過去拍手御礼novels3
□待ちぶせトラップ
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サニー号に乗ってから、夜の入浴後にそのまま測量室で海図を描くのが日課になった。
細かい作業に一刻ほど費やして、部屋に戻るのはだいたいいつも、22時頃。
先の島で仲間二人が戻ってきたことや、毎日何か新しい発見をさせてくれる巨大な船のおかげで、クルーたちはなんとなく浮き足立っている。
「あ…!ナミさん!」
「サンジくん!こんなところで何してるの?」
女部屋に戻る途中の外階段で出くわしたのは、予想外の人物だった。
サンジくんは微かに煙草の匂いを漂わせ、ポケットに片手を入れたまま、にんまりした。
「ちょっと、船首で一服」
忙しい彼のことだ。こんな時間にならなければ自由な時間がもてないのだろう。
「もしかして、これから明日の仕込み?」
「そう。でも、すぐに終わりますよ」
少し考えて、「大変ね」を「お疲れ様」と言い換える。
同じ段まで歩を進めると、会話の終わりを阻止するかのように、サンジくんの口から言葉が漏れた。
「あー、…ナミさんは、作業してたの?」
「そうよ。この時間、測量室で海図描いてるの。机も広いし、すっごく使いやすいのよ」
「へェ、測量室はあんまり行ったことねェが、キッチンもダイニングも最高だし、どこも使いやすいよな」
「そうね。フランキーに感謝しなきゃ。なんかちょっと癪だけど」
二人で笑って、今度こそ会話が途切れた。すれ違い様の横顔が、何か考えているかのように難しげだ。
「えっと、部屋にお茶でも、」
「大丈夫。もう寝るから」
「じゃあナミさん!おやすみの、ちゅーは?」
「はいはい、冗談言ってないで仕事に戻んなさい?あ、お風呂はあんたで最後だから、詮は抜いといてね?じゃ、おやすみ」
「ふぁーい」と気のない返事をしたサンジくんにひらひらと手を振る。扉を閉めるまで、視線が背中を行ったりきたりした。
「やぁナミさん!また会ったね!」
「………………」
三日目までは、まぁ二人とも日課に従っているだけだし、偶然なんて拾ってもそこら中に落ちてるし、こんなこともあるわよね。なんて思っていた。
でも、四日目にはサンジくんが結構狡猾だったことを思い出し、この変な偶然が五日続いたとき、ようやく腑に落ちた。
「ん?ナミさんどうし、」
「サンジくん……」
「はい」
「私のこと、待ちぶせしてたわね?」
ぎくうっという音を首から出して、サンジくんの笑顔が強ばった。
「いっ、いやぁ、偶然!偶然だよナミさん!!」
「昨日も一昨日も、部屋に戻る時間をずらしたのに、こんなに偶然が重なるかしら?」
「そ、そりゃあ……もうほら、運命なんじゃねェかな?おれとナミさんがここでこうして出会うのは、神様のイタズラってやつなんじゃ……」
「………………」
「………………ごめんなさい」
しゅん、と項垂れて、サンジくんは呟いた。
その様子がなんだか憎めなくて、細めていた目を元に戻した。
「まったく、くだらないことしか思いつかないんだから」
「えーっ!くだらなくねェよ!ナミさんと二人きりになれるチャンスなんてあんまりねェんだし…!」
「そんなことしてる暇があったら、とっとと仕事済ませて部屋に戻んなさい!コックだからって不寝番が免除されるわけじゃないんだからね!?いい!?」
「ふぁい、ナミしゃん……」
飼い主に叱られた犬さながら、ペタペタと階段を降りていくサンジくんを、ため息混じりに見送った。
待ちぶせなんて、まるで乙女のようだ。ちょっと面白いから、このことはロビンと酒の肴にでもしようと思いながら部屋に戻った。
次の晩、「えへっ、今日は本当に偶然です」と全然懲りていない様子のサンジくんを軽くあしらって、不寝番に追いやった。
そしてさらに次の日ーー
「あれ……?」
サンジくんは、本当に待ちぶせをやめていた。
いつもなら見計らったかのように、いや実際にタイミングを合わせていたのだろうが、階段から降りてくる彼に出くわす場所で立ち止まる。
船首の方を見上げても、煙草の煙のようなものは見えないし、匂いもしない。
キッチンを振り返ると電気がついていたが、ほとんど一日中詰めている主は少しの休憩ならつけっぱなしにしているだろうし、サンジくんがそこにいるかはわからない。
そっか、昨日は不寝番だったから、生活サイクルが崩れているのかも。
そう考えて一段目に足を置く。
でも、今日は私も作業がちょっと早めに終わったし、まだ船首にいるのかもしれないわ?私が来るのはもっと後だと踏んで、のんびり見過ごしているのかも。
ヒールを響かせながら、階段を上る。サンジくんが現れる気配はない。
もしかして、本当に待ちぶせをやめたのかしら?でも、サンジくんがこんなに素直にめげたりするかしら?
今日は昼に大型吹雪台風なんかで凄まじく忙しかったし、サンジくんと話した記憶はほとんどない。
こんな日に、確実に私と会えるチャンスを、サンジくんが逃すかしら?
階段の中ほどまできて、足を止める。いつもなら、ここですれ違い、おやすみをする。
穏やかな海に目をやって、波に変化がないことを無駄に確認する。それでも間がもたなくて、次の階段にゆっくりと足を置いた。
「ナミさん?」
急に後ろから声がして、カエルのオモチャのようにその場で跳び跳ねる。
動機をさせながら振り向くと、サンジくんが階段の下で佇んでこちらを見上げていた。
「びっ、……びっくりさせないでよ!!もうっ!!」
ごめん、ごめんとへらへらしながら数段駆け上がり、サンジくんははたと首をかしげた。
「ところでナミさん、こんなところで何してたの?」
「何って、…………部屋に戻ろうとして…」
「階段の真ん中で、ずっと立ち止まってたけど?」
びっくりが通りすぎると、今度は胸の中にマグマが流れ込んだ。
私、ここで何してたーー?
「……そ、そっちこそ、こんなところで何してるのよ?」
「おれは、片付けが長引いて、今から休憩しようと思って…」
「…………そ、そう…」
いたたまれなくなって、部屋の方を向く。顔はそっちを向いていても、目には何も映りこんではこない。
「もしかしてナミさん、…………おれのこと、待ちぶせしてた?」
まるで、コタツのスイッチを入れたかのように、じわじわ身体が熱を発し始めた。
「そ、そんなわけないでしょ!!?」
「またまた〜!おれに会えなくて寂しかったんだろう?そんなにおれが恋しくなっちゃった?」
「はぁ!!?う、自惚れもいいとこよ!!」
「えー?でも、船首の方うかがったり、キッチン振り返ったりしてたよね?」
「そ、それはそういうんじゃ……………って、あんたもしかして…」
「待ちぶせを待ちぶせ」なんて、いくら恋する乙女でも、そんなくだらないことは思いつくまい。
でも、何せ彼は恋の奴隷だし、結構狡猾な男だから、それくらい、思いついてしまうのだ。
「ナミさんナミさん、おやすみの、ちゅーは?」
まんまとはめられた自分は、恋の駆け引きに向いてない。
そんなことを考えながら、勝ち誇った顔でツンツン指差しているそのほっぺを、力の限りひっばたいた。
待ちぶせトラップ
「あ、ナミさん今から風呂?偶然だね!一緒に入る?」
「もう一発やられたい?」
END