過去拍手御礼novels2

□純情の断末魔
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「…………なァ、」


「……んー?……なーに?」


「……………………」


「……………なによ?」


「…………おまえ、コックともヤったんだってなァ……?」



薄い瞼が開いた拍子に互いの鼻の頭がぶつかった。

限りなく近い距離で睨むおれに臆する様子もなく、ナミはにわか難儀な目つきでおれを見据え返した。



「………………」


「……オイ、どうなんだよ」


「…………サンジくんがそう言ったの?」



煩わしいものでも見るかのような冷酷な瞳を逃がさぬまま、

床についていた手で腰から刀を抜いてナミのシャツのボタンを外していく。


「あァ、触れ回ってたぜ?……まるで天国みてェだったってなァ……」


「へぇ、そう……」


小さく鼻で笑う小生意気な表情は、純血な天界の住人とは程遠い。

悪魔のような瞳を威嚇しながら一番下の固いボタンを、苛立つ指で半ば無理矢理引き外す。



「……で?実際のところどうなんだよ」


「……さぁねー、夢でも見てたんじゃない?」


わざとおれの耳に入るよう仕向けているくせに、

白々しく惚けてみせるはぐらかしの天才に舌打ちして、

乱雑に下着を引っ張り上げて露になった膨らみを強く鷲掴んだ。



「ビッチが」


「あんたたちがヤリチンなんでしょうが」


強く否定できないところなんともばつが悪くて、

挑発するような目の前の赤い唇に一度きつく吸い付いた。



「………おまえがおれとも寝てるって知ったら、コックはどう思うだろうなァ?」


「さぁ、泣くんじゃない?」


他人事かよ。


心の中で呆れのため息を吐きながら、ざらつく舌で首筋をぺろりと舐める。

抵抗も悦びもしない目の前の女にとってはまさに、今行われている行為も他人事に違いない。


「……おまえのことだから、どうせルフィともヤってんだろ」


「……さぁ、どうかしらねー」


「………………」


どこ吹く風の呑気さに苛立って、胸の先端を思い切りつねり上げた。


「…っ!いったいッ!!!」


「……………うっせ、」


「あんたね…!こういうときくらい優しくできないわけ!!?」


「いっ……ッ、痛ェよ!!」


「ふんっ、自業自得よ」


横から拳を食らって悶絶する。

こういうときくらいしおらしくできないのはどっちだ。


「…………なァ」


「……なによ」


豊かな胸に顔を埋めて先端に唾液を絡めると、

ぴくりと肩を揺らすくせに、甘さなんておくびも見せない声色が頭上から降ってくる。

この関係が始まったのはそんなに昔のことではないけれど、

最初からこの女はおれに対して情なんてものを持ち合わせてはいなかった。


「……どいつが一番よかった?」


「………そういうとこも闘争心でできてんの?」


めんどくさいわね、男って。


そう呟いて背中を這った繊細な手つきに身体中から情欲が沸き立って、吐く息を荒くしながら胸を貪る。


あァ、本当、重々承知だ。


めんどくせェ、めんどくせェ、めんどくせェ。


こんな女になんて、惚れなきゃよかった。



「……おれだろ……?」


「……あら、随分と自信があるのね」


「……なんだかんだおまえ、おれによがってんじゃねェか」


手のひらに重みを蓄えるように下から胸を撫で、ピンと立ち上がった中心を食む。


「演技かもしれないじゃない?それに他の男の前ではもっとよがってるかもしれないわよ?」


「……ガタガタ抜かすな。おれに感じてるって素直に口割っちまえ」


音を立てながら舌と上顎で吸い上げると、小バカにするかのごとく一笑に付された。

小憎たらしいことこの上ない。こいつは人を人とも思っちゃいない。


「まぁ……ムードづくりに関してはサンジくんの方が上よねぇ」


「はァ?……んなの気にする柄かよ」


指の腹で、舌先で、吐息で視線で、

おれの愛撫でこんなにも敏感に脈を打つくせに、

満足できないなどとは言わせない。百歩譲って、ここが抒情の欠片もない倉庫であったとしてもだ。



「それにねあんた、」


「……なんだよ」


「意外とあんたが一番の甘えん坊だったりするのよ?」


「あァ?」


眉間に皺を寄せて見上げると、唇にニンマリと弧を張ったままナミはおれの頭を猫でも撫でるみたいに優しく鋤いた。



「こうやって、見下ろすことが多いのよ……あんたの頭。赤ん坊か犬にでもなつかれてるみたいだわ?」


……いまいましい。



「だったら今度はおれが見下ろしてやるよ」


「………………」


むくりと背を伸ばしてナミの額を掴み壁に押し付ける。

膝立ちになって着流しをくつろげながら皺ひとつないその顔に、下半身ごと捻り寄った。



「くわえろ……」



ひどくいきり立っている自分のモノを衣服の窮屈さから解放するように、

下着の中に手を入れようとしたそのとき、

熱が集まる感覚とは違う腰の鈍痛に身体を折った。


「イヤよ!!」


