過去拍手御礼novels2

□言葉には、想いが宿る
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声に出した言葉を本当の事に変えてしまう、「言霊」たる信仰が、あるという。


言霊信仰においては、声に出した言葉は現実の事象に影響を与えると信じられ、

古くから、発した言葉の良し悪しによって吉事や凶事が起こるとされていた。


人の言葉には、物事を動かす大きな大きな力がある。


それがたとえ、善い事でも、悪い事でもー−−





「あのとき……私があんなこと言ったから……」



薄暗い海にため息を落とし、目を閉じた。



あのとき、あんなことさえ言わなければ……

ゾロは……




『好きって言って』



たったそれだけのことだった。


ただ単に、言葉で愛情表現してくれないゾロからその一言を聞いてみたくて。



『……あ?……急になんだよ……』

『いいから言ってみて!』

『はぁ?なんでんなこと……めんどくせェ』


めんどくさいってなに?

恋人に愛を求められるのが、めんどくさいことなの?


『……ふーん、じゃああんた、私のこと好きじゃないんだ?』


『あ?……なんでそうなんだよ』


そのときは、欲求が満たされないことに不満を覚えて、

ごろりと背を向けたゾロに、

心にもないことを言ってしまった。



『……だったらいいわよ……別れるから…!』



私を追ってきてくれると高を括っていたのに、背中からは


『…………そーかよ』


たったその一言だけだった。







「……なんで、あんなこと……」


両手で顔を覆うといつもは優しい波の音も胸を騒ぎ立てる雑音にしか聞こえない。

あのときは、素っ気ない返事に余計に腹が立って、

顔も見ないまま甲板を後にした。

だけどよくよく冷静になってみると、

ゾロはゾロなりに、言葉で伝えてくれる何倍も温かい愛を私に注いでくれていて、

私は不器用なその愛が、大好きだったのに。



「なんで……別れるなんて言っちゃったのよ……」



あれからゾロは、私を前にしても何の反応も示さなくなった。

周りから見れば普段と変わりない態度だけれど、

私の『別れる』という発言には何も触れずに、まるで仲間だったときみたいに素っ気ない。

恋人になったって基本的には素っ気なかったけど、

ふたりの時間をつくってくれたり、みんなの目を盗んでキスしてきたり、

優しく名前を呼んでくれたり、ふいに熱く抱きしめてくれる……

そんな瞬間が、無くなった。


おかしいって、最初は思った。

なんで私を無視してんのこいつって。

だけど、当然じゃない。

『別れる』って言ったのは、私なんだから……




私のあのときの言葉が「本当の事」になってしまったんだ……




「見張り……行かなきゃ……」


後悔してもしきれない。

好きだと言ってくれなくたって、傍にいてくれるだけで幸せだったのに。

わがままばかり言って困らせて、幼稚な私にゾロは呆れてしまったはずだ。


嘘なの、嘘なのよ。


別れたいなんて、微塵も思ってないわ。


本当は、好きで好きで好きで、大好きで、たまらないのに。


胸がこんなに苦しくなるくらい、一緒にいられないことが辛いのに。


あのとき言ってしまった言葉を、無かったことにしたいのよ。


お願い、お願い…………









「…………おう、交代か」


「ゾロ………………」


展望台には備え付けのソファで毛布にくるまって気だるげにあくびをするゾロがいて、

私はその場で足をすくめて固まった。



「…………使うか?」


「………………」


自分がまいていた毛布を肩から落として私に向けたゾロの何気ない優しさに、胸が痛くなる。


私はゾロがいなければ、どんなにふわふわな毛布に包まれても温かくなんてなれないのに。

そんなのいらないから、お願いだからここにいて。

見捨てないでよ。



そう思ってもあまりに普段通りな振る舞いに言葉を返すことができずにいると、

眉を寄せて不信な目をしたゾロが立ち上がってこちらに向かってきた。



「…………ここ、けっこう冷えっから……」


「……っ」


ふわり、背中から毛布をかけられて、

ゾロの体温と匂いを残したままのそれに、目頭がじんとする。



「…………じゃあ、頼むぜ」


「っ、まって……!」


梯子に向かう背中を思わず引き留めると、ゾロは驚いた表情で私を振り返った。


「…………なんだ?」


ゾロはもう、私のことを抱きしめたいとか、

キスがしたいとか、一緒の時間を過ごしたいとか……

好きだって、思わなくなっちゃったの……?

