。



大丈夫ーー



おれはあなたと彼女を、この先もずっと、心の底から愛していますから。





「頑張ってね、ペンギン」




なるほど好きな人の好きな人は、自分も好きになるわけだ。

彼女がそう言って優しく笑いかけたから、自分も彼女と同じように優しい笑みを浮かべていた。




シンクロニー




「おれもうおまえらのやり取り見てらんねェ!!」
「それなら船に戻って書棚の整理でもしておけ」
「え!!?なんで!!」
「嫌ならおまえも参戦してみるか?」
「うわッ!!鬼畜なのは船長だけで十分だっての!!」
「あァ?シャチ、言いてェことがあるならはっきり言え」
「ナンデモゴザイマセン」



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