「…い…ッ!!?」


ぐーで殴ることはないだろ。こいつはおれを男とも思っちゃいないのか。


「あんたの大変なのよ!?顎外れそうになるんだから!」


「てめッ…………悪かったな、デカくて……」


せめてもの苦し紛れにそう吐いてナミの肩にため息を落とす。

一瞬力を失いかけた己をごそごそと自分の手で扱きながら、目に入った白い肌に唇を這わせる。

やってくれないのだから仕方がない。女の匂いを嗅いで生の肌を見て感じてはどうにも手が止まらない。

腰が疼く。



「……がっついてるっていう点では三人とも同じね」


「………………やっぱルフィともヤってんじゃねェか」


「………………まぁ、どうだっていいじゃない」



くそ……!


同じように盛りのついた男がこの身体に興奮して息を荒くして、欲のままに腰を振ったかと思うとヘドが出る。



「……誰でもいいんだな、おまえ」


「……あんただって誰でもいいんでしょ?」


吸い付く首筋に他の野郎の痕を探してしまうこんな小さな男に、よくもそんな台詞が言えたものだ。



「……おまえ、ほんとにそう思ってんのか……」


「……なにが?」


「……おれが、ヤれればどんな女でもいい男だって……そう思ってんのか……?」


薄い皮膚に歯を立てる。指を胸の肉に食い込ませる。体重をかけて強く強く壁に押し付ける。


ナミは相変わらず人を食ったように冷たい瞳でおれを見た。



「私があんたの相手をしてるのが、答えだわ」


「っ、…………うるせェッ、」



無茶苦茶に言葉を遮った。自分の口で呼吸を奪って声を塞いで舌をなぶって歯から奥まで無茶苦茶に……

それでもナミは、人形みたいに感情のない瞳でおれを傍観している。ひたすらに。





「…………おまえといると…………気が、狂う……」


「………………」


長い拘束の後離れた口が、意図せず胸の黒塊を吐き出した。

鼻の頭をぶつけて額をぶつけて限りなく近い距離で見つめる瞳はどんなに冷たい色を帯びていようが、

頭にくるほど愛おしい。



「他の男に触られた身体なんざ……胸くそ悪ィ……」


「………………」


「おまえでイった男全員……殺したっていいんだぞ……」


「………………」


ドクドクと血を集める欲望を強く握る。


憎い、憎い。


おれの苦悩も想いも焦燥も、何一つ、意に介さない涼しい瞳が。


止まらない、自分が。





「……何度犯しても、満たされねェ……身体も、心も…………」


「………………」


「おまえといると……おかしくなる……」


「………………」



唇が微かに触れる位置でほとんど唸りのような息を吐き出した。




「……苦しくて……たえられねェ……」




微動だにしない瞳を前に歯噛みしてそっと目を伏せると、背中に細く小さな温もりを感じた。



「……楽になりたい?」



瞼を上げて視線を絡める。色を変えることのない表情からは何を考えているのかわからない。

しかしそれでも背中に回った細い腕に母親のような優しさを錯覚し、絞り出すように頷いた。




「……楽に、なりてェ……」



ふわりと微笑んだナミはおれの頭を自分の肩口に引き寄せ、柔らかな声で囁いた。



「私から手を引けば、楽になれるわよ……」


「……っ、」



心臓が宙吊りされたみたいに覚束なくなって、おれは咄嗟に息を止めた。

こいつの言う通りだ、気が狂うことなんてさっさとやめちまえ。

ピエロのような火遊び女には、もうこれ以上、ついていけない。

だけど今この瞬間身体に感じる温もりを、鼻に感じる麻薬の香りを、耳に感じる愛しい声を、

どうやって手放せばいいのかなんてわからなくて、血の味がするくらい唇を噛み締めた。



「それとも…………」


「………………」



冷たい汗で湿って強ばるこの身体をぎゅっと抱きしめたナミは、


生暖かい熱気を携えた舌で、おれの耳の縁を舐めずった。




「いっそ私に窒息してみる?」



「………………」



「堕ちるところまで堕ちたら、……息すら止まって楽になるわよ……」





確実に、しとめてあげるから。





ぞくりと身を震わす甘美な誘惑を、吐息と共に吹き掛けられて、


あッ…と短く嘆息したおれは、


柔く官能的なその身体を、たまらず壁に押し付けた。


熱に血迷った視線を絡めた瞬間、手の届かない心のどこかで何かが「やめろ」と叫ぶ声を、聞いたような気がしたが、


そんな警告の悲鳴ごと飲み込むように、冷たい誘惑の唇に喰いついた。




息絶えたって、構わない。








それでもおまえに溺れたい。











「……結局おれ以外の男とも寝んのか……」
「んー、どうしよっかなぁ」
「てめッ…!わかった……おれじゃねェと満足できねェ身体にしてやる」
「へぇ、楽しみにしてるわー」
(くそ…!悪女め!)
(私を求めて必死になってるあんたが好きなのよ)







END

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