私は今でも、大きな腕で苦しいくらいに温もりを与えてもらいたいのに、

優しい眼差しに溺れて、奪うようなキスをしてほしいのに、

ふたりでたくさんの時間を過ごしていたいのに……



「……っ、なんでも、ない……っ」


そう思うのが私ひとりだけなんだと思うと、寂しくて、寂しくて、

次から、次から涙が溢れてきて。

咄嗟に毛布の角で顔を覆ってソファに駆けた。



「…………なに……泣いてんだよ……」


「なんでもないっ!泣いてないから…!!」


ドサッと膝をついたソファにもまだ温かさが残っていたりして、

こんなに自分勝手で未練がましい己が醜くて、嫌で、

ますます溢れる涙を隠すように窓の方を向いた。



「…………嘘つけ……泣いてんじゃねェか……」


「………………」


浅くため息をついたゾロは部屋の真ん中まで歩いてきて、胡座をかいて座った。

窓に映ったその様子を視界にいれ、

放っておかれなくて嬉しい反面、仲間に対する気づかいという姿勢に胸が苦しくなる。



「言っとくが…………」


「………………」


鼻をすする音を聞かれたくなくて我慢する。

ゾロが言った通り、ひとりで騒いでひとりで傷ついて泣いたりして、

なんてめんどくさい女だろう。

何を言われるのか怖くて毛布に顔を埋めていると、

夜に溶け込む穏やかな声で、ゾロは言った。




「おれは、あの時のおまえの言葉なんて、聞こえなかったぞ……」


「………………え?」



思わず顔を上げると、窓に映ったゾロの表情は真剣そのもので、

私は震える息を大きく吸った。



「だから……なんも聞いてねェし、おまえが泣いてる理由もわからねェ……」


「………う、嘘……だってあのとき、返事…」


「さァな、寝言じゃねェのか?」


「な、」



思わず振り返ると、涙でぐしゃぐしゃな私から目を逸らさずに、

ゾロは大きなその両手を、包み込む形に開いて一言、




「来いよ」


「っ、…ぞっ、ゾロ…!!」



大きく鼻をすすった私は毛布なんてかなぐり捨てて、一直線にその胸に飛び込んだ。



「……お、おいバカ、鼻水つけんな」


「うっ、だっ、だって、だって、……ぅっ…」


うわあああんっと今にも叫び出しそうな私の身体を受け止めて、ゾロはいつもの素っ気ない声色で言った。


「あのなおまえ、おれは別におまえと終わったなんて一言も言ってねェだろ」


「だって!…ふぇっ、うっ、」


「おまえがこうやって寄ってくりゃ、いつだってこうしてやったんだ。……おれたちはなんも変わってねェんだから」


「だ、だって、あんた、そ、『そーかよ』って…!」


「…………だから、寝言だろ?」



そ……

そんな……!


大量の水滴でゾロの服を濡らしながら、私は心底安心してその背中にぎゅっとしがみついた。



「…………なァ、」


「……うっ、ぅぅっ、な、なに……っ?」


「…………いや、その、」


「…………なによぉ、」



必死にしがみつく私を壊れそうなくらいの強い力で抱きしめ返したゾロの言葉に、

ずるずる溢れていた涙さえ、一瞬にして止まってしまった。






「………好きだ」


「………………」


「………好きに、決まってんだろ……」


「…………っ、」


「おまえが納得するまで、言ってやるよ……何度でも……」


「………………ぞっ、」


「だからもう……別れるなんて言うんじゃねェ……」


「…………ゾロ…」


「……けっこう、こたえた………」



わかったか、バカ。



小さく放たれたその言葉が少し震えていたから、

止まった涙はまたもやストッパーを無くしたように溢れだした。



「し、しっかりはっきり聞こえてんじゃないいい…っ!うそつきいっ!」


「うるせェ!一声たりとも聞こえてねェんだよ!!聞いてたまるかアホ!!」


「私も好きなんだから…っ!!」


「だから…………あ?」


「私も……大好きよ……」


「………………」


「わ、別れるなんて……嘘だからっ、」


「………………」


「別れたいなんて、ぜんぜんっ、思ってないわよ…っ!」


「………………」


「思うわけ……ないじゃない……」


「…………ナミ…」




だって、私は……



もぞもぞと顔を上げると、目を見開いて顔を赤くしたゾロがいて、


私は今度こそ、素直な気持ちを言葉に乗せた。




どうかこの想いが、


大切な人に伝わりますように。


私の言葉が、


「本当の事」に


なりますように。






「あんたと両想いでいたいの……この先も、ずっとずっと……」









言葉には、想いが宿る。










「……そーかよ」
「ちょ…ちょっと!ニヤけすぎ!」
「うるせェ、ほっとけ」
(でも、でも、よかった……ぐすっ)
(安心しろ、ずっとずっと愛してやる)





END

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