過去拍手御礼novels3

□復讐劇
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「ヒギャッッ!!」


唐突に開かれた扉の音があまりにもでかすぎて、カウンター席でココアを飲んでいたチョッパーが毛を逆立てて飛び上がった。



「もうっ…!!!あったまきたッッッ!!!!」


雷でも、もっと心の準備をさせてくれそうだ。


近くにいたウソップは既に机の下に避難して、可哀想なくらいぶるぶると震えている。


「なによっ!なんなのよ!!?フザけんじゃないわよまったく!!!!」

「「ひィィッ!!!」」


別に神や仏は信じちゃいないが、触らぬ神に祟りなしというわけで。

怒れるうちの魔女様にも近づくべからずだ。


「…………ちょっとあんたたち…」

「はっ、はぃぃぃっ!!」

「甲板が散らかってるわよ?」


地を這うようなおどろおどろしい声に、抱き合っていたウソップとチョッパーは短い悲鳴を上げて一目散に外に飛び出していった。


おー、くわばらくわばら。



「ちょっとあんた」

「………………」

「……起きてんのはわかってんのよ」


不機嫌の原因は、十中八九あの眉毛野郎のことに決まってる。

世界一面倒くさいカップルの相手をするのはご免だが、ここで無視すれば、もっと面倒くさいことになる。

仕方なく片目を開けると、墨をばらまいたように黒いオーラを纏った女が仁王よろしく立っていた。


「……なんだ」

「あんたにお願いがあるんだけど」

「断る」

「じゃあ、命令するからよく聞いて」

「はぁ?!なんだそりゃ!!」


元も子もないことを言い放ち、ソファに胡座をかいていたおれの隣をどかりと占領した。

女曰く、世界は自分のために回っているらしい。



「私とキスして」

「キスだぁ?そんなもん、………………はァァっ?!!」


女の顔はいたって真面目だ。

むしろ、一通り焼き付くして鎮火してしまった後の冷静さというものかもしれない。

何のためにそんな事をしなければならないのかわからないが、どこか、切羽詰まっているようにも見えた。


「いいから、キスして!今すぐよ!!」

「ちょ、ちょっと待て!!意味わからん!!」

「何よ!?こんなキュート美人とキスできるってのに不満でもあるわけ!?ゾロのくせに!!」

「てめェそれが人に物頼む態度かよ!!」

「いいから早くキスしなさいよ!!なんなら付き合ってあげてもいいわよ!!」

「“あげても”とは何だ!!“あげても”とは!!」


これが、男女のキスを巡る会話とは思いがたい。なんて幼稚で色気のない駆け引きだろう。

とかく、シチュエーションだけは願ってもないのだが、襟を掴んでユサユサと揺さぶられたのでは、迫られているのか、はたまた喧嘩を売られているのかわからない。

そんな無意味とも思えるやり取りをしているうちに、もう一人の渦中の人物が飛び込んできた。


「ただいまー…………って、ナミさんそいつと何してるの?」


ぐるんぐるん揺れていた頭が、ピタリと止まる。女は瞼を半分下げて、アクセントを付けずに呟いた。


「あんたこそ、今まで何してたの?」


なんだか世界一面倒くさい修羅場になりそうだ。

そろりと立ち上がろうとした腰を掴まれて、尻をソファに叩き戻される。

だんだんわからなくなってきた。自分はいったい、何のためにここにいるのだろう。


「何って…………食糧調達だよ?あ、おつりここに置いておくね?」

「それだけ?」

「うん…………それだけですよ?」

「あっ、そぉ…………」


やはり、冷静でもなんでもない。ただの情緒不安定で、鎮火などしておらず、絶賛炎上中らしい。

こうなってしまえば、どんなに威力のある消防ホースでも、燃え盛る炎を消すことはできないだろう。


「ナミさんは?島に降りてたんだろう?今日は何してたの?」


おれは関係ねェ。そんな遠い目をしていたら、まるで首輪でも引っ張るように襟から引き寄せられた。



「こいつと、ホテルに行ってたわ」

「あァ?」

「え………?」


果たしてそんなイイ思いをしたのなら、覚えていないはずがない。

口を空けて固まっていると、一足先に正気を取り戻した男が紙袋を小脇にキッチンに入っていった。


「はは、ビックリしたー……ナミさん、そんな冗談どこで覚えたの?」

「冗談…?あっそう、冗談だと思ってるわけ?」

「いやだって、あり得ないでしょ、そんなちんちくりんとナミさんが」

「あァ?!」

「そうよ!私、このちんちくりんと寝たの!悪い?」


男がチラリとおれに向けた目は、女の熱さと対照的な温度を放っていた。



「…………なんのために?」


「あんたが、同じことしてたから」



ーーそういうことか。


やっと女の行動の意味がつかめてきたが、ここが宇宙の構造並みに複雑なことに変わりない。

もう、何をどう口出しして良いかわからず、いっそ何も口出ししないことにした。


「……やだなぁ、ナミさんそれ、何かの勘違いじゃない?」

「つい二時間前くらいよね。島の東の“ドルフィン“っていうホテルに、茶髪の女と入っていったの」

「人違いだろう?」

「金髪のぐるぐる眉毛、あんた以外に誰がいるっていうのよ」

「見間違いだって。ナミさん少し疲れてるんじゃねェ?」

「………………」

「ほら、お茶でも淹れるから、座りなよ」

「…………今回が、初めてじゃないわよ」


だから、もういい。あんたがそうくるなら、私も他の男と遊ぶから。

気丈にそう言った女の、襟を掴んだままの指は小さく震えていた。



「……つーか、さっきの話も嘘だよね?マリモと寝たとかさ」

「だから、嘘なんかじゃないわよ!私こいつと…!!」

「証拠でもあるの?」

「証拠……って、」

「だって、ナミさんに、」



そんな勇気ねェよ。



どこか嘲笑うかのような響きが込められた言葉に、女の力がふっと抜けた。

男は紙袋から出した食材を、整然と陳列させていく。


「それに、そこのマリモにだって…」

「………………」

「そんな、人の女に手ェ出すような根性はねェって」


未だ「自分の女」などと言ってのける神経の図太さに、傍観するのはやめにした。

この際だから、誤魔化すのも、遠慮するのも、自分の気持ちを閉じ込めるのもおしまいだ。



「あんた、いい加減に……!!」



立ち上がり、右手を振り上げながらツカツカとキッチンに向かう女の腕を引き戻す。


そんなやつ、殴る価値もない。


切羽詰まっているのなら、なんなりと、協力してやるよ。

一番の復讐は、そんな男への執着なんて捨てること。

おれの取り柄は一途なことだけ。そんな浮気男より、おまえを満足させることができるだろう。



「証拠なら、あるぜ?」



自分の女にするように、情熱的に口づける。

一瞬怯んだ細い腕が直におれの首に巻き付くと、それまで余裕だった男がやっと、目を見開いて息を呑む。


傷つけられたなら、全て熱にしてぶつけてこい。

おれはお望み通り、世界一面倒くさい修羅場に巻き込まれてやるとしよう。



さぁ、火を噴く火事場に油を注いだらどうなるか、見物だな。



復讐劇



は、始まったばかりだ。



END


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